第二話 使えるはずの記憶
この人生では、
私は早くから気づいていた。
自分が、
他の子どもとは違うことに。
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言葉を覚えるのが早かった。
文字も、すぐに読めた。
大人たちは言った。
「賢い子ね」
「将来が楽しみだ」
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私は、
その言葉に違和感を覚えた。
賢いわけじゃない。
知っているだけだ。
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前の人生で、
もう見た光景。
もう聞いた言葉。
それを、
なぞっているだけ。
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今回は、
比較的まともな家庭だった。
怒鳴られもしない。
殴られもしない。
親は、
私の話を聞いてくれた。
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正直に思った。
――今回は、
当たりかもしれない。
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前世の記憶を使えば、
もっと上手く生きられる。
そう、
本気で思った。
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学校では、
目立たない程度に成績を取った。
できすぎないように。
でも、
できないふりもしない。
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先生の考え方も、
だいたい分かる。
叱られるポイントも、
褒められるタイミングも。
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人間関係も、
楽だった。
どんな言葉をかければ、
相手が安心するか。
どこまで踏み込めば、
嫌われるか。
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全部、
もう知っている。
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完璧じゃない。
でも、
失敗しない人生。
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私は、
それを選んだ。
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けれど、
ある日、
ふと思った。
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私は、
今、
何歳なのだろう。
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身体は、
確かに子どもだ。
鏡に映る顔も、
幼い。
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でも、
頭の中は、
何十年分もある。
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笑っているのに、
どこか遠い。
楽しいはずなのに、
胸が動かない。
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同級生が、
泣いていた。
些細なことで、
大げんかをして。
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その姿を見て、
私は思った。
――くだらない。
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その瞬間、
ぞっとした。
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泣くほど大事なこと。
怒るほど必死なこと。
それを、
私はもう、
「通過済み」だと思っている。
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前世の記憶は、
私を守る。
でも同時に、
削っていく。
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感情を。
衝動を。
取り返しのつかなさを。
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夜、
一人で天井を見る。
心は静かだった。
穏やかで、
安全で。
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それなのに、
ふと浮かぶ。
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――この人生、
生きてるって言えるのかな。
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前世の記憶は、
使える。
確かに、
使える。
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でも。
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それを使いすぎると、
私は、
私じゃなくなる。
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その予感だけが、
胸の奥に残った。
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次に死ぬとき、
私は、
何を覚えているのだろう。
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それを考えるのが、
少しだけ、
怖かった。
第三話:祝福ではない




