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異世界の女神、転生者ガチャに疲れました

 私の名前はセレスティア。

 この世界を守護する女神だ。


 普段は神殿に籠もって、世界の平和を祈っている——というのが表向きの仕事。

 実際は、「勇者召喚」が主な業務だ。


 異世界から勇者を召喚して、魔王を討伐してもらう。

 それが、この世界の伝統的なシステムになっている。


 ……しかし、最近、このシステムに限界を感じている。


---


「ようこそ、異世界へ。私はこの世界を守護する女神、セレスティアです」


 今日も、新しい転生者を召喚した。

 目の前に現れたのは、二十代後半の男性。目にはやる気がなく、どこか虚ろな表情をしている。


「え、マジで異世界転生? やった……」

「はい。あなたには勇者として、魔王を討伐していただきたいのです」

「魔王討伐ね……で、チート能力は?」

「……は?」

「チート能力。俺、転生したらチート能力もらえるって聞いたんだけど」


 また、このパターンか。


「申し訳ありませんが、この世界にチート能力はありません」

「えっ、嘘でしょ?」

「本当です。この世界は、実力で戦っていただく必要があります」

「じゃあ、ハーレムは?」

「……ハーレム?」

「美少女とのハーレム。それもないの?」

「勇者としての報酬は、魔王討伐後に領地と爵位を——」

「いや、そういうのいいから」


 男性は露骨にがっかりした顔をした。


「チートもハーレムもないなら、俺やる気出ないんだけど」

「……」

「てか、スローライフしたいんだよね。農業とか、のんびりした生活」

「魔王が暴れているので、スローライフどころではないのですが」

「そこを何とかしてよ、女神様」


 私は深くため息をついた。


 最近の転生者は、こんなのばかりだ。

 チート希望、ハーレム希望、スローライフ希望。

 魔王討伐に本気で取り組もうという者が、ほとんどいない。


「分かりました。では、とりあえず冒険者ギルドに登録してください」

「え、ギルドに登録するの? 面倒くさいな……」

「勇者としての活動記録を残すためです」

「はいはい、分かったよ」


 男性は渋々、神殿を出ていった。


 ……これで今月十人目の転生者だ。

 そのうち、まともに魔王討伐を目指しているのは、一人だけ。


---


「女神様、お茶をお持ちしました」


 神官のミリアが、お茶を運んできてくれた。

 銀髪の美少女で、私の数少ない心の支えだ。


「ありがとう、ミリア」

「また、やる気のない転生者でしたか?」

「ええ……『チートがないなら帰りたい』と言われたわ」

「帰れないのに……」

「そうなのよね」


 私はお茶を飲みながら、窓の外を見た。

 遠くに見える黒い城が、魔王城だ。


「前回の勇者は、今どうしているの?」

「……辺境の村で、農業を始めたそうです」

「農業……」

「『魔王よりも大根の育て方の方が面白い』と言っていたとか」

「……」


 私は頭を抱えた。


 前回召喚した勇者——ユウキという名前だった——は、最初はやる気があった。

 魔王城に向かうと意気込んでいたのに、途中で立ち寄った村の農業に目覚めてしまった。


 今では「無農薬野菜の栽培」に情熱を燃やしているらしい。

 魔王のことは、完全に放置している。


「その前の勇者は?」

「貴族の令嬢と結婚して、領地経営を始めました」

「……」

「『政治の方が魔王討伐より面白い』とのことです」

「なんでみんな脱線するの……」


 ミリアは苦笑した。


「転生者は、元の世界で過酷な労働をしていた方が多いらしいですよ」

「それと魔王討伐に何の関係が?」

「『もう働きたくない』という気持ちが強いのでは、と」

「……」


 確かに、召喚した転生者の多くは「前世では社畜だった」と言っていた。

 だからこそ、異世界ではのんびりしたいのだろう。


 気持ちは分かる。

 分かるが、魔王を放置されては困る。


「そういえば、三人前の勇者は?」

「ああ、カズマ様ですね。魔王城に向かったものの、途中で商売を始めました」

「商売……」

「『転生者が持ち込んだ知識で起業したい』と言って、調味料の製造販売を」

「……それで?」

「今では大陸一の調味料商人になっています。『魔王を倒すより儲かる』とおっしゃってました」

「……」


 私はさらに頭を抱えた。


「四人前の勇者は?」

「タクヤ様ですね。彼は……魔王軍に就職しました」

「え」

「『勇者より魔王軍の方が待遇がいい』と言って、寝返りました」

「なんでそうなるの!?」

「魔王軍は福利厚生が充実しているらしいです」

「……」


 魔王軍の方がホワイトだということ?

 女神として、少し考えさせられる事実だった。


「五人前の勇者は?」

「リク様ですね。彼は真面目に魔王城に向かいました」

「おお、やっと!」

「途中でダンジョン攻略に夢中になり、今も最深部で暮らしています」

「暮らしてる……?」

「『魔王よりダンジョンの謎を解く方が面白い』と仰っていました」

「……」


「じゃあ、六人前は?」

「サクラ様ですね。女性の転生者でした」

「女性? 珍しいわね」

「はい。彼女は魔王討伐には興味を示しませんでした」

「またか……」

「『悪役令嬢として生まれ変わりたかったのに、勇者なんて聞いてない』と不満を言っていました」

「悪役令嬢……」

「今は王都で令嬢として社交界デビューしています。魔王のことは『興味ない』そうです」

「……」


 勇者として召喚したのに、令嬢になりたがる転生者。

 もう何がなんだか分からない。


 私は窓の外を見た。

 魔王城は、変わらずそこにある。

 もう十年以上、誰も攻略していない。


「あ、女神様。神界から通知が届いています」


 ミリアが一通の書状を持ってきた。

 神界——転生者を送ってくる上位の世界だ。


「何かしら?」

「今月の転生者報告書だそうです」


 私は書状を開いた。


『転生課より通知


 今月の転生者配布数:10名

 うち、やる気のある転生者:1名(推定)

 チート能力希望者:8名

 ハーレム希望者:7名

 スローライフ希望者:9名

 ※複数該当あり


 なお、最近は転生希望者が殺到しており、人気の異世界は満員です。

 貴世界への転生者も、希望通りの人材を送れない状況が続いております。

 ご理解のほど、よろしくお願いいたします。


 転生課 担当:ツクヨ』


「……」

「女神様?」

「神界も大変らしいわね……」


 転生者の質が低いのは、神界の責任だけではないらしい。

 送る側も、送られる側も、みんな疲れている。


---


 その日の夕方、予想外の来客があった。


「女神殿、入っても?」


 神殿の入り口に立っていたのは、黒いローブを纏った長身の男性。

 禍々しいオーラを放っている。


 ……魔王だ。


「なっ……!? 魔王、なぜここに!?」

「いや、ちょっと話があってね」


 魔王——アスモデウスは、気さくな様子で神殿に入ってきた。

 私は警戒しながらも、彼を応接間に通した。


「それで、何の用?」

「単刀直入に言うね。いい加減にしてくれないかな?」

「……何を?」

「勇者召喚。あれ、やめてほしいんだよね」


 私は目を丸くした。


「やめてほしい? あなたを倒すための勇者を、やめろと?」

「いや、倒しに来るならいいんだよ。むしろ歓迎だ」

「では、なぜ——」

「来ないじゃん、誰も」


 魔王は深くため息をついた。


「俺、ずっと待ってるんだよ。勇者が来るのを」

「……」

「魔王城で、毎日準備してるの。『今日こそ勇者が来る』って」

「……」

「でも、来ないじゃん。もう三年だよ? 三年間、誰も来ない」


 私は言葉に詰まった。


「それどころか、最近召喚された勇者、農業始めたって聞いたんだけど」

「……ええ、まあ」

「その前の勇者は、貴族と結婚したって?」

「……はい」

「なんで俺を倒しに来ないの!?」


 魔王が声を荒げた。


「俺、魔王だよ? 世界を滅ぼそうとしてる魔王! なのに、誰も相手にしてくれない!」

「そ、それは……」

「最近の転生者は、『魔王とか興味ない』『スローライフしたい』ばっかりじゃないか!」

「おっしゃる通りです……」

「俺のモチベーションが保てないんだよ!」


 魔王は椅子に沈み込んだ。


「世界を滅ぼそうにも、相手がいないと盛り上がらないんだよね」

「……」

「勇者と死闘を繰り広げて、最後に倒される。それが魔王のロマンだろ?」

「まあ、そうですね」

「なのに、誰も来ない。虚しいよ」


 私は魔王の気持ちが、少し分かった。

 彼もまた、この状況に疲れているのだ。


「分かった、改善を検討する」

「本当?」

「ただ、転生者の質は私にもコントロールできない。神界からランダムで送られてくるから」

「神界……」

「そう。どんな人が来るかは、運次第なの」

「ガチャじゃん……」

「そうなのよ。転生者ガチャなの」


 魔王は複雑そうな顔をした。


「じゃあ、女神も大変なんだな」

「ええ。毎回ハズレを引かされて、私も疲れてるの」

「……同情するよ」

「ありがとう」


 なぜ女神と魔王が慰め合っているのか。

 状況がおかしいことは分かっているが、共感してしまう。


「そういえば」

「なに?」

「お前のところの勇者、一人魔王軍に就職してるよな」

「……タクヤ様ですね」

「あいつ、めちゃくちゃ優秀だよ。今、うちの経理部長やってる」

「経理部長……」

「魔王軍の財務改革してくれて、おかげで軍の経費削減ができた」

「……」

「勇者として来た方が良かったんじゃない? って思うくらい優秀」


 私は複雑な気持ちになった。


「なんで勇者として来なかったの……」

「こっちの方が給料いいから、って言ってたよ」

「……」

「あと、有給がちゃんと取れるって」

「勇者に有給はないものね……」

「そこが問題なんじゃない?」


 魔王に労働環境を指摘されるとは。

 女神として、恥ずかしい限りだ。


「ちなみに、魔王軍の待遇ってどうなってるの?」

「週休二日、残業代あり、有給取得率100%」

「……ホワイトすぎない?」

「働きやすい環境じゃないと、いい人材が集まらないからね」

「……」

「君も神殿の待遇、見直した方がいいんじゃない?」

「検討しておくわ……」


 魔王にアドバイスをもらう女神。

 何かがおかしい。


---


 魔王が帰った後、私は一人で考えていた。


「女神様、大丈夫ですか?」


 ミリアが心配そうに声をかけてきた。


「ミリア、私、決めたわ」

「何をですか?」

「自分で魔王を倒す」

「えっ」


 ミリアは目を見開いた。


「女神様が、直接ですか?」

「そうよ。転生者に頼ってばかりじゃ、いつまで経っても解決しない」

「で、でも、女神様は戦闘が——」

「やったことないだけで、できないわけじゃない」


 私は立ち上がった。


「考えてみれば、私は女神よ。神の力を持っている」

「そ、それはそうですが……」

「転生者にチートを与える側が、自分で戦えばいいじゃない」

「……」

「そうすれば、ハズレ転生者に悩まされることもない」


「でも、女神様……魔王は強いですよ」

「知ってるわ。だからこそ、本気でやる」

「本気……」

「今まで、私は神殿で祈ることしかしてこなかった。でも、それじゃ何も変わらない」


 私は窓の外を見た。

 魔王城が、夕日に照らされている。


「転生者に期待して、裏切られて、また召喚して。その繰り返し」

「……」

「もう、疲れたの。他人任せにするのは」

「女神様……」

「だから、自分でやる。自分の力で、この状況を変える」


 ミリアは戸惑っていたが、やがて頷いた。


「女神様がそう決められたなら、私はお供します」

「ありがとう、ミリア」

「私も、ずっと歯がゆかったんです」

「歯がゆかった?」

「はい。女神様が、やる気のない転生者に振り回されてるのを見るのが」

「……」

「女神様は、もっと輝けるはずなのに。誰かに頼らなくても」


 ミリアの言葉に、胸が熱くなった。


「……ありがとう、ミリア」

「いえ、本心です」


 私は神殿の奥から、封印されていた神器を取り出した。

 女神専用の聖剣「セレスティア・ブレイド」。

 千年以上使われていなかったが、私の手に触れると、まだ輝きを失っていないことが分かった。


「よし、まずは剣の練習から始めましょう」

「女神様、剣を振ったことあるんですか?」

「ないわ」

「……大丈夫ですか?」

「たぶん」


 ミリアは不安そうだったが、私は決意を固めていた。


 転生者ガチャに頼るのは、もうやめだ。

 自分で魔王を倒す。


 それが、女神としての新しい仕事だ。


---


 翌日、魔王城に一通の手紙が届いた。


『拝啓 魔王アスモデウス様


 勇者が来ないとのご不満、誠にごもっともです。

 つきましては、私自らが討伐に参ります。


 二週間後、魔王城にて決戦をお願いいたします。


 敬具

 女神セレスティア


 追伸:剣の練習が間に合わなかった場合は、延期をお願いするかもしれません』


 魔王はその手紙を読んで、声を上げて笑った。


「女神が自分で来るのか……! これは面白くなってきた!」


 魔王は立ち上がり、窓の外を見た。

 神殿がある方角——女神がいる場所だ。


「よし、俺も準備しないとな」


 魔王は指を鳴らした。

 すぐに、魔王軍の幹部たちが集まってきた。


「魔王様、お呼びでしょうか」

「ああ。二週間後に、女神が直接来るらしい」

「女神が……!?」

「勇者じゃなくて、女神本人だ。これは本気で迎え撃たないと失礼だな」


 幹部たちはざわめいた。


「城の掃除をしろ。決戦にふさわしい舞台を用意するんだ」

「は、はい!」

「あと、俺も体を動かしておくか。三年間、戦ってないからな」


 魔王は剣を手に取った。

 久しぶりに、血がたぎる感覚がある。


「待ってるぞ、女神——セレスティア」


 魔王城に、久しぶりに活気が戻った。


---


 こうして、女神と魔王の直接対決が決まった。


 転生者ガチャに疲れた女神と、勇者に放置された魔王。

 二人の戦いの結末は——


 また別の話である。



【完】


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