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捨てられる悪役令嬢が拾ったのは

作者: 佐倉 明

 定例で開催される婚約者とのお茶会に、グィネヴィアはうんざりしていた。婚約者アーサーは別の女にご執心で、このお茶会を一秒でも早く終わらせようとしている。一方のグィネヴィアは、このままアーサーの婚約者を続けても己の未来が明るくない事を知っていたからである。

 グィネヴィアは『花の女神と加護の騎士』という乙女ゲーのキャラクターである。花の女神様の化身とされる少女エレインが、護衛の騎士や王子と恋に落ちる異世界学園恋愛シミュレーションゲームである。略して『花かご』。続編は海やら月やら、女神と舞台が変わって製作された。一作目は無計画にも、アーサー王伝説の登場人物かれ名前が採られている。

 そのプレイヤーだったころの記憶を思い出したのは、婚約者であるアーサーとの初顔合わせのときだった。最推しはアーサーだったが、婚約者の立場に立たされるとただの浮気野郎に成り下がる。グィネヴィアの前世の恋は儚く散った。

 どうせ捨てられるのに未来の王妃に対する教育はそれは厳しく、何も知らずに婚約を破棄された本来のグィネヴィアの憤懣たるや察するに余りある。全ては横取りしたヒロインと、ホイホイ乗り換えたアーサーが悪い。

 欠伸を噛み殺しながらよそ見をしていると、渡り廊下をよく目立つピンク頭のヒロインが歩いていた。隣には攻略対象のランスロットがおり、同時に見つけたアーサーの視線はそちらに釘付けになった。


「行って差し上げてはどうです?

 ランスロット様にも婚約者がおられます。

 噂になっては取り立てている殿下の評判にも関わりますし」


「……それもそうだな」


 大義名分を与えてやると、弾かれたようにアーサーは東屋を飛び出していった。残されたグィネヴィアは、同様に給仕係として置いていかれた近侍、マーリンと2人でため息をついた。


「わが国の、特に私の未来は暗いですね」


「あなたは何でもできるのだから、何とでもなるでしょう」


 アーサー王を育てた魔法使いの名を与えられた、ゲームではサポートキャラのマーリンは鼻で笑った。


「身分だけは何ともなりません」


 そう言われるとかける言葉がない。

 マーリンは下級貴族で、王家に仕える官僚となるという誓約のもと支援を受けて入学している。ゲームではぼんやりした顔だと思っていたが、実物はこざっぱりと整っている印象である。


「私の癇癪をなだめるために置いていかれたのだから、お顔には気を付けていただかないと」


「私よりもグィネヴィア様です。

 癇癪持ちはあちらですし、そろそろ反証をお示しにならないと」


 マーリンの言葉を聞きながら、グィネヴィアの前では見せない笑顔のアーサーを遠目に眺める。マーリンがこんなに気を遣ってくれるのは、アーサーが順調に攻略されていく様を目の当たりにしたことと、グィネヴィアがそれを冷笑的に眺めているという構図を知った上で同情してくれているからである。


「おやさしいマーリン様。

 ですが、婚約の維持は限界を迎えているのは事実です。

 私は新技術の習得のため、留学の準備を進めておりますの」


「留学、ですか」


 エレインの補佐を命じられても業腹である。先進技術の研究のためと称して、国外に飛び出す方がよっぽど良い。しかも留学先は続編の『空かご』の舞台で、聖地巡礼も捗る。


「考えたこともなかったな、面白そうですね」


 蒸気機関の簡単な説明とスチームパンクな国の話をすると、マーリンは予想外にくいついた。おかげさまでお茶会のための時間は暇を持て余さずに楽しく過ごすことができた。

 それから週に2回もあるお茶会は、アーサー不在の時間をマーリンと蒸気機関について語り合う時間として活用することになった。特待制度を利用するだけあってマーリンは優秀で、文献調査を進めてすぐに話に追いついた。しかも、王家の図書館にしかない最新の情報を教えてくれるようになった。お茶会が突然有意義な物に変わって嬉しい限りである。

 そうなるとアーサーには素早くエレインを見つけてもらいたい。ありがたいことに、彼女はかなりの頻度で攻略対象を引き連れてお茶会の東屋近くを通りすがる。本来のグィネヴィアであれば気が狂いそうになるかもしれないが、アーサーに捨てられる事を見越したグィネヴィアからすれば大歓迎である。


「あら、エレイン様があちらに」


 もはや目立つピンク頭を見つけては、アーサーに伝えてけしかける方が手っ取り早いとまで思う。


「すまないが――…」


「「どうぞどうぞ」」


 マーリンと2人でアーサーを追い出す。追い出してから、ゆったり蒸気機関のロマンについて語り合う。魔法上位のこの国で、スチームパンクは流行らないかもしれないが、ロマンなのだ。魔法は十分見たから次が見たい、という欲求が止まらない。

 季節は進み、日差しが強くなってきた。東屋も暑いので、王族専用の洋館の、魔法による空調を活用した快適な部屋に会場を移した。さすがに窓から中を覗くような不躾な輩はおらず、警備の目もありピンク頭が見えない。残念である。


「――…最近、随分と楽しそうじゃないか」


 よく冷えたフルーツティーを前に、アーサーがふんぞり返って腕を組んでいる。


「アーサー様のお噂も耳にいたします」


 別に仲良しである必要もないし、なんなら東屋と違って他人の耳目もないので、グィネヴィアはおしとやかな笑みを浮かべながら反撃した。


「先日は街を散策なさったとか。

 女神の薔薇園にいらしたのが先だったかしら」


 全てエレインと。噂に聞く限り、エレインは逆ハーレムエンドを目指しているようで、順調に攻略を進めている。無駄のないプレイスタイルに賛辞を贈りたいほどだ。

 指摘されたアーサーの顔はさっと赤くなった。2人きりで、他を出し抜いて遊びに行くつもりが、全員で向かう事になったからなのか。それとも、婚約者に浮気の噂をつかまれているからなのか。


「今はお前の話をしているんだ!」


 大きな声で威嚇しているのかもしれないが、子犬が吠えているのに近い。そもそも、この密閉空間でしか大声を出せないのだから、恐れる必要はない。


「殿下が皆様とお話しのとおり、マーリン様が癇癪持ちの私の機嫌をとってくださっています。

 博識でいらっしゃるから、勉強になります」


 お前達がばら撒いた噂も知っているし、馬鹿なお前と話すよりよっぽど有意義だという意味合いはどこまで理解してくれるだろうか。おおよそ、浮気をしているとでも思っているのだろう。自分がそうだから。

 分が悪いとでも思ったのか、アーサーはきつい視線を今度はマーリンに向ける。


「マーリン、特待制度利用者にもかかわらず他国の研究に勤しんでいると聞く。

 誓約はどうした?」


 この攻撃も完全に予想の範囲内で、マーリンはいつもどおりの笑顔である。


「グィネヴィア様は、新技術をわが国に適した形で取り入れる方法を模索しております。

 微力ながら私も調査等で協力しております。

 これは活動報告にも記載しておりますが」


 報告書もきちんと目を通してないですよね、と言外に指摘されたアーサーは不満げに押し黙った。


「私、今夏は調査に費やしたいと考えております。

 ご配慮くださいませ」


 グィネヴィアの宣言に、アーサーは短く、不機嫌そうに「そうか」と返事した。

 避暑地での休暇を共にすることも多かったが、今年は違う。その宣言ができただけで、グィネヴィアにとって十二分に楽しい夏休みになること間違いなしである。婚約者の前で別の女とイチャコラしている輩に文句をつけられるいわれもない。

 そんな不穏なやりとりを挟みながらも、無事に夏休みを迎えた。宣言どおり学者や技術者に教えを請うたり、取り寄せてもらっておいた文献を読んだり、非常に充実した夏休みとなった。

 記憶が正しければ、アーサーはエレインをいつもの避暑地に連れて行く。ボートで遊ぶスチルがあったはずだ。そろそろグィネヴィア歴が長くなってきたので、細かい所が怪しい。

 本来のグィネヴィアはご機嫌取りを期待して避暑地行きを断り、結果として随行したエレインに対して逆上し、頬をひっぱたく。それを期にグィネヴィアの暴走が加速し、凶事を計画したとして、最後は領地で幽閉される。


(その前に絶対トンズラしないと)


 決意を新たにしたグィネヴィアである。

 この勉強三昧の夏休みは、両親からは予想外にも咎められることは無かった。彼らはグィネヴィア本人に興味が無いので、アーサーの未来の花嫁としての研鑽を欠かさなければ基本的に放任主義を貫いている。製作陣は、そこまで作り込むのが面倒だったのかと疑うほどだ。

 更に予想から外れたのは、この夏休みを共にする仲間がいたことである。スチームパンクに興味があるのか、マーリンが学者先生との面会に同行したいと言ったり、城内にある模型を探し出してきてくれたりした。


「魔力に頼りすぎない技術に非常に心惹かれます」


 そう言ってマーリンは笑った。「魔法が苦手な弟がおりまして」と付け足していたが、弟からすればきっと自慢の兄だろう。

 夏休みが終わる頃、グィネヴィアは婚約解消に向けて動き始めた。まず両親には、蒸気機関の有用性を説き、王家の力を借りずに家の力をより強固にできることを匂わせた。


「私が、この国に適した製品を開発してご覧にいれます。

 そのためには、婚約は足枷でしかありません」


 政権闘争により王子の婚約者の席を手に入れられるだけの家柄である。元より王家に対する尊敬の度合いも低い。現実的な利益と、婚約者の席を狙っている政敵への貸し付けと、王家から得られるものを秤にかけて、両親はグィネヴィアを研究者にすることに決めた。

 ただ、いきなり婚約解消とはならず、根回しに3カ月ほど必要との条件がついた。それに対しては、卒業から間を置かず留学に出たいと希望を伝えた。

 次に、留学のための手続きである。これは学校を通さねばならない。まだ婚約破棄が決まった訳でもないので、事情を汲んでくれる親しい教員を窓口に内密に進める事となった。

 アーサーは相変わらずエレインを追いかけている。行事や昼食等、様々な場面で申し訳程度にグィネヴィアの相手をしてからすぐにエレインの所へ飛んでいく。蔑ろにされ続けるというのはそれだけで中々に不快で、今はもうバカ面にしか見えないアーサーにいくらか意趣返しをしてやりたくなった。


(まあ、放置が一番の罰かしら)


 お優しいマーリンと違い、グィネヴィアは所謂悪役令嬢である。しかも、未来を見据えた悪役令嬢だ。一番アーサーがダメージを受ける方法を考えて、ほくそ笑んだ。

 新学期を迎え、卒業が見えてきたタイミングで王妃からお茶会のお招きがあった。もちろん出席し、蒸気機関の勉強にのめり込んでいることを印象付ける。


「かならずや、この国の利益となる技術でございます」


 胸を張って、満面の笑みで報告する。この思想の偏りを王家が危ぶむことは間違いない。

 エレインの攻略は順調に進んでいる。グィネヴィアではない誰かにひっぱたかれたという噂が、大きく広まっている。女神に愛された、美しくもかわいそうなエレイン、という評判はどんどん広まるだろう。頬をひっぱたいた犯人がアーサーの婚約者にと考えている令嬢ではなかったことで、もはや策の仕込みはほぼ完了したと言える。

 さらに季節は進み、冬がもうすぐそこまで迫る頃合いになった。秋のイベントとしてエレインに用意されていたのは、学園祭である。攻略キャラにより演目と配役が変わるが、逆ハーレムエンドに向けて順調に進んでいれば攻略対象全部盛りになる。

 エレインの攻略は恙無く、学園祭イベントでは豪華な配役の演劇が上演されたらしい。学園祭は盛況で、保護者からの評判も概ね高評価を得たようだ。アーサーはその学園祭の責任者で、なおかつ舞台でも重要な配役だったらしいので、エレインの采配は今回も完璧なようだ。

 学園祭の情報に一部“らしい”とつくのは、その部分は伝聞だからである。グィネヴィアは『空かご』の国からの使節の接待を申し出て、そちらで忙殺されていた。

 使節からの評価は上々で、晩餐会などポイントで現れるアーサーよりも、実質的な対応窓口のグィネヴィアの事を印象付けることに成功し、訪問の際はぜひお返しにおもてなしをしたいという言葉を引き出した。どこまで信じられるか分からないが、王を前に滅多なことは言わないだろう。


「グウェン、ご苦労だった」


「アーサー様もお疲れ様でした。

 学園祭の評判も非常によろしいようで」


 自分に向けた労いの言葉はいつぶりかな、と思いながらグィネヴィアは笑みを顔に貼り付けた。


「王族が関わるからには下手は打てないからな」


 胸を張るアーサーだが、恋に盲目な男はバカになる。学園祭を成功させた手腕を褒めるものも勿論あるが、婚約者よりも想い人を優先する姿勢はそれなりに目立っていたし、グィネヴィアに対して貴族社会は少しずつ同情する方に傾いている。今回も、アーサーは楽しい学園祭を選び、使節の接待はグィネヴィアに押し付けた、という方向で声をかけてくれる方のほうが多い。

 さらに言うと、このままエレインが逆ハーレムエンドを達成した暁には、彼は決断を迫られるだろう。みんなのエレインを最上位に据える王子を、国のトップには据えられない。


「今回、アーサー様をお支えするというという役割でございましたが、力不足を痛感いたしました。

 両親にも話しており、近く陛下にもお話が届くものと思います」


 グィネヴィアがしおらしく言うと、当然のように同席するマーリンの表情は変わらなかったが、アーサーの方は驚きと喜びと、僅かな理性がそれらを抑える様子が手に取るようにわかった。


「それは……いや、しっかり勤め上げたと、母上からもお褒めの言葉を預かっているが」


 フリーになれば、エレインを巡る争いで一歩リードするとでも思っているのだろう。王妃殿下はそんなことは思っていないのだろうけれど。


「お優しいお言葉、恐悦至極にございます。

 ですが、やはり私には不向きかと」


 言葉に詰まるアーサーを見かねて、マーリンはお茶菓子を追加した。


「レモンケーキです」


 渡りに船と、アーサーが菓子に手を伸ばす。マーリンは呆れたようにそんなアーサーを眺めているが、それ以上の助け舟を出すつもりはないらしい。


「このところ、王宮でも市井の流行りを取り入れた菓子が出るようになったらしいですね。

 アーサー様が指示していらっしゃるとか」


 グィネヴィアは紅茶に口をつけた。アーサーは口の中にケーキがあるので何も言えない。


「私の都合で婚約者の座を辞退させていただくことになりますが、次の方には同情いたします」


 グィネヴィアの言葉に、アーサーはあからさまに顔をしかめ、急いで咀嚼したケーキを飲み込んだ。


「――…どういう意味だ」


「そのままの意味です」


 アーサーを真正面から見る。造作も美しければ声も甘い。見てくれだけは一級品の“王子様”。


「十年弱の婚約期間がございましたから、あえて苦言を申し上げます。

 殿下、王子としてなすべきことを今一度お考えくださいませ。

 今変わらなければ、政は難しくなるでしょう」


「グウェン、言葉がすぎるぞ」


 バカにはつける薬もないらしい。


「――…差し出口でございました。

 さしあたって、このお茶会も今回限りとさせてください。

 正式な申し入れまで、ご迷惑をおかけしますが」


「まあ、良い。

 適当に相手は見繕うさ」


 どうせエレインだろう、と思いながら、グィネヴィアは「よしなに」と返事した。マーリンとはすでに別途連絡手段を構築済みなので、本当に用済みの茶会である。

 そのマーリンからは、自分も留学を申請したが立場が許すか微妙なところであると聞いた。却下されないための方策も、グィネヴィアの方で準備できないか画策しているところである。

 冬になり、雪が降り積もり、両親から正式に婚約破棄の申し入れがなされた。当初王家は渋ったが、派閥間の調整は既に整っており、グィネヴィア自身の思想も不安視されていたため、充分な教育の素地のあるご令嬢が後釜に据えられることとなった。

 時を置かずして、留学の許可も出た。マーリンも同様だったらしく、これで『花かご』ストーリーからの早期離脱が決定した。


「おめでとうございます、グィネヴィア様」


「おめでとう、マーリン」


 留学を勝ち取った祝勝会として、グィネヴィアは自宅の小さな茶会にマーリンを招いた。しっかりと魔法で温められたサンルームで、メイドの給仕でお茶をいただく。招いてきた客の中でも、同年代の男性はアーサーくらいなのでなんだか妙な感じだ。


「費用面でご支援いただけると表明してくださったのが大きいですね。

 感謝し切れません」


 年頃の娘を留学という体で追い出すという評判を回避するというお題目で、マーリンの支援を父には申し出てもらった。また、グィネヴィアのもとにも手紙が届いていたが、例の使節の方も国内でグィネヴィアの評価を高めてくれたらしく、向こう側も歓迎の意を示してくれているらしい。


「卒業式には出してあげられないけれど」


「資格は取れましたし、問題はありません。

 ご恩に報いるよう、剣術の稽古も始めた所です」


「さすがに当家で護衛も準備いたしますわ」


 グィネヴィアが言うと、マーリンは恥ずかしそうに頭をかいた。


「自分がそうしたいと思い、始めました。

 運命を変えて下さった女神の隣に立つに相応しい人間になれるようにと」


 アーサーに比べると素朴で、穏やかそうなマーリンにもファンは存在する。ゲームのプレイヤーだったときにはあまり興味も無かったが、慕われて悪い気はしない。


「今後もそう仰っていただけるよう、私も研鑽を続けねばなりませんね」


 アーサーとの茶会と比べ、なんと前向きな会だろうか。そんな和やかな雰囲気で打合せをすすめ、留学の準備を整え、グィネヴィアとマーリンは卒業式を前に合法的に国を出たのだった。

 ストーリーの展開上、卒業記念パーティーでアーサーの婚約者グィネヴィアは断罪される予定だったが当人は不在。後任の婚約者はエレインをいじめるどころか、関わりがないのでイベントは不発だろう。他の条件は満たしていそうなので、エレインを仲間たちと取り合うかたちで収束する流れでエンディングとなる。しかし、本来のグィネヴィアと違い、何の瑕疵もない今の婚約者はそれを許すだろうか。

 グィネヴィアの見立てでは、このままエンディングに到達するものの婚約者の不興を買い、アーサーの立場は弱くなる。そもそも、あれほど興味が無いグィネヴィアと律儀にお茶会を開き続けたのは、彼が派閥の力を背に王位継承者となった自覚があるからだ。

 その派閥に対して押しの弱い王子を国王がどう判断するか分からないが、後継者を続けるならば婚約者の家とはタフな交渉が続くだろうし、後継者から外れたら婚約は最悪解消されるかもしれない。

 マーリンが善意で用意してくれたお茶をいただきながら、グィネヴィアはアーサーの今後のご活躍を祈りつつ、自分の役目と新天地に思いを馳せた。





 留学した2年間は、グィネヴィアにとって非常に刺激的な2年となった。

 まず、蒸気機関に魔法を組み込んだ新型を理論上完成させた。あとは持ち帰って実機の試作を重ねるだけである。やはりマーリンは大層優秀で、彼の力無しには完成しなかっただろう。

 そのマーリンは、剣術を習うことでひょろっとした見た目から随分逞しくなった。細身は細身だが、身のこなしは完全に武人である。身体を動かすことで身体感覚が良くなったせいか、魔術の制御も格段に上達したと言っていた。強すぎる。

 発明した新たな蒸気機関の権利は、国同士の調整により決まるらしいが、両国から期待される新技術として支援が約束されている。この2年間で両親は専用の研究機関を整えて、受け入れ態勢はばっちりである。

 異国から来た研究者に大層良くしてくれた受け入れ先の工房や研究所、そしてそれらと橋渡しをしてくれた使節に礼を言って帰国の途につく。


「美しい方。

 わが国にお招きできればもっとお近づきになれると思っておりましたが、これほど優秀なパートナーをお連れになるとは」


 去り際、見送りに来てくれた使節がそんなことをぼやいた。どの場にもエスコートを申し出てくれたマーリンのおかげで、変な噂が立つことも、妙な輩に絡まれることも無かった。


「この2年間は、私の一世一代の大事業とするつもりでしたもので」


 グィネヴィアの回答に、相手は苦笑していた。

 帰国してすぐに領地の研究所に向かう予定であったが、王家から帰還を祝うパーティーを開きたいという意向が伝えられたので、一度王都に立ち寄る事になった。マーリンはこちらに残ることになる。

 流行りのドレスを両親が用意してくれていたので、お抱えの針子に無理をさせてパーティーに間に合わせて調整させる。


「彼女らのお手当に色を付けておいて」


 執事に指示を出すと、少し驚かれたが、「ありがとうございます」という言葉を貰った。この2年間で工房の職人らと話をしていて、腕利きを引き止めるにはやはりこれしかないと対応を学んだところである。

 パーティーは以前から教えを請うた蒸気機関に興味のある学者、教員を中心とした、本当に帰還を歓迎するものだった。


「よくぞ完成させました。

 優秀な娘を王家に引き入れ損ねたことは悔やまれますが、優秀な研究者として成果を持ち帰った事を評価いたします。

 一日でも早い実現を期待しています」


 お言葉を賜ったのはまさかの妃殿下で、彼女も技術の進歩に興味がある様子である。

 その場で理論上の新しい蒸気機関の説明と、今後実現に向けた試行錯誤を重ねるのは領地の研究所になる事を説明した。説明が終わってからも、最新の技術に関する質問が引きも切らず、パーティーというよりは研究発表と講義のようになってしまった。

 ようやく雑談の域に落ち着いてきた頃に、グィネヴィアは会場から庭に出た。魔法で温度管理された庭は、いつでも花が咲き乱れている。


(婚約者だった頃には、よく一緒に散策させられたっけ)


 アーサーを夫として、国母となる未来以外の道が無かった頃。花もアーサーも美しく、ゲームの中を歩いているようで浮かれていた事もあった。

 もっと早く手を打てば、もっと楽な人生だったろうかと思いながら歩いていると、昔と変わらないアーサーが立っていた。グィネヴィアを見つけて、泣きそうな顔で駆け寄ってくる。


「グウェン」


「殿下におかれましては、ご機嫌――…」


「他人行儀な」


 アーサーは顔をしかめたが、グィネヴィアは笑うことしかできなかった。


「もはや他人でございます」


 婚約破棄したのだから。


「――…最後の茶会の席で苦言を呈してくれたグウェンのありがたみを、今になって理解した。

 もう一度やり直したい。

 どうか、私を支えてくれないか」


 ようやく現実が見えたらしい。噂では、グィネヴィアの次の婚約はまだ有効らしい。明示されていないが、グィネヴィアには側妃になれとでも言うつもりだろうか。


「殿下、私たちはもう婚約者ではありません。

 王妃様からも先ほど、留学の成果を実現するようお言葉を賜ったところです」


 昔から知る王族だから愛称くらいは許す、というグィネヴィアの温情に、アーサーは何故か傷ついたようだった。


「グィネヴィア様、お戻りを――…」


 追いかけてきたマーリンは、アーサーの姿を見つけて背後にグィネヴィアを隠した。


「マーリン、どけ。

 話の最中だ」


「アーサー様、ご無沙汰しております。 

 申し訳ありませんが、王妃殿下のご命令です。

 グィネヴィア様はお戻りを」


「マーリン、貴様!」


 よほど焦っているのか、アーサーはマーリンの胸ぐらをつかんで、更に恫喝しようとした。昔のマーリンであればそれか可能だったかもしれないが、彼は地頭と素質と努力で短期間で騎士に混じって剣技を磨くようになった輩である。


「殿下。

 恐れながら、人は変わるものです。

 その時々に取捨選択を迫られ、選んだ結果が今です」


 アーサーの暴力を毛ほども気にしない様子て、マーリンは意見した。


「マーリン、そのくらいで。

 殿下は私を見て、昔を懐かしんでおられただけです」


 まだ、王位の継承を疑われていなかった、輝かしい王子様だった頃を取り戻したくて必死なのだ。もう二度と手に入らない、自ら手放した環境を。

 グィネヴィアの言葉に顔を赤くして、アーサーはマーリンを突き飛ばすように解放して逃げていった。その背中を見送ってから、マーリンと2人でため息をつき、来た道を引き返す。


「ありがとう、追いかけてきてくれたのね」


「嫌な予感がしておりましたので」


「あなた、星見も学んでいたかしら」


 そう言うと、マーリンは苦笑した。


「いえ、アーサー様の性格を考えますと、今の苦境に耐えきれずお出ましになるのではと」


「そのとおりでしたわ」


 マーリンのエスコートで歩いていると、遅れてじわじわと恐怖を感じはじめた。


「本当に助かりました。

 ありがとう、マーリン」


「今後も私を側に置きたくなるでしょう?」


 マーリンが冗談めかして言ってくれるので、グィネヴィアは「そうね」と笑って見せた。アーサーへの未練は綺麗さっぱり何もなかった。

 そのパーティーが終わってから、グィネヴィアは領地に戻り、研究所長に就任した。翌月には研究者としてマーリンが宮廷から派遣され、研究所は更に活気づいた。

 エレインは崇拝者達の支援でぬくぬくと暮らしている様子で、崇拝者を出した家の当主は廃嫡手続きに忙しそうだ。アーサーはかろうじて後継者のままだが、万一即位できたとて妻の顔色伺いしか出来ないだろうし、己の考えよりも調整役に徹するしかない未来しか無い。

 マーリンが研究の多くを担ってくれるので、グィネヴィアはマーリンと結婚した。特待制度にかかった費用を負担して、引き取る形である。

 1人目の子がお腹に居る間に、マーリンが少量の魔力で稼働する蒸気機関の改良版の製作に成功し、人や物資の移送にかかる時間が飛躍的に短縮される見通しが立った。

 この頃になると、アーサーは継承権を剥奪された上で、婿入りすることになっていた。それでも、お相手の家は喜んで厚遇しているらしい。疎まれるよりはよほど幸せと、しっかりご理解いただきたい。

 グィネヴィアは大きくなったお腹を撫でながら、忙しく領地を空けがちな優しい夫を思いつつ、幸せを噛み締めた。この研究のおかげで領地は潤っているし、今後も利益を生むだろう。政治的には、国内での発言力は増した。輸出で上がる利益が王家にも入るので、疑われない程度に臣下としての礼儀をとっていかねばならないのが面倒と言えば面倒だ。


(この幸せがずっと続きますように)


 そう心の中でそう唱えながら、大きなお腹を撫でたのだった。

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