素直になれないわたしより
物心ついた頃には、自分がおかしいと思っている自分がいた。
日に日に弱っていく体も思考もなにもかも投げ出して逃げ出したいと願うほどには。
幼少期の時代は、度を過ぎた真面目な女の子だったと思う。
運動は苦手だったが、その分勉強を頑張ってクラスの生徒会みたいなものにも所属していた。
でも、将来だとか未来は不思議と見えなかった。
想像しただけで恐ろしくなったし、恐怖で足が竦んだ。
真面目すぎるのも考えもので、段々なにか良くないことが起こると自分を責めるのが癖になってしまっていた。気づいた時には、手遅れだった。
中学に進学した時にはもう心も体もボロボロだった。
家族一同でおばあちゃんの家に帰省した時、お寿司が食べられなかった。
今まで感じてた違和感が現実となった。
変な匂いを感じたからだ。今思い出せば、結構悪化していた症状の一種だと思う。
幻臭。
その場にいられないくらい体調を崩して、部屋の片隅で縮こまっていた記憶がある。
だれかに悪口を言われている気がする。
引っ越した後に感じたのはそれだった。
部屋にいるのはわたしだけのはずなのに、誰かがわたしの悪口を言っているように聞こえるのだ。
幻聴。
高校進学を迎えると、症状はさらに顕著となってきた。
今まであたりまえのようにできていたことができなくなった。
不登校。
電車も乗れなくなる。
周囲の人の視線や声が怖かった。
嫌な汗をかくほどに。
結局、わたしは学校の教員の勧めもあり少し離れたところにある病院を受診することになった。
母が同伴し、いろいろと聞き取りをする中で『統合失調症』だと診断された。
わたしは、やっぱりか……という気持ちと、やっと少し気持ちが楽になるかもしれないという思いが少しあった。
でも、本当の恐ろしさをこの時はまだ知らなかった。
普通じゃない人生をおくっている。
あたりまえにできることがなんでできないの。
あの子が、病気になってからおかしくなってしまった。
どれも、心の傷を抉って仕方がない言葉たちだ。
お母さんはよく言っていた。
もっと早く病院に連れて行ってあげればよかったね、って。
でも、本当は違うんだ。
わたしはずっとずっと変だってわかってたの。
ごめんね。言い出せなくて。
普通じゃない人生だったかもしれないけど、できなかったことができるようになった喜びは人一倍強かったよ。例えば、友達ができた時。心の病気もあってなかなか本音を話せる人はいなかったわたしだけど、その女の子には言えたんだ。相談することができたのが、とっても嬉しかったし、なにより共感してもらえたのが本当にうれしかったんだ。
わたし、お母さんに言えてない言葉があるんだ。
本当はね、ずっとありがとうって言いたかった。
お母さんはわたしを産むのも育てるのも物凄く苦労したと思っている。
でも、面と向かって言えなかった。
それと、本当は、大丈夫?って誰かに声をかけてほしかった。
頑張りすぎてない?自分のペースでいいんだよって、前から言ってほしかった。
でも、難しいんだよね。
がんばって、がんばって、がんばって、どんどん疲弊して壊れていく自分は……
どうやったら立ち止まれるかわからなくて、夢中になったのは、生きようと思えたのは、
アニメだとか漫画だとか小説の世界だったんだ。
とりわけ好きなのがハッピーエンドのお話だった。
不幸な境遇の主人公がだんだんと強くなって、最終的に幸せをつかみ取る話が好きだった。
理解してほしいと心の奥底で思っても、同じ境遇になったことのない家族にはわからない痛みで。
普通ってなんだろう?
普通じゃないわたしは不幸なのかな……と、ずっと疑問に思っていた。
だけど、最近分かった気がする。
本当に不幸か幸せかなんて、ほかの人が決めることじゃなくて、わたし自身が決めればいいと。
病気はつらいし、長引いてるけど、本当につらいのは、病気になったことでも体調崩したことでもなくて、周囲の物差しで測られることが一番嫌だったかな。
最近、体調が悪化しすぎて、正直言って消えたくなるほどでした。
それでも、わたしは消えれないと思いました。
昔、おばあちゃんが言っていた。
親より先に死んだら親不孝者になるよ。
わたしは、どうせ死ぬなら寿命で死にたいと思った。
どんなに頭が痛くても、どんなに心が苦しくても、今まで見捨てないで見守ってくれた両親のためにも。
お母さん、なかなか病気克服できなくてごめんね。
いつもありがとう。
本当に感謝しています。
お父さんに変なところだけ似て、趣味に熱しやすくて冷めやすくて、いつも心配かけてごめんね。
それと弟も、いつも比較しては勝手に落ち込んでごめんね。
あなたは、自慢の弟だよ。
素直になれないわたしより




