知らぬ存ぜぬ
姉さんは箒に立ったまま僕を見下ろす形で驚きに溢れた表情を見せてくれる。それがなんだか安心でき出来て、僕はなんだか落ち着いた。
まぁ落ち着いたけれど、なんだか良く分からないことばかりなんだよね。
とにかく落ち着いたので、僕は声をかけてみた。
「……何やってるの、姉さん?」
「…………ヒトチガイデスヨ」
片言で僕の発言を否定する。……三角帽子を目深にかぶって。
とはいえ僕の顔を驚いて見ていた事実に変わりはない。それに対して追究しようかと思ったところ、急に姉さんが明後日の方向へ勢いよく向いた。
やけに険しそうな雰囲気を醸し出してるような…? そんなことを考えながらゆっくりと立ち上がると、「早くここから逃げて!」と言われたので、どういう事か分からずに一歩後ろに下がったところ、姉さんが睨んでいた方向から光のレーザーらしきものが飛んできて直撃したかと思ったら、なんと箒に立って浮かんだまま片手を突き出した状態で薄い膜みたいなものを張って防いでいた。
「早く!」
「え、う、うん!」
ようやくここが危険地帯だというのが認識できた僕は、素直に来た道を引き返す。
背後から盛大な爆発音とか聞こえるけど気にしなくていいよね。あんなの映画の撮影とかに使われるだけだよね。
眼前に広がった不思議現象に対しそう脳内で処理を施して記憶する。懐かしく、また何かどす黒い感情の一端が芽生えたのを無視して。
不意に後ろを振り向いてみる。そこにはいつもと変わらない風景が。
「……あれ?」
違和感を覚える。
僕はたった数メートルしか走ってない。それなのに、いつもと同じ光景が目に映っていた。
何を言っているんだと思っている人もいるかもしれない。けれど、姉さんが防いだ時飛んできた「何か」があちこちに散らばっているのを僕は見ていた。
にもかかわらずどこにも壊れた様子がない。それどころか、対して離れていない上に空を飛んでいるという目立つ場所にいたはずなのに、姉さんの姿が見当たらない。
ある程度まで戻ってきた僕は、足を止めて道の真ん中で考えようとしたところ……声をかけられた。
――――辰巳に。
「あれ? 帰ったんじゃないのか?」
「……辰巳? どうしてここにいるのさ?」
「ちょっと帰る前に寄り道だよ……それにしてもどうしたんだ、お前。なんか納得いってないって顔してるけどよ」
「うん……なんかね」
そう言いながら僕は立ち止まっていると、「帰るんだろ? 一緒に歩こうぜ」と誘ってくれたので、考えることをやめて素直について行くことにした。
「にしてもよ」
「どうしたのさ」
僕がいつも歩いている道とは違う道を自転車を押しながらいきなり呟いた辰巳の声に反応すると、「なんだかやけに高島さんがお前に突っかかって来たよな」と今日の出来事を意地悪く言ってきた。
辰巳は昔からそうだ。僕が知らないけれど自分が知ってることを素直に教えず、楽しそうに、それでいてお見通しだというような話題の始め方をする。これを僕は心の中で『天狗モード』と呼んでいる。
天狗モードになった辰巳の話を聞くのは面倒だけど、気になることを話題に挙げるのでそうそう無視できない。ここら辺は天賦の才なのかなって思えてくる。
どうしたものかなと思っていると、不意に僕の視界の右端の壁が壊れて人が飛んできた。
「え?」
「あっちゃー」
壁を壊して飛んできた人はそのまま左の壁へ激突。眼前で繰り広げられた光景に思わず瞬きをしていると、辰巳が空を仰いでいた。
そこへ、壊れた壁の方からまたも聞き慣れた声が聞こえた。
「やっと終わったよー。色々と危なかったー」
……あれ? 姉さん?
声をかけるべきかどうか悩んでいると、いつの間にか辰巳は自転車で来た道を戻っていたのが振り返って分かった。
なんか事態の急変に追いついていけない。愕然という表現が合うのかもしれない。ともかく、正常に思考機能が働いていないということは事実。
流れのまま視線を戻すと……なんと姉さんが気絶した人の前で僕を見てまたもや言葉を失っていた。
そりゃそうだろう。なんたってこの短時間で二度も鉢合わせしてしまったのだから。誰も予想できるわけがない。
運がないのかどうかわからないなと思いながらぼけっと突っ立っていると、姉さんが気絶している人に指揮棒みたいな長さと細さの棒を向ける。
すると、特に何があるわけでなくその人は消えた。
うん。自分でも何を言ってるんだと思いたくなる光景。だけどそれが事実として現実に目撃しているのだから仕方ない。
何が仕方ないのかは僕にもわからないけど……まぁいいや。とりあえず聞いてみよう。
「姉さん」
「ち、ちがうよっ! 私あなたのお姉さんじゃないよ!!」
無理矢理高い声を作って否定する。それを聞いた僕はポケットから携帯電話を取り出して写真を――
「何撮る気、財賀!?」
「いや、ただ電話しようとしただけだよ姉さん」
――撮る素振りで電話を掛けようとしたところ、姉さんが顔を真っ赤にして慌てて怒ってきたので確信を持って呼ぶ。
それで謀られたことに気付いたらしい姉さんは、頬を膨らませて怒った顔を見せた。
僕はそれを笑いながら流し、「一体何なのこれ?」と本題を訊ねてみた。
しかし返事がない。ただただ悲しそうな顔をして何も言ってくれない。
教えてくれないという事実に何かしらの真実が隠されていそうな気がするけど、生憎そんな心当たりはない。
ただ、なんとなくこっちが本当のような気がしてならないんだけど……等と良く分からない直感でそう思っていると、意を決したのか姉さんは口を開いたところ――
――不意に、僕の携帯電話が鳴った。
「あ、ごめん姉さん。電話だ」
「――いいよ、出て」
一瞬で何かを飲みこんだらしい。ちらっと堪えるような表情を浮かべて笑顔でそう言ってくれたから。
なんていうタイミングで電話がかかってきたんだろ…と間の悪さに驚きながら電話に出ると、『ちょっとお兄ちゃん。洗濯物忘れてどこにいるの?』と梨花が一気にまくしたててきた。
「ごめん。忘れてた」
『もぅ。さっさと帰って来てね。晩御飯の当番お兄ちゃんでしょ?』
「え、僕は昨日だったはずだけど」
『私用事があって夕方に出かけなくちゃならなくなったの。だから夕飯は残しておいてね』
「いやだから……って、切られちゃった」
まったく横暴な妹だなと思いながら正面を向くと、そこには姉さんの姿はなく、破られた壁なども無傷だった。
「――あれ?」
一体どこ行ったんだろうかと首を傾げながらも、急遽当番を任された僕は家に帰ることにした。
「ただいま……って、誰も」
「あ、お帰りー財賀」
「姉さん!?」
誰もいないはず(両親は仕事で妹はどこかへ行き、姉さんも消えたので)と思ったのに姉さんが帰ってきていたことに僕は驚く。
よく見ると姉さんの靴が並べられていた。
いつの間に…と思いながらも普通に靴を脱いで並べ、リビングへ向かうと、姉さんが洗濯物を畳んでいた。きっと洗濯物は梨花が取り込んでくれたのだろう。
呆気にとられている僕に気付いた姉さんは、「どうしたの財賀?」と洗濯物を畳むのを中断して首を傾げる。
それを見た僕は思わず「さっきまで三角帽子かぶってなかった?」と質問したけど、返ってきた答えは「そんなの被ってないよ?」。
ますます混乱する羽目になった僕は頭を掻き毟りながら自分の部屋に戻り、鞄を机の上に置いてベッドに飛び込み、「一体どうなっているのさ……」と呟いて僕は意識を失った。