ふとんの中のダンスパーティ
ふかふかの羽毛ぶとんにくるまって、レイナはまぶたを閉じた。
窓の外は、雪がしんしんと降りつづけている。
部屋の中は静かで、時計の針がやわらかく時を刻んでいる音だけが聞こえた。
「おやすみなさい」
レイナは小さくつぶやき、ふっと息を吐いた。
すると、耳もとで「こんばんは」と声がした。
レイナは目をあけた。あたりを見まわすが、誰もいない。
けれど、布団の中がほんのりあたたかく光っていることに気がついた。
「だれ?」
レイナは声をひそめた。
「わたしはブランケットのリッカ。今日はパーティの日なの。あなたもどう?」
そう言ったのは、小さな小さな女の子だった。
ふわふわのドレスを着て、髪は金色の糸のようにきらめいている。
「パーティ?」
「ええ。今夜は特別。雪が深く降る夜にだけ開かれる、布団の中のダンスパーティよ」
リッカはくすくすと笑い、布団の端をつまんでひらりとめくった。
すると、その奥には広い広いホールが広がっていた。
床はやわらかな羽毛でできていて、空には星がたくさんぶら下がっている。
「いこう」
リッカはレイナの手を取った。
レイナはちょっとこわかった。
でも、手はとてもあたたかく、すこしだけくすぐったい。
気がつけば、もう一歩、また一歩と、ホールの中に足をふみ入れていた。
「ようこそ」
と、声がした。
そこにはたくさんの人がいた。
いや、人だけじゃない。
クッションやまくらたちも、おおきな毛布や小さなぬいぐるみたちも、みんなドレスやタキシードを着て、踊っている。
「すごい……!」
レイナは目をまんまるにした。
「ね、楽しいでしょう」
リッカはすました顔で、フリルのスカートをふわりと広げると、ひとまわりした。
レイナもまねしてくるりとまわった。
すると、足元に羽毛の雪がふわっと舞いあがった。
「あなた、なかなか上手だわ」
そう言ったのは、グレーの毛布の紳士だった。
まるでお城の家来のようにピシッと背筋を伸ばしている。
「ありがとうございます」
レイナはぺこりとおじぎをした。
「今夜の主役はあなたかもしれませんね。人間の子どもが来るのは、百年ぶりだもの」
「百年?」
「ええ。このパーティは、よくねむる子の夢の中でしか開かれないのです」
毛布の紳士はそう言うと、そっと手をさしのべた。
「一曲、おどりませんか」
レイナはそっとその手をとった。
音楽が流れはじめる。やさしいオルゴールのような音色だ。
耳をすますと、雪が積もる音までまじっているような気がした。
「一、二、三。一、二、三」
毛布の紳士がやさしく声をかけてくれる。
レイナは、まるで空を飛んでいるような気持ちだった。
ふわふわの羽にかこまれて、足はすこしも重くない。
「次はこっちよ」
リッカが手をふる。
今度は、まくらたちが輪になって踊っている輪の中に誘われた。
「ふわふわのまくらは、ジャンプが得意なの」
「ジャンプ?」
「えいっ!」
リッカがぽんと飛び上がる。
すると、まくらたちも次々と跳ねはじめた。
ふんわりと、まるで雲のかけらみたいに。
「やってごらん」
レイナも思いきって、ひざをまげた。
ぽん。
思ったより軽く、そして高くとんだ。
星がひとつぶ、手のひらにふれた。
「すごいわ!」
リッカがぱちぱちと手をたたいた。
「こんなに高くとぶの、久しぶりに見た!」
「わたし、ジャンプは得意なの」
レイナは笑った。
「学校でも、ジャンプなら天下無双だって言われたことがあるの」
リッカの目がきらりと光った。
「それはすてき!このパーティにぴったりだわ。天下無双のジャンパーがいれば、今夜はきっと忘れられない夜になる!」
レイナは、胸の奥があたたかくなるのを感じた。
それからパーティは、もっともっとにぎやかになった。
ぬいぐるみたちの合唱隊がうたを歌い、もこもこのスリッパたちがリズムをとった。毛布のドレスはふくらみ、星のあかりはゆらゆらとやさしく光っている。
「楽しい?」
リッカがそっと耳もとで聞いた。
「うん!」
レイナは力いっぱいうなずいた。
でも、そのとき、遠くから時計の音が聞こえてきた。カチ、カチ、カチ。
「あれ?」
レイナはふとふりかえった。遠くの遠く、部屋の時計が見えた気がする。
「そろそろ、帰る時間よ」
リッカがさびしそうに言った。
「もう?」
「あなたが目をさます前に戻らないと、ここから帰れなくなるもの」
リッカはゆびさきで、レイナの髪をそっとなでた。
「また来られる?」
「きっと来られるわ。ふかふかのお布団と、あたたかな夢を忘れなければ」
レイナはもういちど、ホールを見まわした。
みんなが手をふっている。
まくらも、毛布の紳士も、ぬいぐるみたちも。
「ありがとう」
レイナはおおきな声で言った。
すると、ホールの星たちがいっせいにきらめき、雪が静かに降ってきた。
次の瞬間、レイナは自分のベッドの中にいた。
羽毛ぶとんの中は、あたたかく、ほんのりとやわらかい光がのこっている気がした。
「また行けるかな……」
レイナはそっと目を閉じた。
耳をすますと、どこか遠くでオルゴールの音が聞こえたような気がした。