忘れるということ
人はいつか死ぬ。あたりまえだ。死ぬということは、息をしなくなること。朽ちていくこと。なくなること。
なぜ死ぬのかは、摂理としかいいようがないから、考えない。でも、誰も人が死ぬということに疑いを持っていないことは不思議。あたりまえのように死んで、あたりまえのように弔う。わたしには、あたりまえがない。
智紀は、死んだのだった。前触れもなく死んだ。交通事故だった。
それからしばらく経つが、誰にも話せていない。そもそも恋人の死というものは、誰に打ち明けるものなのだろうか。婚姻関係にあるならまだしも、法的に何の繋がりもない人間である。
智紀の両親とも何度か顔を合わせたことはあったが、同じように悲しむことはできない。重ねてきた年月も見てきた面も違うわけで、失礼な気もするし、引け目もある。嫉妬もする。
かといって、対等に悲しみを分かち合える人など居ないのだ。安い同情を買われるくらいならば、話さないに越したことはない。だから、智紀に会わせたことのない自分の両親にも真実のほどを話していない。
けれど最近、なんだか持ちきれなくなってきている。どうして死んでしまったんだろう。なんで人は死ぬのだろう。どうして死を受け入れられるのだろう。思考が同じ道を何度も辿る。
たぶん、その答えが欲しかったのだ。7月、両親が旅行に行くと言ったから、実家の留守番をかって出た。祖母と2人きりだ。
家に着くなり祖母は、整理したという戸棚の説明をしてくれた。
「これは昔もろた賞状でな」
「わたしは昔からずっと一番やってんえ」
「こっからここまでは全部囲碁の本」
「これは去年奥野さんが死なはってそんときにもろたんやけど」
「おじいさんが生きてはったときはな、いっつも4時には家に帰らなあかんかってん」
「最近接骨院いうのに通い始めてん」
「わたしはどうもないんやけど、お母さんが行け行け言わはるからな」
鞄もおかずに、30分ほど話を聴き続けた。何気なく出てくる死の話題にはどきりとした。祖母にとって死は身近なことなのだ。
認知症の気がある祖母は同じ話を何度もするのだと母は言う。何十回も何百回も。きっと自信を取り戻したいのだろうと。だから昔の武勇伝や自慢の話をするのだと。
「最近自信なくしてはるみたいやから、あんたが聴いてあげてくれて助かるわ」と言われたときには、少し悲しくなった。
祖母は涙腺が緩くなっているようだった。何かを話すたびに、目元が暗くなる。鼻声になる。
でも気がついたことがある。
昔話は、糸口なのだ。自覚してるかどうかは定かでないが、まずは、話し慣れた話題から口を動かして安心できる場所にまず身を置き、そこからやっと最近の話題にたどり着く。新しい情報は解凍に時間がかかるのだ。だからまずは昔の話を聴く。話がのってきたら、派生してどんどん広げていく。新鮮な話題が生まれる。初めて聴く話も二、三あった。
結局立ったまま小一時間話した。祖母は「お茶でも淹れよか」と言い、湯呑みを準備した。
出されたお茶は濃かった。というより粉っぽかった。「最近はこれやねん」と言った茶は、粉末をお湯に溶かすものだった。前は急須で茶葉から丁寧に淹れていたのに。粉が喉に引っかかる。祖母は何十年と続けてきた所作もままならなくなったのだ。ぐいと飲み干し、むせそうになるのを抑えながら、「お風呂沸かすね」と言いリビングを出た。
お風呂に逃げてきた。湯舟に浸かる。東京のアパートでは、体育座りをして湯船に入るから、湯船の中で足を伸ばすと身体が長くなったような気分になる。光の屈折でさらに長く見える。二つの足先から、脛、膝頭、少し膨らんで太もも、一つになるところには、毛が濃く生えている。
ところどころについている気泡を手で払うと、しゅわしゅわと上ってくる。またすぐ気泡がつく。毛の根元から毛先まで手を走らせて、気泡を取ると、痛みもなく2、3本抜ける。今度は根元から力を込めて摘みあげると、束になって抜けた。わなわなと陰毛があちこちに浮かんでいる。浮いているのが気持ち悪くて、指で摘んで払おうとするも、濡れた毛はなかなか指から離れない。擦りつけるようにして浴槽の縁に並べ、一気に流した。浴槽から出ると、まだ掬いきれなかった陰毛が浮かんでいる。
お風呂からあがると、テレビがついていた。祖母は、大相撲をぼんやりと眺めている。ちょうど結びの一番だった。




