泊める
ナツキが東京に来た。就活の説明会が有楽町であったのだという。
「どこでもいいから居酒屋行こう」
とナツキが連絡を寄越したので、小洒落た店の一つも知らないわたしは、家の近くの日本酒が安く飲めるチェーン店を選んだ。
「きょうは奢るわ」
えらく気前よくナツキは言った。大人になろうとしているような、背伸びしているような。
人にはそういう時期があるのだと思う。一般的な観念だったり風習だったりの影響で大人になろうとする時期。なろうと思ってなれるものじゃないのに。
どこかのタイミングで、男の子はお金を多く払うようになり、女の子は嫌な気にさせない佇まいを身につける。
わたしはまだまだ、お金を払われることに居心地の悪さを感じてしまうあたり、子どもなのだと思う。
日本酒三合を乾かす。ほろ酔いで上機嫌になった私たちは、職場や就活の愚痴を言い合った。意識してたかどうか定かではないが、あえて恋愛の話は出さなかったような気がする。とりとめのない話をたくさんした。
どちらが誘うでもなく、なし崩し的に(なし崩し的に?)、家にナツキがきた。断る理由もなかった。
「シャワー借りるわ。タオル貸して」
積んであるタオルの、真ん中の方にある綺麗めなものを抜きとって渡す。
バチバチとシャワーの音を聴きながら、グラス一杯の水を飲むと、舌に酒が残っているのがわかる。ベッドに座り、膝頭をすり合わせる。
ナツキは、ジャージのズボンに肌着姿で出てきた。
「お先でした。タオルどうしたらいい」
「あ、もらうね」
湿って重くなったタオルを受け取り、洗濯機に投げ込む。フタを閉める。
「じゃあ私も入ってくるし、覗かんとってな」
「覗かんわ」
冗談を言えるのは、酔っているからだ。いつもより長めに熱いシャワーを浴びて、就寝の段。シングルベッドで並んだ。酔いはさめている。可笑しくて笑いそうになる。笑う方がおかしなことになると思い、奥歯を噛むと、鼻がぴくぴくする。
暖房のタイマーはセットせずベッドに入り、天井を眺めながら昔話なんかをする。お互い、前にも聞いたような話をする。前にも聞いたとは言わない。瞼が重くなり、「消灯しますよ」と言って、暗くした。本当に寝ようと思ったのだ。
暗くなると、途端に目が冴えた。なんでやねん。近くに顔があることは感じながらも、向き合ったり、背中を向けたりせず、頑なに仰向いて就寝を試みた。
ナツキはほとんど動かず、やがて、すうと寝息を立て始めた。
急に取り残されたような気持ちになる。足の先で脛のあたりをつつこうとして、やめる。脚を入れ替えて横向くと、ナツキも少し動いた。眠りが浅いのか起きているのかはわからない。
そもそもナツキのこともよくわからない。好意を持っているらしいということは、私の高校卒業の時に打ち明けられたのだが、それ以降何事もなかったかのように過ごしている。ぬらぬらと躱してしまうナツキはうなぎに似ている。難儀する。しばらく体勢を模索して、徐々に微睡む。意識の外にいく。
鳥の声が聞こえた。遮光カーテンの隙間から薄い光が漏れている。ナツキはいつの間にか背中を向けていて、膝をたたんだ状態で眠っている。いつもはこうやって寝ているんだろうなと思うと、昨晩はやはり彼なりに緊張していたんだと思う。胎児のような寝姿をみて、微笑ましくなる。
よかった、と思った。意気地なし、とも思った。
何かが恋しく、名残惜しいような心持ちでいると、ナツキが起きた。時刻は8時を迎えようとしていた。
起きてからのナツキは早かった。きょうも説明会があるのだと言って、縒れたリクルートスーツに着替え、「じゃ、また。泊めてくれてありがとう」と短く言って出ていった。
口は渇いていて、お腹がぐうと鳴る。身体からはまだ少しお酒のにおいがする。




