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もう一度恋をはじめるまで  作者: 晴後くもり


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息を止める

いつもの道に日陰が増えて、

季節が移ったのを知る。

マイナステンポの日々を

追いかけるみたいに駅まで歩く。



 無意識に息を止める癖がある。

 クラクションが鳴ったとき、犬のフンを見つけたとき、電車が通過するとき、職場のドアを開けるとき、湯船に首まで浸るとき。


 自分でわざと止めることもある。自分が本当に生きているかを確かめるために。大概の場合、息を止めて数十秒。肺が酸素を欲するより先に、私の方が飽きてやめてしまう。


 今朝は2秒間息が止まった。わざとではない。

 コンビニATMの残高照会を見た時である。


 ーー209円。


 毎月5日に振り込まれるはずのお金が振り込まれていない。今夜は約束があるのに。年が明けてから既に9日が経過していた。呼吸が浅い。取引画面を終了させると、突きかえすようにカードが出てきた。


 お金があれば神田明神のベンチで朝ごはんを食べようと思っていたのだ。時間がぽっかり空いたので、ふらっとあかりを見にいく。明というのは、“神馬”としてこの神社で飼われている黒い馬のことだ。実際は馬じゃなくてポニー。所々に白毛がみっともなく生えていて、黒というよりも薄墨色。


 神社には、まだ初詣客がまばらに居て、普段は建たない屋台が並び、簡易なテーブルなども設置されている。明は人が増えようが増えまいがどこ吹く風で、コンクリートの隙間を舌でなぞるようにして草を食んでいる。先週実家で食べたおせちの黒豆のようなつやのある瞳が、薄い陽の光を微かに反射している。


 ふと時計を見やると、長い針が大きく進んでいる。55分になろうとしているところだった。楼門を抜けて急いだ。


 職場に着いたのは10時02分だった。10時開店で、そこからぼちぼちと準備を始める様式の「ゆうcafe」は、時間にストイックじゃないところが気に入っている。昼番は社員の蛯沢さんと私が回し、夕方ごろにオーナーが来てバー営業へと移行する。わたしのシフトは18時まで。お昼の売り上げはさほどない。オーナー曰く、夜が辛い齢になったときのための先行投資なのだという。


 先に来て店を開けていた蛯沢さんに挨拶して、支度する。


 先月分、いつ頃入りますか。先月分ってもう振り込まれてますか。お給料なんですけど。


 言い方を探るが、ちょうどいい文句が出てこない。さくっと訊いてしまえばいいものを、朝イチからこんなことを訊いて生活に窮していると思われるのも恥ずかしいような気がする。昔からカッコつけなとこがある。


 こんなことなら昨日の帰り際にでも聞いておくんだった。一発芸なんかと一緒で時間とともにハードルが上がる。言い出しづらくなる。


 もやもやを抱えながら、お昼過ぎまで気もそぞろに過ごす。お客さんは、常連の杉村さん(ひげ)と、一見のおじさん(ハンチング)だけだった。


 昼休憩に入る。もう一度口座を確認し、ここで入ってなければ、蛯沢さんに聞こうと心に決めて店を出る。御茶ノ水駅に向かって足取り重く、歩く。


 家賃のこともあって、そろそろ部屋のことも考えなければなと思っていた。ひとり暮らしに広すぎる六畳2間、バス・トイレ・キッチン別。中野、12万8000円。築48年リノベ物件。バイト代のほとんどをこの部屋に注ぎ込んでいる。


 待ち時間の長い信号の先には聖橋があって、見下ろすと線路が通っている。トンネルから出てくる電車が、おもちゃみたいに抜けていく。冬の間はこの時間だけ、線路に陽がさす。


 通る電車の色褪せた銀色に陽が当たる。烟るように白い光の反射。薄っすらと濃くて淡い光。その様を見ていると、なぜか目の周りからじんわりとしてきて、奥歯が柔らかくなる。息が止まる。もうしばらく、もうしばらくと、立ち止まり、眺める。


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