ベランダで煙草は吸わないで
真夜中に目が覚めた。仕方ない、夜風にあたって一服しよう。そう思ってベランダに出て煙草に火をつけると、隣のベランダに人がいるのに気づいた。ぺたりと座り込んで、空を見上げている。隣に住む大学生の鈴夏だ。
「鈴夏、アンタ、なにしているのよ? こんな時間に」
驚いて声を掛けた。鈴夏とは近所づきあいを越えて、友達づきあいをしている。でも、こんな時間に会ったのは初めてだ。
鈴夏はふらふらと立ち上がると、
「その言葉、紗智恵さんにそっくりお返しします。それに、いつも言ってるじゃないですか、『ベランダで煙草は吸わないで』って。ベランダは共用部分なんですよ。自分勝手なことしないでください」
青白い顔。まるで幽霊が話しているみたいだ。私は手に持った灰皿で煙草を乱暴にもみ消すと、
「とにかくおまえ、私の部屋に来い。なにかあったんだろ? 話してみろよ」
「余計なお世話です、放っておいてください」
「……あのさ、共用部分ってみんなの場所って意味だろ? そこでそんな顔して、放っておいてはないだろ? おまえこそ、自分勝手するなよ」
私がそう言うと、鈴夏はがっくりと肩を落とした。
「……わたし、振られちゃったんです。故郷に恋人がいたんですけど、別の人を好きになったから別れて欲しい、ってメールが来て。それで、その別の人っていうのが、私の親友で」
私の部屋で、鈴夏はそう言った。それはキツイなぁ……でも、
「鈴夏、落ち着いたら、『二人のこと応援する』ってメールでも送ってやれよ。このままだと、おまえは親友まで失う。故郷にだって帰りづらくなるだろ」
私の言葉を鈴夏はぼんやりと聞いていた。鈴夏は賢い子だ。こんなことわかっているのだろうけど。
私は、煙草を手に取り、火をつけて咥えた。すると、
「紗智恵さん、煙草吸わないでください」
鈴夏が言った。
「なに言ってんだ。ここは私の部屋だぞ」
私が言い返すと、鈴夏の顔がくしゃくしゃになり、瞳から涙があふれる出る。
「だって、私、紗智恵さんに長生きして欲しいだもん。ずっと元気でいて欲しいんだもん」
そう言うと、子供みたいにわんわん泣き出した。
ああ、もお、私のこと年寄りみたいに言いやがって。歳の差はほんのちょっとだろ。
私はあきれながら、泣きじゃくる鈴夏を見ていた。