第40話 雨降って地固まる
「そう! なんと! この! 小学生にしか見えないこの私が! この学園の! 一番偉い人だ! 恐れおののいたか!」
高らかに宣言して高笑いする鬼崎理事長。恐れおののきすぎて、何か思い出せそうだったのに何を思い出そうとしていたのかさえ記憶の彼方に飛んでいってしまった。
「私が今日ここに来たのは、試験中においたをしたお前達を理事長からも叱ってくれ、とさっきまでここにいた一年の学年主任から頼まれたからでもあるが……それについては後でそこのエリクサーによく言っておく。だからお前達を叱るようなつまらん真似はしない。とは言え何もしないでいるとあの学年主任が私を叱りに来るから、とりあえずここに来た! それに、我が校としては珍しい一般社会から来た新入生の成長具合もこの目で見ておきたかったからな。どうだ根音。この学園は、魔法は、楽しいか?」
「え? えっと、はい! 楽しいで……ああ!」
急に話を振られて驚いたが、こちらを向いた理事長の顔を見て、先程何を思い出しかけたのかを思い出した。そのことで更なる驚きが私の中で沸き上がった。
「あの時の……理事長、だったんですね……⁉」
「ああ、そうだ。久し振りだな」
得意満面な笑みを浮かべる理事長。そうだ。あの日出会ったのは、この少女だった。
『舞理、理事長と会ったことあるの?』
未琉がこちらを振り向いて疑問を述べる。私は頷いて答えた。
「私が初めてこの学校に来た……って言うか、迷い込んだ時に女の子と会って突然『合格だ』なんて言われたんだけど……。それが、この理事長だったっぽい」
目を丸くした未琉が、そのままその目を理事長にも向けた。気持ちはよくわかる。
「あの、理事長。一つお伺いしてもよろしいですか」
「もちろんだ。いくらでも聞くぞ」
見た目のわりに貫禄を感じさせる理事長がゆっくりと頷く。私も頷き返し、あの日からずっと疑問に感じていたことを聞いた。
「あの日、どうして私はこの学園に迷い込んだんですか? 今でこそ私も魔法が使えることがわかりましたが、あの時はまだそんなこと全然知りませんでした。どうして私はここに来ることができて、理事長は合格だなんて言ってきたんですか? 私あの後凄くびっくりしたんですよ。だって、家と学校の両方に突然合格通知が届きましたし、一人で県外に出た覚えは無いのにここの所在地京都って書いてありましたし」
「うんうん。気になるよな、その辺のこと」
今度はしたり顔で頷く理事長。どんな理由があるのだろうと、私だけでなく皆も静かに話の続きを待った。
「まず、何故お前がこの学園の敷地に入ることができたのかについてだ。あれはほとんど偶然と言ってもいいだろう。あれは確か、夏休みのことだったよな?」
「はい」
「これは覚える必要のない話ではあるが、長期休暇の間に、学校中で色々なメンテナンスが行われるんだ。邪魔な生徒がいない内にやってしまおう、という魂胆だな。ああ、今この話を聞いたからって、邪魔をしようとするんじゃないぞ火野屋」
「な、何でまだ何も言ってねぇのにバレてんだよ!」
突然の注意喚起に驚いた天が自白した。
「顔に出すぎだお前は。それにお前のような生徒の考えなんて全てお見通しなんだよ。何年この職に就いてると思ってるんだ」
はあ、やれやれ。と肩をすくめる理事長。何年やっているか、なんて問われても、見た目と職業がちぐはぐすぎて推測すら不可能だ。栗枝先生といい、この理事長といい、実年齢いくつなんだ。
「話を戻すが、そのメンテナンス内容の一つに長距離間移動魔法装置……簡単に言えば、ワープをするための装置の点検作業がある。この学園へは全国各地から生徒が集まるから、入学する時や休暇中に実家に帰る時にその装置が使用される。と言っても、どこへでも好きな場所へ行けるわけでもない。この学園と全国に数十か所存在するワープ地点を結んでいるだけだ。電車の駅みたいなものだ、と言えばわかるか?」
私はなるほどと思いながら、こくりと頷いた。
「で、その魔法を電車だとする。具体的に電車にどんなメンテナンスが必要なのかは詳しく知らないが、まあ車輪があるんだから、それが歪んでいれば大変なことになるのは簡単に想像できるな。不具合があれば、乗客を安全に運ぶことができない。そんな感じの理屈で、ワープ魔法のメンテナンスをする。……その時に、偶然引っ掛かったんだ、お前が」
「……はあ」
理解できる話かと思っていたら、急に意味がわからなくなった。引っ掛かったって何だ。魚か私は。
「その時お前がいた地点から半径五十キロメートル以内に、メンテナンス中のワープ地点があったんだ」
「誤差が大きすぎませんか……」
私が指摘すると、理事長は肩をすくめた。
「仕方がないだろう。何しろメンテナンス中なんだ。詳しいメンテナンス方法は専門家じゃないから知らないが、色んな要因が重なってそうなる時もある。実際に、お前はワープを通ってここに来た。とりあえずここまでが、大雑把ではあるが学園に迷い込んだ理由だ」
「でも……」
「今お前の中にある疑問には今から答える。次に、私がお前に合格だと言った理由だな。お前がこの学園の地に足を踏み入れた時、私は学園内に不審者――つまりお前――が現れたことを察知した。ワープ装置のメンテナンス中は変なものが入り込みやすいから、私も警戒に当たっていたんだ。侵入を察知した私はすぐさま侵入者のいる場所に駆けつけた。するとそこにお前がいた。人畜無害そうな見た目の、呆けた顔した女子中学生がな。お前を見た私は、すぐにお前がその内に秘めている力を見抜いた。あのワープ装置は、魔法使いや、魔力ないしそれに準じた力を持っているものが使用できる。とは言え誰でも自由に使用できるのは不用心だから、本来は登録しないと通れないんだが……通れちゃったんだよな、お前は」
「えーっと、そうみたい……ですね」
先程のように電車に例えれば、無賃乗車のようなものだろうか。もしくはスタッフ以外立ち入り禁止の場所に入ってしまった、とか。
「これは後で作業員に聞いた話だが、その当時一時的に制限を解除していたらしい。学園祭で来客を迎える際にも制限を解除するから、そのテストだそうだ。とは言え制限を解除しようが魔力を持つものだけが通れることに変わりはない。つまり……制限解除の話は後で聞いたにせよ、お前が魔力を持つものであることはすぐに判明した。だが、これはワープ装置の仕組みを知っているものなら誰でも辿り着くことのできる結論だ。しかし! この私はそれ以上のことも瞬時に読み取った! それが何かわかるか、根音」
「そうは言われましても……何も……」
急に勢いよくそんなことを言われても。勢いに押されて何も出てこない。戸惑う私を見て、理事長は不敵な笑みを浮かべる。
「こう見えて、私は結構長くこの職に就いているんだ。沢山の生徒や先生達と接する中で、私の人を見る目も育まれていった。その結果、ひと目見ただけでそいつがどんな力を持っているのかもわかるようになったんだなこれが。誰をⅡ科に振り分けるかも私が決めている。つまり何が言いたいかと言うと、お前にだいぶ厄介な力が備わっていることを、お前を見た瞬間に感じ取ったってわけだ。いやはや驚いたぞ。本来ここに来られないはずの一般人が、人の心を操る能力を引っ提げて突っ立ってるんだからな」
「「「「『え⁉』」」」」
理事長の最後の台詞に、先生含め五人全員で驚いた。対する理事長は目をぱちくり。
「え? 何だ? 根音は既に自分がどういう魔法に特化しているのか、理解したものだと思っていたんだが?」
「ま、待ってください理事長。私が特化してる魔法って、人とか物とかを操るのが得意ってだけで、人の心まで操れるものではなくないですか……?」
どうしよう。皆の目が、「え、お前そんな力持ってるの? だったら今後絶対近づかないでくれない?」とでも言いたそうな目が、こちらに向いている。私は妙な緊張感に包まれ、全身に嫌な汗を掻いた。
理事長だけが目を、それはもうあからさまに逸らした。
「あ、あれ~。そっか~。それじゃあまだそこまでの力は得ていないのかもな~。でも他人を操って、そいつの意思を無視して魔法を使わせるのも、心を操っていると言えないわけでもないしな~。まあ、うん。今後の成長次第で、そういうこともできるようになる、ってことが今わかってよかったな~。ああ、でも魔法で人の心を操ると魔法界の法律に反することになる可能性が十分あるから、気をつけろよ~。魔害対策隊に追われることになるかもしれないからな~」
「な……なんですかそのはた迷惑な魔法は⁉ 何で私にそんな力が備わってるんですか⁉」
「知るかよ! 私はただその人の能力を見抜けるだけで、その理由までは知らねぇよ! くっ……。嫌なら学校を辞めればいい、と言いたいとこだし、理事長権限で退学処分にすることも可能だが、それだと中途半端に魔法の使い方を覚えた犯罪者予備軍を野に放つことになる……」
「犯罪者予備軍とか言わないでくださいよぉ!」
もう泣きたくなってきた。って言うか泣いてもいい? ぐすん。
『さすが問題児クラスに入れられたことだけはある。自信持って』
「そんときゃあたしが捕まえてやるよ」
「このわたくしに頭を下げるのであれば、匿ってあげないこともありませんよ」
三者三葉に謎の慰めの言葉を送ってきたが、そんなことで私の心が慰められるわけもなく。
(これが、特化型の問題児クラスに入れられた本当の理由……!)
「つまり理事長。今後は根音がガチ犯罪者にならないための教育指導を行え、ってことですか」
一人冷静な……と言うよりも、面倒事を押しつけられてうんざりした顔の先生が理事長に尋ねた。
「そうなるな。経験あるから簡単だろ」
「経験とか言わないでください……。簡単でもありませんし」
「だがそれが教師の仕事だからな。頑張れ」
「……はあ」
大きな溜息をつく先生。板挟みになって大変そうだなぁ……あはは……。私のせいなんだけどね……ははは……。
「ま、人間生きていれば誰だって犯罪者になりうる。そうならないように、道を踏み外すんじゃないぞ。じゃあな~」
理事長は言いたいことを全部言い切ったのか、手を振るとさっさと教室を出ていってしまった。後に残ったのは妙な疲労感と沈黙のみ。まるで嵐が過ぎ去った後のよう。
「はあ……。また理事長は厄介事を私に押しつけて……。それにしても、まさか根音の能力がより厄介なものだとはな」
やれやれと頭を振る先生。心なしか身長が縮んでいるように見える。
「あのぅ、先生。私にこんな能力が備わった理由って、本当にわからないものなんですか?」
理事長からは知らないと一蹴されたが、それでもどうしても気になって聞いてみた。
「先祖代々魔法使いなら調べやすいんだが、そうでもない場合は本当にわからないんだよなぁ。突然変異で先祖とは全然違う能力に目覚める場合もあるから、お前の納得のいく理由を追い求めるのは不可能に近い。理由はどうあれお前はお前だ。人の心を操る魔法に長けた……いや、長けるかもしれない魔女だ。それは変えられない。だが犯罪者になりたくないなら、その能力を良い方向に活かせるようになればいい話だ。その方法を探るための時間はたっぷりある。この学園のⅡ科の生徒には、ある程度の自主性が認められているからな。試験さえクリアすれば、あとは何をしようが自由だ。……ああでも火野屋。サボりすぎるのもそれはそれで問題だからな」
「何でそこであたしに白羽の矢が立つんだよ!」
くすくす、と彗と未琉が笑う。それにつられて私と先生も笑い、天が唸る。
「うう……出ればいいんだろ、出れば……」
「ああ。お前は魔隊に入りたいって言うなら、ちゃんと出席しといた方がいいぞ。無断欠席ばかりだと入隊試験で落とされる可能性が高いからな」
「へ~い」
やる気のない天の返事に、また呆れたように息を吐く先生。しかし頭を振ると、気持ちを入れ替えたように私達を見回した。
「今回の期末試験でお前らは無事合格し、退学の危機を免れた。今後行われる試験で不合格になっても退学にはならないが、それ以外のことで退学になる可能性はあるからな。……出席日数が極端に少ないとか、罪を犯したとか。私は、そうならずに皆が卒業まで揃っていてくれることを願っているぞ。んじゃ、解散。今日は二年生が外で試験やってるから、午前中の授業が終わるまで校舎からは絶対に出ないこと。校舎内で各自自習。私は第二実験室にいるから、何か用があればそこまで来い」
以上。と言って先生も教室から出ていった。残された私達生徒四人は、この後どうする? と互いの顔を見合わせた。
「ああは言われたけど、校舎内で使って物を壊さずにいられるような魔法じゃねぇしな」
ふわ~あ、と天が大きな欠伸をした。
『私も、今は真面目に実験する気分じゃない。先生もたぶん実験室でミナミ先生と駄弁りたいだけだろうし』
普段は出席確認後すぐ実験室に行く未琉も、動くのがだるいとでも言うようにぐったりした様子で椅子の背もたれにもたれかかっている。
「お二人共ここでサボる気満々ですね」
そんなことを言っている彗も、動く気配はない。
「じゃあ、皆でお喋りでもして、四時間目が終わるまでここで待ってる?」
私が提案すると、天と彗が嫌そうな顔をした。
「はあ~? 何でこいつと一緒にここで待ってなきゃいけねぇんだよ」
「それはこちらの台詞です。あなたのうるさい声を至近距離で聞き続けていたら鼓膜が破れます」
『舞理、これは人の心を操る魔法を練習するチャンス』
「う……。それは冗談だよね、未琉……?」
〝あらぁ、いいじゃない、練習しちゃえば。くすくす。わたしの言うことに従う彗を見てみたいものだわぁ〟
「面白そうだからって妖精さんまで出てきて茶化さないで⁉」
その後もぎゃーすかぎゃーすかと言い合いながら、結局私達は四時間目まで教室内で過ごし、終了のチャイムが鳴るとすぐに学食へと皆で急いだ。
皆で各々の好きな料理を食べている間も、私達の間には文句と笑みが絶えなかった。




