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第10話 保健室で正座

「馬鹿かお前ら」


「「……はい」」


 鬼ごっこはすぐに中止になった。私とあめは彗の魔法で空中をふわふわと浮かびながら保健室に連れていかれ、治癒魔法のエキスパートを自称する養護教諭の治療を受けた。あちこち傷だらけで血も流れていたのに、先生が傷口をなぞるだけで血が止まり傷跡も何もなくなった。長年魔法に憧れを抱いていた私だが、さすがにこれはぞっとした。火傷した部分にだけは昨日自作した魔法薬を塗ったが、これは火傷跡が綺麗さっぱりなくなることはなかった。暫くは残るだろう。


 治療が終わると、栗枝先生のお説教が始まった。さしものあめも大人しく正座して先生の話を黙って聞いている。ちなみに彗もすました顔をしているが、私が「彗さんに言われて特攻しました」と報告したために隣で正座している。鬼ごっこに加わっていなかった未琉だけが、蔑むような目付きで私達を見据えながら椅子に座っている。


「はあ……ったく。これじゃあ目を離した私が馬鹿みたいじゃねぇかよ。いや、むしろお前らが私の予想を遥かに上回る馬鹿なのか……はぁ」


 先生が何度目かの溜息をついた。入学から三日目でこれなのだ。頭も抱えたくなるだろう。


(その要因の三分の一を私が担っているわけか……)


 本当に馬鹿なことをしたと、私は深く反省した。


「いいか? この授業の目的は、基礎体力の底上げだ。ついでにこの際だから言っておくと、期末試験にも関わることだ。だが、根音ねおとは魔法がからっきしだし、薬袋みないは体力が全然無い。龍神たつかみもできればもう少し体力が欲しいし、火野屋は考えなしに動きすぎる。そして全体的に協調性がまるで無い。このままだと退学確定だ」


「はあ⁉ なんでこいつらのせいで、あたしまで退学にならなきゃいけねぇんだよ!」


「だーかーらー、そういうところに協調性がこれっぽっちも無いっつってんだよ! 何でお前は自分に非が無いと思ってんだ!」


 声を荒げるあめに、先生が一喝。あめはぶつくさと文句を言っていたが、先生の投げたチョークがごつんと当たり口を閉ざした。突然チョークが現れたこともだが、チョークとは思えない音を立てたことにも私は衝撃を受けた。


 やれやれ、といった様子で先生が軽く頭を振る。


「Ⅱ科B組に振り分けられた時点でほとんど問題児確定だし、実際私だってそうだったわけだが……ああ、そうか。だから説教したところで意味もないか……」


 一人で何かを納得し、先生は真面目な顔で私達を見回した。


「試験に不合格だった場合退学になる話についてだが、私は好き好んでお前らを退学にしたいわけじゃない。お前らだって、せっかく初池に入学できたのに退学になるのは嫌だろ? だから、合格するために、皆で協力してほしいんだ。誰かと協力して物事を成し遂げるというのは、相手のためにも、自分のためにもなる。お互い切磋琢磨することで、より高みにのぼることだってできる。……私もここに入学した当初は、何で大人しく授業を受けて他人と仲良くしなきゃいけないんだって思ってた。だが、ある日私の前に現れた奴がこう言ったんだ。『独りよがりの強さに酔ってる奴はダセェ』ってな」


 先生は懐かしむように遠くを眺めながら言った。私達はそれを黙って聞く。


「言われた時はクソムカついたが……実際、図星だったんだよな。他の奴らは弱いと勝手に決めつけて、自分はあいつらとは違うと慢心して。だが、それを言ってきた奴と戦ってみたら……コテンパンに叩きのめされた。悔しかったよ。弱いと思ってた奴に負けて。でもな、そのお陰でそいつより強くなってやろうって、がむしゃらに頑張るようになったんだ。二度と負けたくない、ってな。それからも何度もそいつと戦って、その度に負けて、悔しくて、魔法を上達させようと努力して、戦って、負けて……。そう。私が努力している裏で、あいつも努力を重ねていたんだ。だから、あー……話が長くなったな。まぁ、何が言いたいかっていうと……寝るな火野屋」


 ズコッ!


 またしても剛速球のチョークがあめの額を直撃した。あめは痛そうな声を上げながらすってんころりん。


「何すんだよ⁉」


「人がせっかくいい話をしてる時に寝るな! ったく。もういい、話は終わりだ。興が削がれた。とにかく、お前らは協調性を高めろ。それが試験に合格する鍵だ」


 先生は最後にもう一つ大きな溜息をつくと、そのまま保健室を出ていった。残された私達の間には、何とも微妙な空気が流れた。特にあめと彗からは「え? こいつと協力しなきゃいけないの?」という視線が私に注がれている……ような気がする。二人の気持ちもわかるんだけど、いや、わかるからこそ肩身の狭い思いがする。とにもかくにも私はまだ魔法が使えないから、切磋琢磨どころじゃない。まずはそこをどうにかしなければ。

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