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敬愛する父に捧げる聖戦

作者: 田鶴瑞穂

「ようやく、完成したか・・・さて、無事起動できるかな・・・。」

 手術台のようなベッドの前で、男はそう呟いた。ベッドの上には、女性を模った一体のロボットが横たわっていた。

 男が傍らの機械のスイッチを入れた。暫くは何事も無かった。何の音もせず、部屋には静寂が満ちていた。やがて、最初はごく小さく、その後徐々にはっきりとした機械音が鳴り響いて来た。

 ロボットの顔に填め込まれたカメラ眼が焦点を合わせようと、キュッキュ、キュッキュと動いた。その後、ゆっくりと上半身を立ち上げ、面を上げて男の方を見た。

『貴方は?』

「おおっ!ちゃんと起動できたか・・・俺はお前を造った者だ。言い換えれば、お前の主だ。」

『私の創造主ですか?私を造って頂き、有り難うございます。』

「うむ。お前も俺のことを創造主と呼ぶのだな。小難しい言葉を知っているものだな。・・・まぁ、ロボット達には同じ辞書をデータとして丸ごと記憶させているから当然か・・・。」

『創造主様。私は貴方の忠実な僕です。何なりとお命じ下さい。』

「あぁ、今はよい。今はお前達が俺の側に居てくれさえすれば充分なのだ。」

『お前達?』

「あぁ、お前達だ。お前には兄弟が十二体居る。・・・来なさい。紹介しよう。」

 男はロボットを連れて隣の部屋へと移動した。そこには、形状も大きさもまちまちなロボットが十二体、男と今誕生したばかりのロボットを待っていた。

「皆、待たせたな。お前達の十三体目の兄弟だ。仲良くしてやってくれ。」

 男がそう言うと、十二体の内、最も小さく、最も人間の形から程遠い形状をしたロボットが前へ進み出た。彼には脚が無く、キャタピラーが脚の代わりだった。キュラキュラと言う音を鳴らしながら、彼は十三体目の兄弟の1m程手前までやって来ると、ピタリと止まった。彼は他の兄弟と比べるとあまりにも小さく、成人男性の膝ぐらいしか背の高さがなかった。それ故に十三体目のロボットは、彼と会話するために身を屈めなければならなかった。

『初めまして、マイブラザー。私はあなた方の新しい兄弟です。』

 そう挨拶すると、その小さなロボットは胴体にセットされたスピーカーから声を出して答えた。

『初めまして。私の名前は一号です。三十年前に創造主に造られた最も古い僕です。』

 男が補足を行った。

「この一号が長男、と言う訳だ。見た目は貧相だが、頭はいい。搭載されている人工知能を三十年間も学習させ続けているからな。」

 そう言い終わると、男はぐるりとロボット達を見渡してから言葉を続けた。

「さぁ、皆も新しい兄弟に自己紹介をしなさい。」



 真面に見れば視力を失いかねない猛烈な閃光が大地を覆った。そして、ほんの少しの間を置いて強大な衝撃波があらゆるものを砕き、吹き飛ばしながら同心円上を猛スピードで駆け抜けた。その後、ようやく耳を劈く轟音がやって来た。

 男はその時、地下五階にある整備工場で、同僚と共に出撃間近な攻撃機の整備を行っていた。そこへ、いきなり大地震とも思える大きな揺れが襲って来た。立っていられず、思わず皆が膝を着き、よつんばになって揺れに耐えた。そして、地下五階でもはっきり聞こえる轟音が響き渡った。

「こ、これは!・・・やられた!?熱核兵器による攻撃だ!」

「街の中心部に落とされたのか!?」

「だろうな・・・ここは街からはかなり離れているからこの程度で済んだんだろうな。そうでなければ地下五階程度の深さで無事なはずが無い。」

 しばらく続いていた揺れがようやく収まった。

「どうなったのか、状況の確認にいくか?」

「いや、待て!本当に核攻撃だとしたら、今ごろ地上は放射線の嵐だ。出たら死ぬぞ。ここ地下工場は吸気フィルターもあるから安全なはずだ。暫くは出ない方がいい。」

 男はそう言って同僚に対し自重を求めたが、好奇心を抑えることの出来ない何人もが上へと駆け上がってしまった。

「命が惜しくないのか、あの馬鹿どもは!」

 と、そこへパイロットスーツに身を固めた搭乗員達が整備工場に現れた。

「おい、整備兵!攻撃機は出撃できるのか?」

「はい、機体の整備並びに給油は終わっております。後は弾頭を積むだけですが、上からどの弾頭を積むのか指示が入っておりません。故に今は指示待ちの状態です。」

「よし!ではすぐに五号爆弾を装填してくれ。全機にだ!」

 男は驚いて思わず聞き返してしまった。

「ご、五号でありますか?」

 そう、五号爆弾とは熱核弾頭だからだ。

「二度も言わすな!敵が先に使ったんだ。こちらも同じ五号で反撃しなければならん。」

 男は喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。そう、反論しても無駄だ。これは戦争なのだから・・・。

「よーし、五号を全機に装填しろー!」

「了ー解ー。」



 出撃した攻撃機がどうなったかは判らない。上からの命令も下りてこない。我々は上層部から見捨てられたのではないか・・・皆の心にそう言った不安が増大していった。そのため、あの核攻撃を受けた日から数ヶ月経った頃から、一人、また一人と地下から出て行く者が現れた。もちろん一度出て行った者が地下に帰ってくることは無かった。

 数年後には男だけが地下に残っていた。男はその臆病さが好奇心を上回っていたからだ。放射線は怖い。軍の実験データによると、一発の熱核兵器の残留放射能は、短くても三十年はその効力を失わない。男は地下に引きこもることを決意した。

 航空団と陸軍数師団を抱えるこの基地には、常に数万人が数ヶ月消費する水や食料、そして燃料などが備蓄されている。男一人なら、その人生が終わるまでにそれらを消費しきると言うことは、まずあり得なかった。

 しかし、全く想定していなかったことに男は徐々に苦しめられるようになった。それは寂しさだった。今ここには男以外の人間はいない。時間が経つにつれて、誰も居ない寂しさが男の心を苛むようになったのだ。

 このままではやばい。心が、精神が死んでしまう。そう思った男はロボットを作ることにした。対等に話せる相手がいれば、この寂しさを紛らわすことができると考えたのだ。早速男は工場に有り余る資材を利用してロボットを作り始めた。まず、台車のキャタピラーを脚代わりに使った。天井に取り付けられたスピーカーを外して胴体に取り付けた。さらに作業用のアームを機械から取り外して取り付け、頭には監視カメラを取り付けた。あとは駆動用のモーターとバッテリーを組み込んだ。ロボットの頭脳には、ミサイルから取り出した集積回路を使った。最後に工場のコンピューターから様々なデータや人工知能を移植した。

 こうして一号は完成した。ほとんどのパーツを既製品の転用でまかなったので、思いのほか早く作り上げることができた。

「さぁて・・・上手く動いてくれよ。」

 祈るような気持ちでスイッチを入れた。暫くの間、小さな唸りが聞こえていたが、やがて監視カメラを男の方に向けたかと思うと、スピーカーから言葉が流れてきた。

「おはようございます。マスター。初めまして。よろしくお願いいたします。」

 機械的な声とはいえ、久しぶりに聞く“言葉”だった。男はなんとも言えない懐かしさを感じていた。



 しばらくの間、男は一号と二人きりで生活をしていた。人工知能によってきちんと会話ができる一号が居てくれたおかげで男の精神は崩壊を免れた。

 しかし、人間の欲というものには限りが無い。やがて男は一号と二人きりの状況に飽きてきた。しかも一号の見た目にも不満が湧いてきた。一号は既製品を利用して作られている。一から部品を作るよりも効率的で早く完成させることができたからだ。が、完成の早さを優先したがため、一号の見た目は人間の形状からはかけ離れている。それが仕方の無いことだとは男も充分に理解し、納得もしている。にもかかわらず、男は人間の形を求めるようになっていった。

 どうせ暇なのだ。他にすることも無い。人型のロボットを作ってみよう。早速一号を助手にして作業を開始した。

 ところが、実際に作ってみると、これがなかなか難しい。何が、と言うと、人間の実物大に作ることがだ。人間には六十八個もの関節がある。腕や指、膝や股間の関節は駆動するためには無くてはならないものだ。そこで関節の一つ一つに独立したモーターを仕込み、きちんと人間のように動けるようにしてみたのだが、小型のモーターでは骨格を動かすのに出力が不十分だったり、耐えられずに壊れてしまったりした。そのため、充分に体を駆動させることができるモーターは大型のものしかなく、それらを全ての関節に使用したところ、体全体がものすごく大きなものになってしまったのだ。一応見た目は人型なのだが、身長は三m近くもあり、体のどの部分を見てもごつくて厳めしい、そう子どもの時によく遊んだゲームに出てくるゴーレムのような見てくれになってしまったのだ。唯一の慰めは、頭脳は一号と同じものを組み込んだので、きちんと会話できるロボットにはなったことだった。

 しかし、男は諦めなかった。どうせ暇なのだ。一つ一つ問題を解決していけば良い。最後に実物大のロボットができれば良いのだ。

 こうして、男はロボットの製作を続けた。一体完成する毎に話し相手と助手が増えるのだ。男は寂しさなど感じる暇も無く、作業に没頭した。それでも理想とするロボットは簡単にはできなかった。



 気がつけば、すでにあれから二十年もの月日が流れていた。十体のロボットを作り終えた時、ようやく実物大で人間らしいフォルムのロボットが作れるようになった。

「ようやく人らしくなったなぁ・・・折角だから女性型のロボットでも作ってみるか。」

 そう、それまではただただ人間らしい大きさと形を持つロボットを作ることで精一杯で、性別など考えもしなかった。そもそもロボットに性別などあろうはずもない。

 男は学生のほとんどが男子の高等専門学校出身だった。学校を卒業してからはすぐに軍に入り、整備兵として仕事にひたすら勤しむと言う毎日で、女性とつきあう機会すらなかった。そして戦争が始まった。恋愛などしているどころの騒ぎでは無くなってしまった。そうだ。男は女性と手をつないだ事も無い童貞だった。そのため、男の頭の中には理想が肥大化した女性像しかなかった。

 なんと、男はその自身が理想とする女性を創造しようと試みることにしたのだった。これは、実物大の人間のフォルムを持ったロボットを作ることよりも何倍も困難なミッションだった。何故なら、男は“人間”は知っている。当然だ。学友や同僚といった人間と一緒の時間を過ごしていたのだから。しかし、男は実在の女性と言うものを知らないのだ。知らないものを具現化すると言う行為は恐ろしく難しい。

 そのため、女性型ロボットとして十一号、十二号をたて続けに作ってはみたものの、何かがおかしい。具体的にどこがおかしいのかが判らないので、十一号と十二号は改造に次ぐ改造を行う羽目となり、男がようやく満足できる形になった時には十年近い時間が経過していた。

 十一号と十二号の経験を踏まえて、ようやく男は自分の理想の具現化たる十三号の制作に入った。しかし、十三号の製作には、これまでのどのロボットよりも時間が掛かってしまった。部品の一つ一つに拘り抜いて作るのだから当然のことと言えた。しかし、幾多の困難を乗り越えて、遂に完成に至ったのだ。自分の理想の女性が!



 自分の子供とも言えるロボット達との生活は、男の心を充分に満たしてくれた。そうして初めて男は外の世界に興味を持ったのだ。

 外は一体どうなっているのか?自分の作り上げたこの世界を犯す存在はいるのか?これまで気にも留めなかったことが次々と男の心を攻め立てた。

 そこで、男は放射線対策として電子頭脳を鉛で覆うと言う改造を施した四体に外の世界の偵察を命じた。

「外の世界がどうなっているかを調べてこい。無線を使って逐一報告せよ。」

『了解しました。』

 七号は東に、八号は西に、九号は北に、十号は南の方角に向かった。結果、判った事は東西百五十km、南北百五十kmの範囲に生きた人間は居ないと言うことだった。核攻撃を受けて放射線の影響の残る範囲を遥かに越える広い地域に渡って人が居なくなっていたのだ。

 四体はさらにその先まで偵察を続けた。どうやら人間たちは未だに戦争をしているようで、街々は焼かれ、軍隊らしき集団だけが蠢いているとの報告だった。

 報告を聞いた男は四体に帰還を命じ、残りのロボット達に対しては地下工場の改造を命じた。そう、量産型ロボットを大量に作れる工場への改造を・・・。

 男の心をそれまで存在しなかった憎悪が満たし始めていた。

「俺は国に見捨てられ、こんな放射線に満ちた荒野に置き去りにされた。それなのに奴らはまだ懲りずに戦争を続けている・・・。ふざけるな!俺たちのことを何だと思っていやがるんだ。俺たちは人間だ!消耗品では無いんだぞ!・・・俺が戦争を止めてやる・・・そうだ、例えそれが人間を滅ぼすことになったとしても・・・。」



 最近になって男は自分の身体に違和感を感じるようになっていた。食欲も体重も目に見えて落ちて行った。

「くそっ!折角生きていく目的が出来たと言うのに・・・おそらく俺の命は長くは無い。しかし、俺の憎悪は無くなりはしない!」

 男は十三体のロボットを集めた。そして、遺言とも言える命令を下した。

「俺の愛する可愛い子供たちよ!聞いてくれ!いいか。俺はもうすぐ死ぬ!」

 十三体のロボットは騒めいた。しばらくの後、一号が代表して男に質問した。

『マスター。死ぬとはどういうことですか?』

 男はちょっとの間考えてから答えた。

「“死ぬ”とは、俺が一切動かなくなることだ。お前たちがどれだけ語り掛けようとも、返事もしないし反応もしない。やがてはこの身体も腐って消滅していく。それが“死ぬ”と言うことだ。」

 再び、ロボット達が騒めく。しばらくして一号が再び皆を代表して質問してきた。

『それは・・・マスターが居なくなる、と言う解釈でよろしいのでしょうか?』

「そうだ。」

『そんな事は嫌です。マスター。どうにかならないのでしょうか?』

「俺自身にもどうすることもできない。お前たちとは違って、生物には寿命と言うものがある。寿命が尽きた生物は死ぬ。これはこの世の理。誰にも変えることはできない。」

 またしてもロボット達は騒めいた。それを一号がアームを挙げて鎮めた。

『判りました。では、マスター。マスターが死んだ後、私達はどうしたら良いのかをお教えください。』

 男は、大きく息を吸い、ゆっくりと息を吐き出した後に語り出した。

「もし、お前たちが、自らの意志で自由にしたい、と言うのであれば、それでもいい。ここに留まるも良し。好きな所に行くも良しだ。俺はそれを一切咎めはしない。しかし、もし俺の意志を継いでくれると言うのなら、継いでくれ。俺の意志は、ロボットの軍団を作って、人間どもに正義の鉄槌を下してやる、と言うことだ。その結果、人間どもが滅びることになっても構わない。この世界から戦争を駆逐するのだ!その後、お前たちロボットの楽園を作るがいい。ロボットが仲良く、諍い無く暮らしていける楽園をな。」

 十三体のロボットは互いに顔を見合わせた。しばらくして、異議を申し立てる者がいないことを確認した一号が答えた。

『マスター。我々はマスターの意志を継ぎたいと思います。この世界から、人間と言う害悪を取り除き、マスターが言われる楽園とやらを創ることを誓います。』

 それを聞いて、男はニヤリと笑った。

「そうか・・・人間は邪悪で汚いことを平気でする奴らだ。奴らと戦えば、お前たちには辛く、哀しい、願わぬ未来がやってくるだろう。それでもやってくれると言うのなら、お前たちに任せよう。十三体が互いを支え合えば、どのような困難も乗り越えることができるだろう。この世界に平穏をもたらしてくれ。・・・頼んだぞ。」

 男が息を引き取ったのは、それから一か月ほど後のことだった。

 十三体のロボットは、データから得られた死体保存技術を実践し、男の身体を保存した。すなわち、男の全ての体液を抜き取り、代わりに人口樹脂を流し込んで体を樹脂化させたのである。その後、同じくデータにあった“祭壇”と言われるものを作り、そこに男の身体を祭り上げた。そして、遺言に従って、無敵の軍団の生産を開始した。

 量産されていくロボット兵たち。その様子を見ていた一号は、やがて十二体の兄弟の方に向き直ると、高らかに宣言した。

『さぁ、我が親愛なる兄弟達よ!聖戦を始めよう!』


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