七日間のはじまり
【お知らせ】ガイドラインにしたがいまして、このお話は性描写に突入し次第、R18の連載として一から投稿し直す予定です。詳しくは活動報告をご覧下さい。
「だからぁ。まずその呼び方をやめなさいよ! 縁起でもない」
唇にくわえていた高速道路の領収書を、がさつな手付きでサンシェードの裏に差し込みながら女が怒鳴る。
こちらは既に死んでいるのに、縁起もなにもあったものではないと貴崎は思う。
「だって……俺が死んだから、わざわざ迎えに来たってことだろ?」
「そうよ」
「んで、俺を成仏させるんだろ?」
「成仏って――そんな迷信じみた曖昧なものじゃないって、さっきから言ってんでしょうが。
要するに、死んだあんたが次の段階へ行くために行う手続き上の書類審査を円滑にするために、必要な情報と証拠物品を――もういいわ。どうせ説明しても分かんないんでしょうね。
成仏とかあの世とか……滑稽だけど、まあ昨日まで生きてた奴には、それくらいしか表現する言葉はないかもね。あんたが思いたいように思いな。
とにかく私は、あんたの死を確実なものにする手伝いをしにきたってわけ」
「じゃあ……やっぱ、死神じゃん」
貴崎が小さくつぶやくと、女がまたキッと横から睨みつける。
「そういうのはねえ、黒い服着て鎌振り上げて、いかにも人の死をどうとも思ってませんって涼しい顔した、性格の悪そうな奴に言いなさいよ」
高速を出て最初の交差点でハンドルを右に切りながら、女は早口にいう。
黒い服着て鎌振り上げて、いかにも人の死をどうとも思わないような涼しい顔をした、性格が悪そうな奴――後半全てが、まさにこの女そのものだと言いたい。
何しろこの女は、初対面の貴崎に向かって「よくもこの年末の忙しい時に、変な死に方してくれたわね」と散々怒鳴りつけたのだ。
そして、本当に自分は死んだのかと貴崎が問うと――。
「そりゃそうでしょう。首の骨が折れるほど喉を絞められて、生きている人間がいるかしら?」
そう吐き捨てた。
更に、ダッシュボードに置いてあった、というより放り投げてあった、一度小さく丸められたであろう皺だらけの薄い書類の束をおもむろにつかみとり、赤信号を利用して荒々しくページをめくって文面を読み上げた。
「貴崎 祐。16歳。 昨日夜遅く、殺害者の所有する車両内で――」
語尾が消えてからしばらく、貴崎の死因が記されているらしい数行に目を通す素振りをしていた女は、不意に鼻で笑う。
「二度瞬くだけで死なずにすんだものを……本当にバカな子。そんなことだから彼女に浮気されんのよ」
嘲笑うようにいって顔を上げ、信号が変わったことを確認してからダッシュボードに書類を元通りに放り投げて、その手でギアを上げた。
かれこれ二時間以上も前の話だ。
結論から言えば、この女は、死んだ貴崎を迎えにきた死神である。
貴崎はそう理解した。
女がどれだけ死神という表現は間違っていると力説しても、どれだけ暗い死神のイメージとは違っていても、自分の現状と女の目的を考えれば、そうとしか言いようがない。
「どこにこんな、FD乗ってディオールのスーツ着た綺麗な死神がいんのよぉ。
安い給料でこき使われて、疲れて帰ってきて酒飲みながら韓流映画見て泣いて……。一昨日なんてクーポン使って足ツボマッサージに行ったんだから。
高校生のあんたになんか分かんないでしょうねぇ。人が社会に出て、雇われて働くってことの大変さが」
女は正面を見たまま首を横に振る。
もう死んでしまった貴崎に、今更そんな事を言われても困る。
「こんなに一生懸命働く健気な美人をつかまえて、死神だなんて……。
あんたなんて、もう一回死ねばいいのよ」
人の死を何とも思わない涼しい口ぶり。
ほら、そういうところが死神なのだと、口には出さず溜息に変えた。
もうこのやりとりを何度繰り返したか分からない。
既に自分が死んだというショッキングな出来事から、貴崎は開き直り始めていた。
死神であるこの女は、名前をユウコという。
貴崎が「おばさん」と呼んで女を怒らせた結果に得た情報だ。
ユウコの年齢は恐らく三十過ぎ。一般論でいうと美人なのだろうが、度が過ぎる程のヒステリックな女で、貴崎が話す一言一言に過剰に反応するから、出会って三時間、ずっと怒っている。
本来無口な貴崎はこういうタイプがたいそう苦手だ。いや、こういう女が得意ですと堂々胸張っていえる奴に会ってみたい。貴崎の予想では、かなりの確立でユウコは独身、彼氏もいない。
「ねえ。あれじゃない?」
低速運転をしていたユウコが、突然「ほら、あのバス停の向こう……」と指をさす。
この車に乗ってから三時間ちかく。
高く昇ることのなかった冬の太陽がさらに低空にすべり落ち、輪郭を橙色に染めはじめていた。
ユウコが指差す国道沿いの脇道を見ると、なるほど――『割烹 阿津野』と上品な楷書で書かれた見覚えのある看板が目に入った。
貴崎が死んだあの日。数少ない記憶の中で、唯一鮮明に覚えているのがこの料亭の名だった。
自分を殺すことになる男に連れられて行った割烹料理の店。足を踏み入れたことのない敷居の高い空間と、格別な味の料理に、貴崎は数時間後の自分の運命も知らずに浮かれていたのだ。
砂利の敷かれた広い駐車場で車を停め、平屋造りの建物を二人して車内からうかがい見る。
「たぶん。ここで間違いない、と思う……」
神妙な面持ちで貴崎が言うと、ユウコは「よし……」とうなずいてからカーナビのタッチパネルに触れた。
現在地を示している画面を拡大する。
この辺り一帯の地図を表示させると、それを暗記するように見つめてから、また窓の外をぐるりと眺めた。
「って事は――、ここからそう遠くない山奥に、あんたの死体が転がってるって訳ね」
貴崎は表情を曇らせてからゆっくりとうなずき、改めて車外の風景を眺めた。
オレンジ色に染まりゆく小さな町を、黒々とした山並みが取り囲んでいる。
途切れることなく続くあの並々とした山林の中から、あの日最後に貴崎が見た、広域の夜景が臨める場所――貴崎が死んだ場所を探し出さなければならない。
そして更に、その場所からそれほど離れていない森の中に捨てられているであろう自分の死体を探すのだ。
考えるだけでも気が滅入る。
それでも探さなければならない。
ユウコはこの数時間、なにも貴崎をあの世に送り届けるために車を走らせていたわけでは無い。
死んだ貴崎を迎えに来た理由、車に乗せた理由――それは行方不明である貴崎の死体を捜すためだ。
貴崎は昨日、名前も知らない男に絞殺された。
この出来事をうけて、貴崎本人以上に慌てたのが、貴崎の死をまったく把握できていなかったあの世――ユウコが言う生死を管理する役所――であるという。
貴崎が死んだ場所を始め、殺害時間から殺害者の身元まで、詳しい情報がまったく分からない。
分かっているのはユウコが持っているぐしゃぐしゃの書類に記された、貴崎が死ぬまでの簡単な経過だけだった。
人間誰しも生まれた時点で役所に情報を提出して戸籍をつくるように、死んだ時も同様、あの世で戸籍のようなものを作るらしい。その時に最低限必要な情報が、貴崎の場合多いに欠けている。その上、最も大切な死体までもが未発見のままなのだ。
ユウコが言うには、魂と身体は二つでワンセット。例えれば搭乗券とパスポートのようなもので、貴崎の今の状況は、空港の国際線で飛行機に乗ろうとしたら、搭乗券しか持っていなかったという状態によく似ている。
搭乗券とセットで持っていたはずのパスポート――つまり遺体を探そうにも、よくよく確認してみれば戸籍――死んだ時の情報自体が無いじゃないかという珍事なのだ。
よって貴崎は今、魂一つであの世でもこの世でもない搭乗口に立ちつくし、出国も入国もできない不安定な状態におかれている。
年に数回あるかないかの、この珍事件の理由は悲しいくらいに単純だった。
あの世がもっとも忙しくなる大晦日を一週間後に控えて、人手を他部署に取られた監視部門の不祥事。要するにあの世側の職務怠慢なのだ。
「大丈夫。七日間もあんだから、なんとかなるわよ。元気出せ! 少年」
ユウコに荒っぽく肩を叩かれて、貴崎はまた深く息を吐く。
期限は七日間。
死んでから初七日の朝日を臨むまでの七日間のうちに、とにかくこの世界のどこかで息絶え腐敗しはじめている貴崎の身体を見つけなければならない。
「元気出せってさあ……あんたらが仕事を怠ったせいで俺がやばいことになってんだろ」
一言くらい謝ってくれても罰は当たらない。
「あんたがこの忙しい時期に死ぬから悪い」
「俺だって、死にたくて死んだわけじゃ……」
「知らない人にはついて行かないって幼稚園で教えられたでしょ? 殺人者について行った、あんたが悪い」
そう言われてしまうと、反論のしようがない。
「あのさあ。もし、期限内に、俺の身体見つからなかったら、どうなんの……?」
「ねえ。悪いけど、そこ開けて煙草取ってくんない」
「聞いてんの? どうなんだよ。七日間で俺の身体が見つからなかったらさあ」
ダッシュボードの中から煙草を取り出しユウコに渡す。
「ねえ、どうなるんだよ。もし俺の身体発見出来なかったら――」
「まあ、なるようになんでしょ」
紫煙をくゆらせ、ユウコが気だるそうに言う。
「なんだよ、それ。答えになってねえじゃん……」
一旦停止の標識でブレーキがかかると、ユウコの右斜め頭上で幾重にも絡まりあった交通安全のお守りの鈴がじゃらりと鳴る。
この車は、貴崎の殺害現場――あの男の車ではない。
確かに同じ車種ではあるのだろうが、まず助手席のシートカバーが違う。足元にしかれたマットの色が違う。こんな最新型のカーナビも搭載されてはいなかったし、なによりもフロントガラス右上に吊り下げられた、近代的な車内スペースに対してあまりにも不釣合いな大量の御守り。
認めたくはないが、自分を殺したあの男の方が、今隣で運転している女よりもずっとセンスが良かったと思う。
「いいじゃないのよぉ。死ぬ前に、あんな高級料亭で美味しいご飯食べれたんでしょ?
私なんて昨日の夕飯、天津甘栗とビール二本よ」
「それって夕飯食ってないのと一緒だろ。もっとちゃんしたもん食えよ! そんなんだから俺の身体見失っちゃうんだろ」
「あ、一キロ先でドライブスルーして行くわね。久しぶりにフィレオフィッシュセットが食べたいの」
ユウコがわくわくした口ぶりでカーナビの目的地を変更する。
「俺の話聞いてんの? ちゃんとした飯食えって。せめて牛丼とかにしろよ」
「やあよ。車降りるの面倒だもぉん。あんたが買って来てくれるなら別にいいけど――って無理か。あんた死んじゃってんだから、人から見えないもんねぇ」
ごめんごめんとユウコが笑う。
また憂鬱な気分になってきた。
「なあ頼むからしっかりしてくれよお……。そんなんで本当に俺の身体見つかんのかよ」
流れていく風景をもう一度眺める。
夕日に染まる山並みが、美しくは感じられない。
むしろ怖いとさえ思う。七日間という少ない期限のうちの第一日目が、終わろうとしている。
「そんな暗い顔すんじゃないわよ。
あんたが見たっていう、その夜景スポットさえおさえりゃ、近くに捨ててあるに決まってるんだからぁ、死体なんて。そう遠くに運んだりしないわよ」
その夜景スポットがすぐに見つかるのかが怪しいものだ。
なにしろ死んだ日の記憶は、車からの景色や走行時間、あの夜景でさえ特徴的なものは何一つ覚えてはいない。そしてもっと悪いことに、夕食をとった場所は四方を山に囲まれていて、近くの夜景スポットなんて数え切れないほどに存在するだろう。
だいたい夕食後、どれくらいの時間をかけて、あの夜景が見える場所まで行ったのかを覚えてはいないのだ。
もしも、あの場所がここからずっと離れた夜景スポットだったら……その可能性を思うと、流れていないはずの血が顔から引いていくのを感じる。
まさに前途多難だ。
「あんた死神なんだからさあ、責任もって、絶対なんとかしてくれよな……」
力なくつぶやくと、ユウコがわざとらしく溜息をつく。
「だからあ! その呼び方やめてくれる?」
結局この会話の繰り返しなのだ。
「ほんと、何回言わせりゃ気が済むわけ。そんな事だから――」
女に浮気されんのよ、と女はまたぼやく。
訳分からん設定でスミマセン。自己満足もいいとこで、もはやBLでも何でもねえなこれ……と自分でも思ったりする訳ですが、まあリハビリ作品ですのでご容赦頂きたいですm(_ _"m) 次回からはBL要素が少しずつ露出してくるような……そんな気がします(-公- ;)
ここでお知らせです。
前書きにも書いたように、この『二度瞬く』は今後性描写が入る予定です。そのためガイドラインにしたがいまして、R18として新しく投稿し直すことになります(ボタン一つで設定変更出来ればいいのに……(´;ェ;`)ウゥ)。よって近いうちにR15としての『二度瞬く』の作品は消去されますのでご注意下さい。
古い作品も少しずつR18に移行していく予定ですが、今まで皆様から頂いた感想や評価は全部消えてしまうんでしょうか……それはすごく悲しい(´;ω;`)どうにかならんもんでしょうかね。
作業の進み具合については活動報告に詳しくアップしますのでよろしくお願いします<(_ _)>