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ヒルコの娘は常世と幽世の狭間で輪舞を踊る  作者: 加藤岡拇指
海百合からの挑戦 本栖湖派出所攻防戦
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92 シバテツは人相の悪いバーテンダーである

シバテツこと新発田哲也爆誕!

はりきってどうぞ!

シバテツは髪の毛を短く刈り上げている。金色である。何か凝った色で染め上げたわけではない。単なるブリーチだ。

若いのに白髪だったら面白いんじゃないか、そんな軽い思い付きでブリーチをしたわけだが、思いのほか染める薬品がきつかったのと、独特の刺激臭に鼻をやられてしまい、髪の毛の黒色がきれいに抜ける前に、溜まらずブリーチ薬を洗い流した。結果、中途半端に明るい金髪となってしまった。

イメージとしてはセレブなグレイヘアを狙ったのに、これではブラザーの何代目かよって仕上がりだ。中々に恥ずかしい。

おまけに一重で吊り眼、結構度の強い近視用メガネをかけている。故にレンズ越しの眼は一回り小さくなる。ひいき目にみても人相が悪い。あまりお近づきになりたくない、アンチパブリックな匂いがそこはかとなくする。


実際、この頭になってから、職務質問を受けることが多くなった。日に何度も笑う警官に呼び止められて、身分証を提示して、カバンの中身を確認されてしまう。免許証の写真が黒髪なので、ほんとにキミなのぉ?って顔をされてしまう。その内、顔を憶えられたのか、近づいてくる笑う警官の表情に「またお前かよ」という表情が一瞬過るようになった。それでも声をかけてくるのはペアを組んでる警官が、新人だったりするからだ。「こいつまだ職務質問やったことなくってさ、後学の為に一肌脱いでよ、お兄さん」って、いつから笑う警官の弟ができたんだよ。

こういう出会いがうまく商売に繋がればいいんだろうに、そう世の中はうまくはいかないのだ。この時はやってる仕事が客引きだしね。


「わかる、わかるヨ~。つうか俺もどっちかと言ったら、そっち系だからさぁ、すぐ職質されっちまう。1日で3度も受けたことあったなあ」


カウンター越しにうなずきつつ遠い目で記憶を反芻してるのは、グラフィックデザイナーのムラカミさん。シバテツと同じように何もしていないのに職質受けてしまう仲間だ。ムラカミさんは見るからに危うい人に見えてしまうシバテツとは少し毛色が違った。一見すると普通の人なのだ。なぜか職質に引っかかる。おまけに間が悪い、数々のバイトを体験してきたらしいが、なぜか怒られてしまう。何も失敗をしでかしたわけでもないのにだ。同僚が同じ失敗をしても「次から気をつけろよ」とかで軽く済まされてしまう。悪目立ちすると言う訳でもないらしい。なにかしらトラブルが起きると、決まってやり玉に挙げられてしまう。加えて職質である。


「仕事先で理不尽に怒られて、職質のコンボを喰らってさあ、もうダメ。キレ散らかして警官に『なんで俺ばっかり! ほかの人と何が違うんだ』って

そしたら職質かけてきた警官がじっと俺の顔を見るんだよ。

しばらくじっと見つめあってたよ。じっと……。その何秒間が妙にとろりとした質感で気持ち悪かったなあ。ほら、あの『刃牙』の闘気で空間歪むみたいな感じね」

「なんとなく胡乱な雰囲気はわかった」

「そんで、その警官がぼそっと言うんだよ。

『やっぱ眼かなあ』って」

「眼?」

「そ、眼」

 そんなにヤバそうなのかねえとナカムラさんは、眼をひん剥いておどけて注文する。


「ラフロイグをロックで」

 シバテツは大きくうなずくと、ロックグラスに氷を入れて、マドラースプーンでくるくると氷を回す。グラスの曲面に沿って、氷の角が取れていく。溶けだした水がグラスの底に少しだけ溜まる。器用にスプーンで氷を押さえて、溜まった水をシンクにちょろりと流す。

ラフロイグをとぷとぷとグラスに注ぐ。

60ml。

クセのあるラフロイグの香りが漂いだす。

シバテツは小さなカウンターバーで、バーテンダーを生業としている。一見のお客さんがげげっと引いちゃう金髪で釣り目の悪役顔なバーテンダーだった。


『シャイニング』でジャック・ニコルソンがカウンターで愚痴愚痴文句たれてたような、伝統的なオーセンティックバーではない。個人経営の小さな店が乱立するおかしな街の中心からやや外れた通り沿い。そこにシバテツが雇われバーテンダーをしている店がある。


店の名前はディスカバリー。


「『2001年宇宙の旅』のディスカバリー号だよね?」

「いやELOだよね?」


客に店の名前の由来を詮索されるが、シバテツは由来をよく知らない。そもそもオーナーが普段何をやっている人なのかも良く知らないのだ。

入口のドアを開けると目の前にすぐ6人ほど座れるカウンターがある。本当に小さな店だ。店内には店の大きさに反比例する巨大な液晶テレビがでんと設置されていて、シバテツのお気に入りの映画がいつも流れていた。


偶然-だとシバテツは思っている-オーナーに声をかけられて、バーテンをやってみないかと誘われた。その言い方が昔熱中した戦隊ヒーローの長官が、スカウトの際に放った言葉「サイボーグにならんかね」を彷彿とさせたことが、シバテツの心の琴線に届いたのだが、彼はそれを誰にも言わなかった。


客商売はしたことがある。とはいってもコンビニのバイトくらいだ。バイト先の店が他店と併合されるとかなんとかで、いったん店を閉めるので全員解雇となった。それ以来定職にはついていない。


仕事はしないとお金が入らない、お金がないと食べていけない、家賃も払えない。必要に迫られて求職はするのだけど、いまいちパッとしない。面接に行くと受かる受からないに関わらず、交通費を千円札でくれるという太っ腹な出来事に遭遇してからは、そういう系列のバイト募集ばっかり回ってしまった。職を探して面接を受けてるのか、千円札が欲しくて受けているのかわからなくなってしまった。


今はもうそんな剛毅な会社もなくなってしまった。そんな会社の面接官が、うちの系列だけど働くかといって紹介してくれたのが、客引きの仕事だった。マッチングアプリが流行る前、出会い系サイトなどを運営している会社の系列で、しかも客引きとはずいぶんと怪しい仕事だったが、流されるように引き受けてしまった。案の定、ぼったくりバーや詐欺まがいの風俗店の客引きだった。


このまま続けていてもどうにもならんのだろうとわかっていたが、どうにもならんなあと諦めかけていた時に声をかけてきたのがオーナーだった。


「そんで打突するわけ」

オーナーに教えられたのは基本的なカクテルの作り方だけだった。カクテルにしたい酒を割合通りにシェーカーに入れる。氷もたくさん入れて、蓋をして、がっがっとリズミカルに振る。振っているうちに、中の混合された液体が一段と冷える瞬間が来る。

「そしたらすかさずグラスに注ぐ。これで完成。

後は追々ね」

その後、追々ってのは全くなく、今に至っている。

店の開け閉めだとか、酒屋への注文は習ったが、接客に関しては全く何も言われなかった。


どう客と接していいのかわからない。


注文された飲み物を提供してそこで終わりというわけではない。最初の何回かは一緒に店に立った。なじみの客には共通の話題を振る。一見のお客さんからはどんな飲み物が欲しいか尋ねながら、パーソナルな情報を引き出し、推理しながら話題を組み立てていく。

オーナーの手腕は見事だった。それだけに留まらず、実に魅力的、チャーミングだった。


さて、今の自分は何者なのだろう?

バーテンダー?

飲み物もまともに作れない。客との会話も覚束ない。なじみの客には適当にアシラワレル。何を話して良いかもわからない。


視線の高さの違いにも戸惑った。カウンターに設えられた止まり木、そこに幅20センチほどのカウンターが乗っかる。その上にちょっとしたお酒やグラスを並べた陳列台兼作業台。距離にしてみたら1メートルあるかないか。そこに立っているバーテンダーと、座っている客の高低差が加わる。


客はある程度視界を遮られたパーソナルな空間を得る。そこで客同士の会話やバーテンダーとの会話を楽しむ。


一方、バーテンダーは視点が高い分、カウンターを常に見渡すことができる。


ただ見渡せるだけだ。最初の問いに戻ってしまう。そこから自分は何をすればよいのか。


「僕はゴールキーパーだと思っています」


ずいぶん後になってからオーナーが、客との会話の中でバーテンダーの役割について聞かれた際にそう答えていた。

ブラジルへサッカー留学したことのあるオーナーらしい回答だった。人によってはオーケストラのコンダクター、バンドのバンマスと答える人もいる。それでは自分はなんなのだろうか?


イジラレテル小僧、客に逆に心配されるバーテンダーというのもなんだかなあ。空間をプロデュースするのが個人経営の小さな店のバーテンダーだとは思う。その場をどういう空間にしたいか、バーテンダーの気持ちで店の雰囲気は左右される。店=バーテンダーといっても過言ではないだろう。

自分の場合は映画好きくらいしかないが、今はうまく引き出せてはいない。


「シバテツ! いつもの頂戴な」

そう言ってドアを開けて入店してきたのは、ハナと名乗る女の子だった。ハナの居るところはなぜか華やぐ。彼女が特別なオーラを放っているのだろう。自分には無いものだ。

「ホーセズ・ネック」

「そそ。ホーセズゥゥゥゥ・ネェェェッック!」

ハナがおどけながら着席する。ふふんと笑いながらシバテツの顔を覗き込んだ。



シバテツのお話はゆくゆくは公安7課と8課と探偵さんとリンクする予定。

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