88 毒島伽緒子 仕事に精を出す
本栖湖攻防戦&纐纈城の決闘も佳境のようです。
「毒島伽緒子と師匠」
駅前にはペデストリアンデッキが伸びている。こういう構造の駅周辺は、みんな似たような仕様になる。
その片隅に喫煙所がある。紫煙を燻らせる方の喫煙所だ。電子タバコの喫煙所は1階部分のこれまた片隅に作られている。
その煙が出る方の喫煙所の真ん前の、大型ビジョンになんだかよくわからない映画が流れていた。
「知ら路地ナイトシアターかあ、初めて観たなあ」
「シラロジ? 何ですか、それ?」
航空自衛隊の基地みたいな名前の電子タバコを喫いながら、毒島伽緒子が尋ねた。
「自主製作映画ってやつだよ。知らない路地の映画祭制作委員会ってのがやってるプロジェクトだったか。昔は8ミリフィルムで撮影とかしてたんだよな。もう最近ビデオでもないか、携帯でも撮影できちゃうもんな。自主映画を毎週、ここのあだちスマイスビジョンで上映してる。ってことは今日は金曜日だったか」
「今日が何曜日か、何月何日かわかんなくなるって、仕事しすぎだよお」
毒島伽緒子は呆れて嘆息する。
「でもって今日もお仕事なわけですね、師匠」
師匠と呼ばれた男は大きなホオジロザメが可愛らしくデザインされたスカジャンを羽織り、バニリン風加香薫る煙草を燻らせながら微笑む。
「今日もコロッケ 明日もコロッケ♪ みたいに仕事仕事って言うんじゃないよ。まあ仕事しか知らんけどな、俺は」
ピピピという音がイヤホンから聞こえる。
「そろそろお出ましのようだな」
師匠は煙草を大きく吸い込み、紫煙を吐き出しながら灰皿に煙草を投げ入れる。毒島伽緒子はそれに続いて、煙草デバイスから煙草スティックを抜き取り吸い殻入れへぽいっとする。
ベデストリアンデッキの通路を師匠が歩き、その後ろを毒島伽緒子が奇妙な形のGroundsのMoopieをぎゅっぎゅっと鳴らしながら追いかける。
「魅了の魔女はこの下で路上ライブ中だって」
毒島伽緒子が師匠に告げる。
「とにかく交渉すればいいんだよな。だけどめんどくさいなあ。もうさあ、通報しちゃって、警察に保護されたって加茂さんに報告するのはだめ?」
「ダメでしょ。その娘を連れてかないといかんのでしょ? そうしないと加茂さんから料金振り込んでもらえないんでしょ?」
師匠は頭をかく。
「やっぱりだめだよなあ」
「そうそう、だめですよー」
すらっと背が高い毒島伽緒子はブーツカットデニムにTシャツを合わせたニュートロ姿で、腰に手を当ててふくれっ面になっていた。
デッキから伸びるエスカレーターに乗って1階のバスロータリーに降りる。しかし、このエスカレーターはゆっくりすぎないか? かえって躓きそうになって危ないったらないなあ。1階に降りたところで、師匠の足取りが途端にゆっくりになった。
「うーん、いやなタイミングでいやな先客だなあ」
「あの黒い二人は、師匠のお知り合いですのん?」
「知り合いっちゃあ知り合いなんだけどね。うーん、あんまり会いたく無い方の知り合い」
「ふーん。ひょっとして師匠、不義理働いちゃったとか」
「たはは」
師匠は苦笑いするので、毒島伽緒子はそれを肯定と受け取った。
魅了の魔女と接触している男女が居る。背の高いタイトスカートの女と、女よりやや背が低いが、見るからに筋肉質の男が居る。男はなんだか怒っているような雰囲気を醸し出している。
「華怜さん? かれんと読むのか? 堂島華怜さん、でいいのか」
怒気を含んだ宵闇の声が聴こえてきた。この人、なににそんなに怒っているんだろう?ほらあ、華怜ちゃん、無茶苦茶警戒してるじゃん。
「宵闇クンはもう喋らないで」
「なっ!」
「うまくいくものもうまくいかなくなる」
隣の女性に叱られてる。そりゃそうだと毒島伽緒子は思う。
「ごめんね、突然声をかけられて、なおかつ恫喝まがいに姓名確認されちゃって」
そういうと女性は身分証を提示した。
「無窮丸といいます。確認したいことがあって声をかけたんだけど、時間貰っていいかしら」
二人が声をかけた堂島華怜は、宵闇貴彦と無窮丸文子から、異世界からの訪問者の嫌疑を掛けられている。師匠と毒島伽緒子が探している魅了の女王ちゃんは彼女のことであろう。
堂島華怜はうつむいたまま返事をしない。しばらく沈黙が続く。
「どうします? 師匠」
毒島伽緒子が師匠の行動を促す。師匠は「しょうがねえな」と言わんばかりに大きくため息をついてから、堂島華怜の許へ歩き出した。
「師匠、やっとやる気になったねー」
毒島伽緒子がつぶやく。
師匠と毒島伽緒子は、グレーゾーンな探偵稼業をイメージしております。異世界もしくは並行宇宙からの訪問者をめぐる物語は、おそらく宵闇&無窮丸、師匠&毒島伽緒子が担っていくのではないかなあと考えます。
ここでほんとはアイドル関係のうんちくをだだ漏らすつもりだったのに、そういう話に行きつかなかった。続きます。