87 依子ちゃんの真っ紅な青春
今度こそヒルヒル&和三郎のターン!
「さてとヒルヒル、やり直すとしようか」
越後屋のように揉み手をしながら、和三郎がヒルヒルを見やる。ヒルヒルも胡乱な目つきで和三郎を見返す。
「なのか用か」
「九日十日。衛星巨砲はいけそうかい?」
魔女っ子談議に入る前のやり取りを思い出しつつ、トレースしつつ。何事もなかったかのように和三郎がヒルヒルに問う。
ヒルヒルは大きく頷く。
「人工衛星サテライト8823にアクセス。
認証コード『月は出ているか?』」
『通信障害が出ています。予備回線に切り替えます。予備回線の認証コードをお願いします』
「えーとなんだっけ?」
「えー、ヒルヒルまでケンゾーの健忘症が感染っちゃったの?」
「喉元まで出かかっているんだけどなあ。えーとね、High-Optional, Logical, Multi-Evaluating Supervisor, Mark IV略してHOLMES IVってコンピュータが出てくるんだ」
「ホームズ4世?」
「そうそう、自我を持ってるコンピュータで、コンピュータ技師のマニーがあだ名をつけるんだよ」
「なんだかなあ。周辺情報ばっかり詳細に覚えていて、肝心の題名を憶えていないという、そのパターンですか。ロバート・A・ハインラインだよ」
「ああそうか。『悪徳なんかこわくない』じゃなくて……」
和三郎の顔色をうかがいつつ、ヒルヒルはハインラインの作品タイトルを頭に並べていく。
「たったひとつの……これはスパイの人のだから違うよねー。あーと、えーと、流れよ我が涙、と警官は……ハインラインは言わないよねえ。わかった『宇宙兄弟のひみつ』じゃなくて……『赤い惑星の少年』!」
「岩崎書店の少年少女宇宙科学冒険全集のタイトルだったり、講談社の少年少女世界科学名作全集のタイトルだったりしてるぞ。いやそっちじゃなくてさ、もっとメジャーなハインラインがあるだろう」
「うーん。『変幻の地のディルビシュ』?」
「それゼラズニィだし。まあ今回の事件と関係なくもないけどさ。ほらほら星の名前が着いてるやつがあるだろう」
「わかった月だ!『月を売った男』!」
「ブブー月違いだよー」
そんなくだらないやりとりをしていると、二人にずんずんと近づいてくる人影があった。
遠目塚依子だった。器用に纐纈布の攻撃を捌きながら、である。
「あ、ヨリー……」
「ご、ごめん」
和三郎とヒルヒルはしゅんとなった。
遠目塚依子は二人をにらみつける。器用に纐纈布の攻撃を捌きながら、である。
「ホームズ4世が出てくるんだったら『月は無慈悲な夜の女王』一択だろ!」
「ひいいっ」
「ヒルヒル、早く早く」
和三郎が慌ててせかす。
「予備回線認証コード『月は無慈悲な夜の女王』」
『認証コード確認。座標を確定。
申請者が神属性含有者と確認できました。
システムを起動します』
纐纈城めがけて天空から一筋の光が走った。光は堅牢の纐纈城の石壁を穿ち、まっすぐにヒルヒルの背中から生えた避雷針みたような受信装置に殺到した。
「いい加減お腹もすいたし、疲れてるんだから、早くしてよね」
遠目塚依子は怒っていた。器用に纐纈布の攻撃を捌きながら、である。
ヒルヒルが恐る恐る菓子パンを差し出した。7号の収納ケースに隠し持っていた敷島製パン株式会社製のたっぷりホイップあんぱんであった。
依子は真っ赤に染まった手でヒルヒルからあんパンを奪い取ると、包装袋を歯で噛み千切った。おもむろにあんぱんをむしゃむしゃし始める。器用に纐纈布の攻撃を捌きながら、である。
「あー、甘くておいしいねー」
遠目塚頼子は先ほどのピリピリした声色とは打って変わって、ふんわかした声を上げた。器用に纐纈布の攻撃を捌きながら、である。
纐纈城主に向き直るとばつんと纐纈布を断ち切った。
ぼとりと落ちた纐纈布はびちびちと血飛沫をまき散らしながら、のたうっている。
「時間稼ぎはするから、ばっちり決めてねー」
遠目塚依子は纐纈城主と向き合った。
「夜 烏が鳴いた~ 誰かが死ぬんだぜえ♪」
依子ちゃんが歌いながら、纐纈譲城主へと近づいていく。
若山富三郎が美声を惜しげもなく披露した『子連れ狼』。
物騒な唄である。
依子ちゃんは真っ紅な笑みを湛えている。
やっぱりなあ。
この二人は絶対に話を転がそうとしないんだよな。隙あればくだらん話に興じようとするんだよ。
真っ紅な青春は真っ赤な青春のもじりでやんす。




