86 佛淵兵庫の眼は笑っている
風邪は嫌だな体力をごっそりと持っていくよ。
「ノオミトリィ」
「いやいや、だからそれはわたしの名ではなくて、蚤取りはわたしの生業だと言っている」
佛淵兵庫とチャンチャマイヨが並んで石でできた廊下を歩いている。この城の出口を探しているのだが、
どうにもこうにも入り組んだ複雑なつくり故、あっちへうろうろこっちへうろうろと、中々進んでいかない。二人は身振り手振りを交えながらなんとか意思疎通を取る。
どこをどう通ったのかわからないが、大きな広場のようなところへと行き当たった。
佛淵兵庫とチャンチャマイヨはそこで立ち止まった。それまでああだこうだと身振り手振りを交えて会話していたのもはたと止めた。
前方の大広場になにやら怪しげな物体が鎮座ましましている。木製の人形がうずくまった形で数体じっとしている。頭から角が生えた奇妙な物体である。
「スーペイ」
怯えながらチャンチャマイヨがつぶやく。
「鬼であるか?」
当たらずも遠からず。佛淵兵庫はその形状から想起した名前を口にする。
ぼそぼそと喋っていた言葉であるが、木製の人形は聞き逃さなかったようだ。一斉にチャンチャマイヨと佛淵兵庫の方を振り向いた。
「ふむ。得体の知れない輩ではあるが、殺意というか悪意というか、その手のものはひしひしと伝わるものだなあ」
佛淵兵庫は大きく頷くと落とし差しにした刀の柄に手をかけた。木製の人形たちがゆらゆらと立ち上がった。思ったよりも背が高い。
「よくできた絡繰りであるな」
一番近い位置にいた木製人形が無造作に二人に近づいてくる。関節は球体でできている。可動域は大きいようで変な方向に曲げながら、ぎしぎしと近づいてくる。ほかの木製人形は、佛淵兵庫とチャンチャマイヨの出方をうかがっているのか、微動だにせず直立している。
「まるで静観しているようであるな。はてさてどうしたモノかな。わたしは猫の蚤取りくらいしか取り柄がないのだがなあ」
そうつぶやいた佛淵兵庫の眼が楽しそうに笑っているのをチャンチャマイヨはみた。それはこれから始まるであろう諍いを渇望しているとチャンチャマイヨは思った。
「スーペイ」
佛淵兵庫の中にも鬼はいたようだ。
ざざざ。
木製人形が異様に長い両腕を交互に突き出してきた。佛淵兵庫は抜いた刀で手刀を打ち返す。打ち返すと同時に伸びきった右腕の付け根の球体関節にぐりりと刀の先端をえぐりこむ。ごぽんと球体関節が浮き上がり、胴体と腕を繋ぎとめていた球体の中を通る紐を断ち切った。ごとりと木製人形の右腕が落ちる。
佛淵兵庫は刀を構え直し、木製人形とやや間合いを開ける。
佛淵兵庫は手に持つ方の角度をあちこち細かく変える。今の攻め手を確認するような細かな動きだった。
「ふむふむ」
佛淵兵庫は笑った眼を隠しもせず、得心したかのように声を出した。
「娘よ、娘。怖かったら隅っこによってなさい。なあに、すぐにこんな絡繰り倒して見せるから」
続けて放った左腕を掻い潜り、右腕同様に切り落としながら笑ってみせる。
佛淵兵庫が何を言ったかチャンチャマイヨは皆目わからなかったが、なんとなく意味することは分かったようだ。大きく頷くと広場の隅へ走っていった。
後ろで控えていた木製人形が、臨戦態勢に次々と入っていった。佛淵兵庫を脅威と認識したかのような動きであった。
「それではこちらから討って出るとするか」
一番手前の両腕を削がれた木製人形の首をえぐりながら佛淵兵庫が笑う。首の球体関節がごポリと外れ、木製人形はがらんと倒れた。残った木製人形たちが佛淵兵庫に殺到する。
その後ろでチャンチャマイヨは首から下げた蛙のお守りを握りしめた。
佛淵兵庫はやっぱり危ない人でしたな。
えーと右太衛門マニアのために『旗本退屈男』を鑑賞。市川右太衛門映画出演300作記念映画っす。
クライマックスまで右太衛門は活躍しないのだけど、まあ出てるの役者が豪勢で、大川橋蔵、東千代之介、大友柳太郎、片岡千恵蔵とそろい踏み。それぞれに見せ場を作るもんだから、お腹いっぱいですよ。
しかもセットがでかくて、エキストラも無茶苦茶多くって、いやあ50年代後半の時代劇映画は凄まじいエネルギーがありますなあ。




