53 ヒルヒル 農林48号に涙する
さて富士吉田までやってきました。
ようやっと、やっと樹海に近づいてますね。
「ようやくここまで戻って来たね。檸檬ちゃん」
「むー。ワザとッスよね? 僕が間違えたばっかりに、遠回りさせちゃって。ほんとにどうもすいませんでしたっス」
「でも、しゃかちゃんとしゃこちゃんもらってたじゃないか」
「釈迦堂遺跡を代表するマスコット土偶のアクセサリー。へへへいいでしょう」
「ということでうどんを所望する!」
ケンゾーが大きな声を上げた。
「リンちゃんが食べると言ってきかないのだよ」
「るるーちゅるるるるるるー!」
なんだかリンちゃんはバナナとうどんには目がないそうだ。
「ああ、リンちゃんにバナナ買うっていってたのに、買ってないな」
和三郎がふと思い出した。遠足のバナナはお菓子枠か果物枠か問題でリンちゃんが果物であると言い張った件だね。バナナを一本シュタ公に分けてくれたお礼だね。
「それでは我々はバナナを所望する!」
「いあっいあっ!」
「それでは吉田のうどんっスね。初狩パーキングエリアに向かうっす」
日本一硬いうどんと呼ばれる富士吉田の名物『吉田のうどん』は、繊維業が盛んだったその昔、腹持ちのいいうどんが所望されたと。主戦力である婦女子が片手間に食べられるようにと、ごはんづくりを担当した男衆が力強く練ったことで、硬くて歯ごたえがあってもっちりなうどんが出来上がったのだそうな。
「吉田のうどんぶりちゃんですね!」
ヒルヒルが唐突に声を上げる。
「ヒルヒルはさあ、人とコミュニケーション取ろうとしてないでしょう」
唐突にゆるキャラの話題ですよ。和三郎がちょっと苦言を呈する。
「えっ? そ、そうかなあ」
あまり自覚はなかったようだ。可哀そうになった和三郎が助け舟を出す。
「7月1日生まれの3歳だよね」
「はいです。萌えおこしキャラの桜織ちゃんに漢字を教わってるんですよ」
「へー。じゃあその吉田のうどんぶりちゃんのうどんを食べに行こう」
「うどんも食べますが、農林48号のおにぎりも食べます」
「48号?」
「昭和25年に奨励品種となったんですが、栽培が難しいのでしばらく消えていた幻のお米なんですよ。それを使ったおにぎりも食べられるのですよ!」
「いあっ! にぎりりにぎりり!」
「じゃあ、おにぎりもいただこう」
「いるるるるるぅーちゅるちゅるるるるるるる~~」
リンちゃんが豪快にうどんをすすり、もぎもぎと頬を膨らませている。リンちゃん、吉田のうどんは気に入ったらしい。
吉田のうどんとおにぎりが乗ったトレイが目の前にある。
うどんは確かに歯ごたえ充分もっちりうまい。しかし、それよりもおにぎりがすごかった。シュタ公はご飯粒塗れになって放心状態である。
「農林48号、復活ありがとう!」
ヒルヒルが天に向かって満面の笑みを浮かべている。というか、みんなおにぎりほおばって幸せな顔をしている。ここで和三郎ふと考えてしまった。
「和三郎君はさあ、比較対象が比較対象過ぎるよー」
「あ、田部サンまた先読みですか。あまり人の心の中を覗いてはいけないですよ」
「ああ、ごめんね。でもさ我々の今回の行動を映画になぞらえて、無駄ばっかりってのはどうかなあ」
「無駄のない導入ってこと?」
ヒルヒルが尋ねる。
「うん、まあそういう事かなあ。最近だと『マッド・マックス 怒りのデス・ロード』とか」
「うーん言わんとしてることはわかる」
「たとえば『ブリット』の冒頭のクレジットタイトルが切り抜きになって、ラロ・シフリンのカッコいい音楽と共に文字にカメラが寄っていくと画面が切り替わるっつう、オプチカル合成のかっこいい演出! むくつけき3人の男の顔に被さるように映画のタイトルが浮かび上がるのは、たまらなくカッコいい。主人公のブリット刑事が上院議員から無理矢理、証人保護を任せられて証人が勝手なことしたせいで殺されるんだけど、自分のせいにされちゃう。上院議員に嫌味をちくちく返しながらも、殺し屋探す捜査を始めるんだけど、それが無駄なく淡々と説明されていく。もう素晴らしいんだよ。じわじわとプレッシャーがブリットにのしかかってくるのまで判る展開でね。これをね、セリフじゃなくって絵だけで見せていく。それがサンフランシスコの坂道での壮絶なカーアクションの起爆剤になってる。クライマックスの空港のシーンなんて、まったくセリフが無いんだよ!」
「そりゃ映画だもん。先がわかってるから、無駄を削ぎ落す作業ができるんだよ。それをリアルでやろうとしても無理でしょう? 結構成り行きで動かざるを得ないこともあるし、無駄のない正しい選択なんてほとんど無理筋だよ。『スクリーム』などで描かれてる、脳筋カップルはあいびき中に死ぬみたいな、メタな展開に入ってるよ、和三郎君」
「そうかあ。考えすぎかぁ」
「デッドプールや高松信司的展開は違うと思うなあ」
なんだよー、その例えは。
でも、我々の居るこの世界って、先っちょだけメタ展開に首を突っ込んでるよね。っていうか、俺だけ第三者的な視点が混じってるような気がするんだよなあ。やっぱり『時は分かれて果てもなく』なのかねえ。
知らんけど。
吉田のうどん食って終わりでしたね。
ほんとは『ダーティハリー』の導入部の素晴らしさも語りたかったんですがねー。




