125 開發恵 向こう側へ
ということで幕間という名の並行して進行中のお話。
ヤクモデバイス事件の方。
2025/05/19 糞デブの設定を追加。
「7課には勘づかれていないの?」
「抜かりないわ。
この糞デブのうなじにはこいつが嵌って居ったよ」
雁狩博士がZIPロックに収められた直方体を放ってきた。
テーブルの上をするすると滑ってきたZIPロックを開發恵は右手で受け取った。
「ダディというそうだよ」
「ダディ?」
「人間それぞれ取り柄があるだろう? 計算が得意とか、語学に長けているとかね。その取り柄の機能向上を行うのだそうだよ。アドオンだね」
「機能拡張ね。殺しが上手ければ殺しのテクニックも機能拡張してくれるわけ?」
「そうだね。理論上はそうなのだろうね。このデブを捕捉するのにえらく苦労したのだよ。この身体でありながら、恐るべき身体能力の持ち主でね。まあ、それもダディが一役買っていたのだろうよ」
「そもそもこのデブをどうやって見つけたの?」
「ははは。この糞デブはね、とんだペドフィリアだったのだよ。妄想や空想だけで済ませていればよかったのに」
「実際に行動に移した。で、足がついたと」
「そうそう。酷い目に遭った娘の両親の依頼で、まあ捕まえようとしたわけだけど」
「ダディのお陰で捕獲に苦労したと」
「そうそう。捕まえた所が知り合いだったのでね、私のところに話が回ってきたのだよ」
ふうんと大きく頷きながら、開發恵はうなじが見えるように小さく折りたたまれて、椅子に固定されているデブに近づいた。うなじには二つのスロットが拵えられていた。
「ひとつはダディだってのはわかったわ。で、もう一つ、ちょっと大き目のスロットは何が入るの?」
「そっちはよくわからん。このデブはそっちに入るモディは持っておらんかった」
「モディ?」
「ふむ、なにやらスタンドアローンなプログラムのようだな。デブは他人の人格をトレースしたものだと言っておった」
「他人の人格?」
「歴史上の有名人、物語の登場人物、市井の何某か、人格データをトレースして作ったプログラムだとさ。そのモジュールを装着したものは、当該人物のような行動をとるようになるそうだ。デブは怖くて人前では使ったことがないと言っておった」
「本来の人格に外部的に影響を与えることが可能なのね。ビバ電脳ね」
「デブは人前では使わなかったのには訳があってな、こやつ10歳の少女のモジュールをつけて、女の子になりきっていたらしいわ」
雁狩博士は思い出してぷふっと笑いを漏らした。
「おまけに女の子になった自分を、別視点を作って俯瞰で眺めて、自身を慰めておったそうだ。別視点で見た自分はまさに10歳の少女そのものなのだそうだ」
「あらまあ、なんとも素敵に倫理に反しているわね。で、これを使えばヤクモデバイスがなんとかなると?」
「そうじゃな、モディを使って膨大なアレソレのデータを検索できるようにすれば可能であろうと、わたしは考えたわけだがな」
「でも、肝心のモディのサンプルが無い」
雁狩博士はマグカップの紅茶をひとすすりして、大きく頷いた。
「このデブと同じ処から来た者が居れば問題は解決するのだがな」
「ふーむ。7課のデータが欲しいところよね」
雁狩博士はニヤリと笑いまた大きく頷く。
「まあ、伝手はあるのでね」
開發恵の危機察知能力は危険信号を点滅させていた。だが開發恵の科学者としての探究心はこれを凌駕してしまった。
ああ、開發恵は引き返せない道を選択する。
なんだろう? 寄り道したくなりました。