119 ウイチグス呪法書は法水麟太郎の夢を見るか
出ましたウイチグス呪法書。なんかかっこよくってワクワクするよねえ。
ごうんごうんごうん。
大きな音を立てて分厚い鋼鉄の門がゆっくりと巻き上げられていく。
特型警備車に分乗して、扉が上がりきるまで待機。
広場に樹海の空気がじわじわと漂い入ってきた。外界と内界、隔てられていた空間が混じり始める瞬間だった。ただ大門がゆっくりと上がっていくだけなのに、皆一様に妙な緊張感に包まれていた。
「確かに。あの門の向こうはおかしなことが起きているわね」
アラクネーがつぶやく。モンスターだからこそ感じるナニカがあるのだろう。アラクネーは期待からなのか、怯えからなのか、どちらにも取れそうな笑みを浮かべながら、聞こえるか聞こえないかの声でつぶやいた。
たしかに。
門の外は空気が明らかに違っていた。
「いや、真実怖ろしい事なんだよ。もし、ウイチグス呪法書かネクロノミコンでも持って来ないと太刀打ちできんかも知らんね」
和三郎がピりつく外の空気を感じて呟いた。
「ネクロノミコンは古のものや蛙の神様がいるくらいだから、この世界にもあると思います。でもねえ、ウイチグス呪法書は違うんじゃないかなア。小栗虫太郎の創作なんじゃないですか?」
ヒルヒルが顎に手を掛けたマンダムポーズで返事を返した。
「果たして本当に創作なのかなあ。博覧強記の衒学的で本筋と関係ない無駄な知識の披露に終始して、全く本筋が進まない『黒死館殺人事件』において、あの呪法書は異彩を放っていると思うんだけどなあ。実際、作者の小栗虫太郎が所蔵していたのかもしれないよ」
一番最初に出てきたときは「呪法書」だったのに、その後「呪法典」だったりと記述もあやふやだったりする。
「紀元千年の魔術師教皇と呼ばれたシルヴェステル二世配下の13使徒のひとりだったウイチグスが著した大技巧呪術書なんだよね。そんなもんは確かに世の中に存在しないはずなんだけどさ、古のものが居るんだからネクロノミコンがあって当然でしょう。それならウイチグス呪法書だってこの世の何処かにあってもおかしな話じゃないと思うよ」
特型警備車はその昔、89式装甲戦闘車が作った轍をなぞるように森の奥へと進んでいく。2回目の戦闘車乗り入れた距離よりも、3回目は更に奥へと進んでいたようだ。
脇によけられた戦闘車の残骸が苔むしている。
「案外自分たちは森の奥まで進んじゃいなかったんだな」
田部サンは目を細めた。田部サンはこの地点で死にそうになった。8課の同僚はことごとく炭素に返ってしまった。3回目の平定戦は少し距離を伸ばせたようだ。そこまでは特型警備車での進入が可能らしい。
車両で進めるところまでは進んでしまったようだ。皆は警備車から降りて周囲を伺う。
「この先に木やら岩やらで隠れてしまっているけど、廃棄された林道的な道があるはずなんだよね」
田部サンがふんと鼻で笑った。コンクリート壁で囲われてしまう前は、他の山と同じように人が森の中へと分け入っていた。その名残があるようだ。どうにかして林道跡へアクセスできないかと思案を始めたところに、けたたましい金属音が聞こえてきた。
「ありゃなんだい?」
白糸台が裏返った声で訊いてきた。和三郎が目をすがめた。
巨大な人の顔がゴロゴロと音を立てながら迫ってきた。よく見るとメタルっぽい質感の人工物のようだ。
「敵の隊列を粉砕するための人面戦車というか、クリスタルボーイの生首みたいで気味が悪いな」
「行くぞ9番」
ヒルヒルが巨大コントラバスケースと共に、和三郎に近づいてきた。
「菅原文太こすりすぎだよ、ヒルヒル」
「そお? そうかなあ」
ヒルヒルはばしゅんとコントラバスケースのふたを開ける。無造作に右腕の付け根に手を差し込み、これまたばしゅんと外した。そして和三郎に向かって右腕を差し出し宣った。
「片腕を一晩お貸ししてもいいわ」
和三郎はすぐに対応した。
「『と娘は、右腕を肩からはずし、「私」の膝に置いた。』って、
ヒルヒルってば 何気に文学的~」
次回、阿弥陀バスターVS人面戦車!
刮目して待て!
V.マドンナ大戦争を久しぶりに観た。野沢尚のデビュー作。いろいろ大人の都合に翻弄されて、直ぐに引退してしまった宇沙美ゆかりが主演。宇沙美ゆかりはカッコいいんだよなあ、立ち姿が。迷彩服着た短髪の少女がもっさりと空手で戦っているんだけど、それが村上里佳子だった、一瞬やす子に見えてしまった。