111 あっちの華怜 こっちの華怜
ちょっと短いけど上げます。
いつものごとく加筆修正島倉千代子で。
2025/02/17 華怜と華怜のお話を追加
2025/02/18 再び追加。
「ふみちゃんって……」
いつもバディの宵闇にぞんざいな扱いを受けている反動なのか、無窮丸文子は名前を呼ばれたことでフリーズしてしまった。出会い頭に宵闇をタコ殴りにしたあの男は、宵闇のことは憶えていても、自分の事など憶えていないと思っていたのだが。
ちゃんと覚えていてくれたのが、なんだかうれしくて、気恥ずかしい。
隣でブチ切れている宵闇の子供のような怒りの発散具合をぼんやり眺めながら、無窮丸文子の頬は緩んでいったのである。
「師匠ぉ~っ、何かわかったんでしょ」
毒島伽緒子がコートの袖を引っ張りながら、下から自分の顔を覗き込んでくる。うーむ、なんだこの可愛らしい生き物は。この年頃の少女たちは、一瞬光り輝く瞬発力を秘めている。
「うん、まあね」
「あの人、魅了の魔女じゃなかったんだ?」
「そうだね、あのコはチャームじゃない。ないんだけど、堂島華怜であることは間違いないだよね」
毒島伽緒子はふっと立ち止まった。コートの袖は持ったままだったので、師匠は後ろの転びそうになった。
「おおー、そういうことね」
毒島伽緒子は納得したというようににんまりと笑う。
「わかったの?」
「うん。いま、こっちの世界には堂島華怜が二人いる。チャームが使えるのは一人だけ。あーどっち? こっち? あっち?」
「おそらくあっちの華怜だろうね。死にそうになりながらこっちの世界にやってきて、こっちの華怜に出会うべくして出会った」
「そこでいったい何があったのか? 何があったの?」
「いやあ、そこまでは、まだわかんないなあ。もう少し、いろいろ知らないとね」
師匠は煙草をくわえながら毒島伽緒子の方を向く。BICジャパン製のスリムライターJ23で火を灯すと、大きく吸い込んだ。
「あ、喫煙所じゃなかった」
その言葉と共に紫煙が吐き出される。毒島伽緒子がくすくすと笑う。
「やっぱり変な匂いね」
「そうかね」
「うん、変な匂い」
でもそれは毒島伽緒子にとって安心する変な匂いだった。
危機である。特技なんて枝毛取りくらいしか取り柄のない私が、警察から職質受けている。しかも、さっきの変なおじさんの言うことを信じるなら、公安の人だ。
タダシと連絡が取れず、泣き腫らしていた私の前に現れたのが彼女だった。
わたしはタダシが帰ってきたものと思い、玄関へ飛び出していったのだけど、
「タダシだって? あーんもう! タダシなんてロクな奴じゃないんだからね!」
自分がそこに立っていると思うくらいに自分にそっくりな彼女を見て固まった私の手から、彼女は携帯をかっさらった。
「あ、ちょっと」
彼女はタダシの悪態をつくと、そのまま社長に連絡しだした。いろいろと社長と話をした後で彼女は私に両手の爪をみせてきた。つけづめが途中から折れていたり、無くなっていたり、それはもうひどい有様だった。
「ほうら、あのままタダシをホッタラカシテおくと、ほんとのほんとに墓穴を掘るからね。シャベルで以てがしがしと。
もうー大変だったんだから。わたし殺される寸前だったと思うわ、うん。きっとそうよ。
社長にはタダシの横領のこと告げ口したからね。私が知ってるんだから、あんたも薄々気づいてはいたんでしょ。今まで知らなかったってことにしておいたからさ。今ならギリギリセーフだと思う」
「あ、ありがとうございます?」
「ふー。汚れちゃったから、シャワー使うよ」
そう言うと彼女はバスルームへと消えていった。あれはどうみてもわたし、よねえ? 鏡の中で見た事のある、自分自身がそこにいて、動いていて、わたしに話しかけていた。タダシのことって、横領のことか。あれ黙ってたらわたしも殺されるとこだったんだ。
それを教えてくれたわたしそっくりの彼女は、やっぱりわたし、なの?
彼女はたぶん家にいると思う。
刑事さんが探しているのは、多分、わたしじゃない。彼女の方だと思う。
どうしたら良いんだろう?
「血戦 ブラッドライン」が観たいなあ。