107 毒島伽緒子と師匠 中門の軒下で出逢うのこと
身内の不幸で葬式に行ったり、
インフルエンザに罹患したり。
年末帰郷を果たしたと思ったら、あわただしい年始でした。
おまけにいろいろ方向性に迷ってしまい、モチベーションが上がるまで
こんなにかかってしまいました。
待っててくれる少数の方に。
待っててくれてありがとうございます。
あと少しのところだった。
自分の願いが叶う、ほんのちょっとの時間が欲しかった。
瞬きをするほんのちょっとの時間、ガスレンジに点火するためつまみをひねるくらいの短い時間、引き金を引くほんの数舜の時間、待っていてくれるだけで良かった。
なのにあいつは待ってくれなかった。自分の願いは成就されず、元居た世界と言われるこの世界に送り出された。
奇妙なシェルターに押し込められて、暗闇に取り残された。通電した際に発する鈍い低音が辺りに響き渡る。途端にぐるぐると宙返りをしている感覚に襲われた。良性発作性頭位めまい症のように、頭を振るだけでぐるんぐるんとバク転を繰り返しているような気持ち悪さに三半規管が悲鳴を上げる。一定方向に回り続けるわけでなく、四方八方にぐるぐると回されている。自分が何処にいるのかわからなくなる。浮遊感がとっても気持ち悪い。
空腹で良かったが、胃液はこみあげて来て散々な状態だった。
唐突にシェルターの扉が開いた。開いた先に立っていたのは、さっき自分を閉じ込めたあいつだった。無意識のうちに殴りかかっていた。突然襲われて虚を突かれたあいつは床に頭から倒れた。受け身も取れず、背中をしこたまリノリウムの床に打ち付けていた。馬乗りになった自分は、やりきれない悔しみをあいつにぶつけた。すぐに周りにいた警官に取り押さえられた。
後になってから、あいつはあいつでも、こっちの世界のあいつであって、元の世界のあいつじゃなかったと気付いた。こっちの世界のあいつには悪いことをしたなあと思った。だがやっぱり最後の最後で自分を無理矢理止めた元の世界のあいつの顔がちらついて、なんとも不可思議な気持ちになってしまう。
だからあんまり会いたくなかったのだ。
「師匠ぉー、仕事しましょうよー」
「わかったよ、するする。仕事しますよ」
毒島伽緒子にせっつかれて、自分はとぼとぼと堂島華怜に近づいていく。毒島伽緒子は自分のことを師匠と呼ぶ。探偵の真似事の師匠なのかと思っていたが、どうもそうでは無いらしい。なんの師匠だかさっぱりなのだけど、毒島伽緒子にとっては自分は師匠であるらしい。あのコはどこで拾ったんだったか。
水門ニックのいけ好かないやつらとの諍いだったか。ひとりぼっちの宙ぶらりんのコを見かけて、あああれは、璃瑠子と美沙子を無くした直後の自分なのだと気付いたからか。
成り行きで赴かなくてはならなかった通夜の最中。煙草を喫いに外へ出たはいいが、しとしと雨が降っていた。濡れても平気なか弱い雨ではあったが、煙草を喫うなら落ち着ける場所がいいななどと思い、雨宿りできる場所を探していた。ずいぶん立派な寺だった。中門の軒下に避難した自分は、すぐに煙草に火をつけた。ふーっと肺まで吸い込んで、紫色に変化した煙を吐き出した。ふと見下ろすと、足元でこちらを伺う視線を感じた。黒いワンピースを着せられた小さな女の子がこっちを見上げていた。
「煙草吸うやつは珍しい?」
知らぬうちに声をかけていた。女の子は小さく頷いた。泣き腫らした顔だった。
「変な匂いね」
「いやなら……」
女の子は大きく首を左右に振った。
「ふーってやって」
言われるままに大きく煙を吸い込み、ゆっくり吐き出す。
「よく見ないとだけど、紫ね。ねちねちしてる」
言われてみれば吐き出した煙は紫っぽいかもしれない。肺を通って湿り気を帯びるせいなのか、たしかにねちねちしているかもしれない。
「ねちねちねえ……」
さらに乞われたので何度かふううと吐き出して見せた。
「伽緒子っ、そこで何しているっ!」
威嚇混じりの男の声が響き、伽緒子と呼ばれた女の子がビクッと肩を竦める。自分を見上げてしばらくしてから、女の子は男の方へ走り出した。
名前を聞いてようやく気づく。依頼主の娘の名前だった。依頼主はもういない。中途半端に強制終了した案件。仕方なく自分は通夜にやって来たのだ。頭の中でいろんな欠片がくっついて形を成すのがわかる。向こうへ飛ばされて10年ほど。戻って来て2年経っていた。飛ばされた先で開花した才能だった。ほんのちょっとの手掛かりで、一瞬で道筋が見えてしまう。
ああ。
依頼主はあの男に殺されたのだな。
今更ながらジョン・フリンの「ローリングサンダー」を鑑賞。ベトナム帰還兵の仇討ちもの。宇宙人トミー・リー・ジョーンズが大変よろしい。その勢いで1日に2度も強姦されてブチ切れたお姉さんが世の男に復讐する、「天使の復讐」(原題は「Ms .45」こっちの方が断然カッコいい)を観ようと思ったが力尽きた。「ローリングサンダー」のラスト数十分で持ち直しました。
「トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦」あとこれも。
王道の香港アクションにカリカチュアライズされたムーブが加わり、今んとこ無敵じゃねえかな。
ルイス・クーが無茶カッコいいし、サモハンはとても72歳とは見えない動きをしております。