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ヒルコの娘は常世と幽世の狭間で輪舞を踊る  作者: 加藤岡拇指
八雲式端末/チーキーズ/師匠と私
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106 ケンちゃんは螺旋を左回りで攻める

あけましておめでとうございます。

今年最初のお話はケンちゃんリンちゃんのお話しです。

空の高い位置で雲雀が鳴いている。

その下をスキップで駆けていく女の子がいる。手には一抱えもある白いヒョロヒョロの塊を携えている。

「るるるーるるるるーるらるらるらー」

リンちゃんである。今日はパパイヤ・パラノイアの『伊勢丹でつかまえて』からのちわきまゆみ『Angel Blue』を口ずさんでいる。

山のように積み重なった白いヒョロヒョロを目指して駆けていく。

「おーリンちゃん、おはよう」

オバサンが声をかける。

日課を熟すうちにリンちゃんは撤去作業のオジサン、オバサンとも仲良くなった。


そこにオバサンに連れられて、のそのっそとケンちゃんがやってきた。

リンちゃんはびっくりしながら見上げた。ケンちゃんは大きな頑丈そうな身体の男の人だった。でもなんだろう、ケンちゃんは大人の人の動きをしていない。なんだか小さな子供みたいな動きをしている。少し興味を持ったリンちゃんは、ぽやあっとケンちゃんを見上げ続けた。

物珍しいものを見つめるリンちゃんの視線に気づいたオバサンが笑いながら大声を上げた。

「そんなに見つめるもんじゃないよ! ケンちゃんってば照れちゃってるじゃないか。

年はいってるんだよ。いってるんだけどねえ。頭の中は子供のまんまなのさ」

リンちゃんは頸を傾げながらも、ケンちゃんを見上げ続けた。ケンちゃんもあからさまな好奇の視線に、どうにも居心地が悪く、居たたまれなさげである。

「るるー?」

頭脳は大人、身体は小学生の逆う?

「ケンちゃん、ケンちゃん。この娘はリンちゃんっていうの。仲良くするんだよ」

大笑いしながら告げるオバサンの顔を、ケンちゃんはぱちくりぱちくり瞬きしながら見つめている。ふいっとリンちゃんの方を向いた。

「よろしくね、リンちゃん」

その容姿からは想像もつかない澄んだ音色で、ケンちゃんが声をかけた。

リンちゃんはにんまりと大きく笑った。


本栖湖派出所仮設テント群。

お昼休み。リンちゃんとケンゾーはここでお弁当をいただく。今日はリンちゃんの向かいの席にケンちゃんが座っていた。

「お弁当はね、ことみさんが作ってくれるの。うーんと、えーと、ことみさんはね、ことみさんはね、ぼくのお母さん?」

身体の大きさと反比例してお弁当は普通のお弁当だった。

ケンちゃんが普通サイズのお弁当を持つと、とても小さく見えてしまう。そんなケンちゃんの姿を見ながら、リンちゃんはつるつると吉田のうどんを食べている。

リンちゃんの足が嬉しそうにじたばたじたばた。

ケンゾーは吉田警察の用意した仕出し弁当を食べている。前日に何弁当が食べたいかを、掲示板に貼られたメニューを見て選んで伝えておくと、翌日のお昼前に業者が配達してくれる。ケンゾーはここしばらくは仲見世の会議用弁当であるB弁当ばかり食べていた。今日は趣を変えて富士カフェの日替わり弁当を食べていた。今日は豚の黒コショウ炒め弁当である。

オバサンがケンゾーに滔々と話しかけている。

「ケンちゃんはね、お諏訪様の神社であずかってるのよ。まあ、あんな調子だから実の親が施設に預けたままでね。施設を出るってなった時にも親は迎えに来なかったっていうし。誰も引き取り手がいなくってね。困った施設の所長さんが、氏子だったお諏訪さまに相談したら、神社であすかるってことになってね」

「じゃあ、ことみさんって?」

「禰宜の奥さんよ」

「へー。もぐもぐ」

「お諏訪さまに預けられてから神通力を使えるようになったって話よ」

「神通力? じゃあ、ケンちゃんも混じり者だったと?」

「ああそうそう、ことみさんがそんなことも言ってたかしら。土地神様の力を持っているって話よ」

「へー。もぐもぐ」

「だだっ広い土地に散らばってるじゃない。あの白いなんだかよくわかんないものがさ。派出所の霧生さんは詳細は聞いてくれるなって、教えてくれないからなんだかよくわかんないんだけどさ。集めて廃棄するにしても、ねえ。何日かかるんだかわかんないでしょ」

「確かに。全然先が見えないですね」

「それをね、ことみさんに話したら『じゃあ、うちのケンちゃんの出番ね』って、今朝ね、ケンちゃんを連れていくように言われたのよ」

オバサンはお茶を飲み飲みおしゃべりを続ける。


ケンちゃんとリンちゃんはお昼ご飯を平らげて、少し休憩した後、いつもの白いヒョロヒョロ残骸改修のお仕事に参加するため、大きな原っぱにやってきた。まあこの原っぱもヒルヒルが衛星巨砲をぶっ放し、その上をロールもどきが跳ねまわったおかげでできあがったのだけど。

のそのっそとケンちゃんが歩くと、その後ろをちょこちょことリンちゃんがついていく。

「おー、ケンちゃんじゃないか」

そうケンちゃんに声をかけたのは、タケミナカタだった。もちろん、デ・ニーロな風貌である。

「諏訪のおじちゃん!」

ケンちゃんが見知った顔を見つけて破顔する。リンちゃんはそんなケンちゃんを楽しそうに見上げながら、やはりちょこちょこっとついていく。

「今からやるのかい?」

タケミナカタが人差し指を右回りに回して見せた。

「向きが違うけど、うん、ことみさんがみんなのお手伝いしてきなさいって。お弁当も作ってくれたんだ」

「そうか、じゃあ頑張んないとな」


ケンちゃんはのそのっそと原っぱの真ん中までやって来た。リンちゃんはその後をちょこちょこっとついてきた。

「リンちゃん、見ててね。お掃除するね」

「るるーっ」

ケンちゃんは原っぱの真ん中でゆっくりとゆっくりと、左回りにぐるぐると廻り始めた。

とたとたとったたっとケンちゃんは足音を立てながら、ゆっくりとした足取りでくるっくるっと廻る。

ケンちゃんの姿を見たリンちゃんは楽しくなって、ケンちゃんのようにとたとたとったたっと、同じようにくるっくるっと廻り始めた。


なになに、新しい遊び?

いいぞいいぞ、これすごくいいぞ。


とたとたとったたっと廻るケンちゃんとリンちゃんをみつけたガルム達が駆け足で二人の傍にやって来た。


いいぞいいぞ。

おもしろくてすごくいいぞ。


ガルム達は新しい遊びを見つけたとばかり、一緒になってとたとたとったたっとくるっくるっと廻りだす。

「左回りの回転はね、右の螺旋を打ち壊すのさ。諏訪のおじちゃんが言ってたの。ケンちゃんはねー、それをうまくできるんだって!」

「るるるるるるるーっ!」

ケンちゃんはにっこりと笑ってとたとたとったたっ。

隣で廻るリンちゃんを見やった。

釣られてリンちゃんもニコリ笑いとたとたとったたっ。

その周りを5匹の大きなガルムがバウワウ笑いながらとたとたとったたっ。

ケンちゃんを中心に原っぱの大地がうねり始める。ぐねぐねぐね。

ケンちゃんとリンちゃんとガルム達を中心にぐねぐねぐねっと原っぱが左回りの渦巻を作っていく。

その渦に白いヒョロヒョロの残骸がぐねぐねぐねと呑み込まれていく。

あれだけ散らばっていた残骸があっという間に左回転の渦に呑み込まれて、きれいさっぱり消えてしまった。ぐねぐねぐね。


ケンちゃんは土地神様が混じっているという。ケンちゃんの力は産土神社にあたる諏訪神社の力だった。


やり遂げたお掃除の成果を見て、ケンちゃんが晴れやかに笑う。

つられてリンちゃんがほやほやと笑う。

ガルム達がバウワウと笑う。


テントから出てきたケンゾーと和三盆とヒルヒルがきょとんとする。

「拝み屋ケンちゃんはなんだかだなあ」

腐った末っ子和三盆は腐った感想を述べた。



公園の横の小さな路地でぐるぐるゆっくり左旋回する

ちょっとやばい人がいる。

なんでこの人はぐるぐるゆっくり左旋回するんだらうか?

そんな疑問がこの話になってしまったという。

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