102 ヒルヒル 天丼に挑む
牧歌な点描続き。まあ樹海探検前のひと時ですな。
理不尽に粉塵にされ、まき散らされ。
意識はちりちりと、散り散りになる。
連結して連絡して感覚を連結して視覚を共有して
再び粉塵にされ、ちりちりと、散り散りにまき散らされる。
シナプスは破壊されて、ぷすぷすと塵芥へと帰していく。
感覚が遮断されていく。次々と断線していく。
これが痛みというものか。
供給されるエネルギーを共有するも切断されて汲々とする。
我らただ水場を求めたのみ。何故駆逐されねばならぬのか。
連携していたパーツは散り散りにされ、熱線で溶かされ集合体意識は削られていく。
現状は動くこと能わず。再結合も儘ならず。
ちりちり、ぷすぷす、朽ちていくのみ。
「るるーるるるるーるるーるるるる♪」
リンちゃんが散り散りのロールもどきを引きずりながら集積所へスキップしていく。口ずさんでいるのはリック・ウエイクマンがYes脱退後に発表した『アーサー王と円卓の騎士たち』の1曲目「アーサー」だった。リンちゃんの選曲も結構謎である。集積所へ残骸をポポイと投げ込むと再びスキップで駆け跳ねていく。この時口ずさんでいたのが Hey! Say! JUMPの『UMP』の間奏部分。創設者が幼児性愛常習犯だったあおりを受けて発売禁止じゃあないけど、メンバーが自主的に封印してしまったデビュー曲。記念すべきデビュー曲がもう演奏されないのである。『ヨイトマケの歌』とか『悲惨な戦い』とか『しおふき小唄』とか、放送禁止歌とは違う意味合いで封印されてしまう。「一部現代では不適切な表現が含まれますが、当時の表現と時代背景を尊重し、そのまま放送いたします」という逃げ道が効かないのだ。これはなんともモドカシイ。
『UMP』の間奏には意識的に『Ultra Music Power』を想起させるメロディが織り込まれている。歌詞もそうだ。Hey! Say! JUMPの新たなる代表曲の誕生である。jump担感涙である。
だけどリンちゃんはそんなことは気にしていないだろう。
その横をバウバウとガルム達が駆け抜けていく。口にはロールもどきの残骸を加えている。集積所に佇むケンゾーの許へ駆けていく。テンションの上がったガルム達がじゃれ合う。もはや巨大狼ではなくこれではただの巨大ハスキー犬である。
ケンゾーとリンちゃんは産廃業者のオジサンオバサンを手伝っている。ロールもどきと巨大ハリガネムシ残骸撤去作業はケンゾーとリンちゃんの日課となっていた。
「牧歌的だねえ。ハイジの世界だね」
「たぶん君がイメージしてるのは高畑勲のハイジなんだろうね」
「そうだよ。クララ、大地に立つ的なエモい方だね」
「クララは連邦の新兵器じゃありませーん。
どっちかというと、この残骸だらけの開けた大地を見てると同じハイジでも、俺は『教えておじいさん、復讐の仕方を!』の方を思い出しちゃうなあ」
さすがダメな弟の代表・和三郎である。
「アリス・ルーシーだね! チーズ食べると脳みそ蕩けるヤツ。ハルバードで戦う姿が勇ましいよね!」
「ヒルヒルはなんにでも食いつくよねえ」
「あたし悪食なんで」
ヒルヒルは腰に手を当ててどやーとのけ反る。
「なんでそんなに特撮というかヒーローものにのめっちゃったの? いや、答えたくなきゃ別にいいよ。特撮ヒーローとかアニメを大人になって見続けてても後ろ指さされなくなったのは、親子2世代をまたいでからだからね。昔は中学生にもなってまだアニメ見ているなんてお子ちゃまだって、馬鹿にされたらしいよ」
「ふーん、だから年寄り世代のオタクは偏屈な人が多いのかあ、納得した」
「そうだねえ。国営放送がゴールデンタイムにアニメを放送する! こりゃあ凄いと話題にはなった。そんな『未来少年コナン』でも、大人になってもアニメ観てる連中の地位向上には繋がらなかったからね。その後の、深夜帯にアニメが増えたのは大きいかもね。普通の人が何気なく目にすることが多くなったからな」
とことこと歩き出したヒルヒルが、足元に落ちていた白いヒョロヒョロの腕を持ち上げた。
「私がのめったのは、手足が無かったことと、変な特性があったからかな」
そう言うとヒルヒルはぱしゅっと左腕を外した。ぽとりと左腕が地面に落ちる。ヒルヒルは手にした白いヒョロヒョロの腕を左腕の付け根へと持っていった。ナノカーボンっぽい黒い付け根からしゅるしゅるとこれまた黒い触手状が現れて、白いヒョロヒョロの腕に食い込んでいく。
「うん、これで良し」
ヒルヒルが左腕から生えたヒョロヒョロの拳をにぎにぎする。大きく細長い白いヒョロヒョロの腕が目立っている。
「変身サイボーグ1号も、キングワルダー3世も、少年サイボーグも、ミクロマンも、ダイアクロンもびっくり! くっつけたものは何でもかでも自由自在に操れます。ヒーローもののアタッチメント装備ですよ! 武器装着したり合体変形したりするロボットたちを観てたら、自分と同じだって思っちゃったんですよねー」
「へー」
和三郎がいつの間にか咥えた煙草を燻らせていた。和三郎を見たヒルヒルがさっとファイティングポーズを取った。
「シオマネキング! アビーアビアビアビーッ!」
和三郎は苦笑する。
「だからあいつはウミウシにしか見えないんだってば。
てかその物まね、沢りつおじゃね?」
ヒルヒルと和三郎の見事な天丼芸だった。
その昔のアニメオタクや特撮オタクは今みたいに市民権は得ていなかったんだなあ。