98 ハンプアトゥ 来訪の理由
古のものとの戦いは一区切り。ここから舞台が樹海の中へと切り替わる予定。
遠く空の上で雲雀が鳴いている。風が吹き抜けていく。
「るるるるる、るる、るるる♪」
リンちゃんが浅見比呂志の『悪魔のキッス』を鼻歌で歌いながら、ロールもどきの残骸を引きずり
スキップしている。乃木坂46みたいなワンピースの裾がひらひら揺れる。
リンちゃんの前方にはうず高く積まれたもどきの残骸の山。その周りを重機が動き、残骸を産業廃棄物運搬用トラックに次々と積み込んでいく。警察がお願いして業者に来てもらい、処理作業を進めている。災害が発生した際に重機を貸し出したり、オペレーターを派遣するという協定がある。その協定に則ってロールもどきの処理を警察と契約を結んでいる業者が処理に当たっている。リンちゃんは怪力を買われて、業者のオジサンたちの手伝いをしている。主のケンゾーはというと、ガルムを指揮して同じように業者のおばさんのお手伝いをしている。
白糸台と中島敦も巧みにユンボを操って、散らばっているロールもどきの残骸を集めている。土偶戦士ロックもこれを手伝っている。中島敦と白糸台は災害対策の為、車両系建設機械運転者免許を取得している。中島敦は嬉々として運転しているが、白糸台は少しアンニュイな顔で運転している。そんな白糸台に中島敦は「アンニュイな顔が似合うのは若い頃の桃井かおりだけだぞ!」と訳の分からん檄を飛ばしている。
本栖湖湖畔の派出所から、破壊された樹海のコンクリート塀までの間に、とにかくロールもどきと巨大ハリガネムシの残骸が所狭しと折り重なっている。『電気とミント』で調子に乗ったヒルヒルの仕業だった。古のものの攻撃は第二次攻撃のあと、鳴りを潜めている。さすがに人海戦術を展開するエネルギーが枯渇してしまったのだろう。
そんな小康状態の中、業者のオジサンオバサンが黙々と作業をしている。
後片付けが行われている中、派出所前に拵えられたテントの中で、鈴鹿和三郎はハンプアトゥと向き合っていた。なぜに宇宙人飛行士説を体現する宇宙服のカエルが本栖湖まで出張ってきたのか?
それは俺も知りたいと思っていたが、なんで俺が折衝役に任命されているんだろうか? 本来なら謎のテレパス親父・田部未華男のやることじゃないのか? 釈迦堂で最初に出会ったときも、田部サンは俺に投げっぱなしだった。そういえばハンプアトゥの一味は釈迦堂遺跡群の地下に新たなンカイを作っちゃってるんだったっけ。
「相変わらずだな、キミは考えが顔に出る。うん、中々にね、地下は充実した環境に整いつつあるよ。君の疑問ももっともだ。引きこもって嵐が過ぎ去るのを待つと言った輩が、もめ事の中心地に姿を現したのだからね。何しに来たんだ、このカエルは? そう思うのももっともだよ」
ハンプアトゥが唇も動かさず語りだす。
「いやあカエルとかは思わなかったけど、確かに疑問は持ちましたよ」
「それについてはね、イレギュラーの発生に対処しようとね、馳せ参じたわけなんだが……既に収拾してしまっていたのだよ」
「イレギュラーって、俺たちが捕まっていた改定前の伯爵の城?」
「そういうことだよ。君たち警察権力が古のものとカチコミしあうのは想定内だったのだけどね。あの紅いゴーメンガースト城は想定外だった」
「今度は詩人マーヴィン・ピークの世界かよ。でも、そこで王様も料理番も見なかったぞ。その代わり小っちゃい女の子と変なサムライはいたけどさ」
「女の子の方も想定外だったな。あれは我々の眷属、というか適切な表現が見つからないな。まあ同じ次元から紛れ込んできたようだね」
「だから蛙の神様ネックレスしてたのかあ。ケチュア語に似た言葉を話してたな」
ハンプアトゥは小さく肩を揺らした。どうも笑っているらしい。
「その女の子は我々が預かろう」
女の子の件は別世界線からの闖入者という扱いになるので、我々公安8課よりも7課の案件になる。田部サンが7課に連絡してたけど、人が足りなくてすぐの対応は難しいと言われたそうだ。豆事件でいっぱい死んだもんな。あの変なサムライはどうやら、鳰鳥バースの住人だったようで、おそらく鳰鳥姉さんが面倒を見ることになりそうだ。
「こっちとしてはすぐ対応できないんで、預かってもらう分にはありがたいんだけどね」
マグカップに入った緑茶をズズっとすすって、和三郎は溜息をついた。
「ロールもどきの撤去作業が済んだら、樹海の調査に行くんだけどね。古のものはまた攻撃してくるかなあ」
「してくるだろうね。といってもこれまでみたいな総攻撃は難しいんじゃないかね。ほっとした顔だね。よっぽどあの直翅目がお嫌いのようだね」
「そりゃそうだよ。気づかないうちに部屋の隅っことかに居るし、突然脈絡なくあらぬ方向に飛び跳ねだすし、何考えているかわかんないつぶらな黒目してるし……森の中でもあいつ出てくるのかな」
ハンプアトゥが小刻みに揺れる。やっぱり笑っていると思う。
「森の中は森の中だよ。また違った趣向で襲ってくるのじゃないかね。とはいえ、あの規模の戦力を投入した後だから、当然規模は縮小されているはずだ。蛭子の末のお嬢ちゃんとキミがいれば問題は無いんじゃないかな」
「うわあ、最前線に投入決定だな。めんどくさいから行きたくないなあ」
和三郎はううんと伸びをした。ハンプアトゥが肩を揺らす。
絶対笑ってるよな。
るるるのリンちゃんとケンゾーくんを忘れていた。ケンゾー君たちも活躍する場所を作らないとなあ。