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7.愛人だか恋人だかペットだか

「カタリナ様?」


 ジュリエットに声をかけられて、いつの間にか考え込んでいたカタリナははっと顔を上げた。

 父は寝椅子のそばのオットマンに腰掛け、傷ついた女の様子を心配げに見つめている。

 ユーグは書き物机に腰をもたせかけ、所在なさげに視線を泳がせていた。


「そろそろ、起きてもらわないといけないわね」


 カタリナは、まだ転がっている若者の脇腹を軽く蹴った。

 若者はううとかああとか言っていたが、何度か蹴ると起きあがり、カタリナの顔を見てびゃっと飛び退いた。


「え!? あああああああ!?

 も、もしかしてレ、レディ・カタリナ!?」


 カタリナは若者に紹介された覚えはないが、どこかの社交場でカタリナの顔を見覚えていたようだ。


「そうよ。なにか文句があるの?」


「い、いえ! まさか、そんな……」


 若者は恐懼しつつ、寝椅子に横たわって眼を閉じているオランピアに気づくと、その側に駆け寄った。

 どうにか助かりそうだと聞いて、感涙にむせびながらジュリエットを拝みまくっている。

 オランピアの愛人だか恋人だかペットだか知らないが、とにかく親しい関係のようだ。


「で、お父様。

 これは一体どういうことなのか、ご説明いただけるかしら?」


 カタリナはずいと進み出て、冷え切った眼で父親を見下ろした。


「儂は、知らせたいことがあると呼ばれて、来ただけだ」


 眼をそらしたままつっけんどんに答える父親に、カタリナは片眉を上げてみせる。


「わたくし、フランソワを『モンド』に置いてきているの。

 なにが起きたのか整理して、さっさと戻りたいのですけれど。

 今すぐ洗いざらい吐いてくだされば、今日のことは内緒にして差し上げてもよろしいのよ?」


 あ?と公爵は顔を上げた。


「お前は親を脅すつもりか?

 父を敬う心はないのか!?」


「なにをおっしゃってるのお父様。

 さっき、わたくしがこの女を刺したようなことを口走ってらしたじゃない。

 娘を信じない父を脅して何が悪いの?」


 両腕を組んだカタリナは、さらに居丈高に言う。


 父と娘のビシバシと凍りまくったった空気に、ジュリエットとユーグはおろおろと視線を泳がせた。

 オランピアに付き添う若者は真っ青。

 罵りながら蹴った相手が、よりによってサン・ラザール公爵だったとようやく気づいたようだ。

 汚れたバスローブを抱えたまま立ち尽くしている侍女も、半分失神したような顔をしている。


「そもそも、どうしてお前がこんなところにいるんだ!?」


「質問に質問を返さないでくださる?

 話が進まないじゃないですか」


 公爵は舌打ちし、視線をめぐらせて見つけたユーグをギロリと睨んだ。

 カタリナ相手ではどうも分が悪いが、公爵は国内有数の権力者。

 ユーグは、オランピアとの出会いから今夜の行動からなにもかも秒で吐いた。


「馬鹿馬鹿しい!

 オランピアが脅迫など下卑たことをするわけがない!

 彼女はこの世でもっとも清らかな女性だ!

 書類入れを開けてみろ!

 新聞や雑誌の切り抜きを分類しているだけだ!」


 聞いていた若者が叫び、ジュリエットに「だから静かにしなさいってば」と叱られる。

 ユーグはうろたえながら書類入れを開き、本当に台紙に貼って分類された切り抜きしか入っていないのを見て、うわーと頭を抱えた。


「で、貴様はなんなんだ?」


 公爵は、半眼で若者を問いただした。


 は、と若者は息を飲む。


「お、俺はルネ・ペリアンと言います。

 祖父がペリアン商会の会長で」


 ペリアン商会というのは、大手の宝石商だ。


「ああああ、少し前、オランピアに入れ揚げたあげく、夜中にぶっ倒れて騒動になった?

 無理やり励むために飲んでいた薬で心臓をやられかかったとかなんとか、ゴシップ紙に書き立てられて」


 オランピア情報に無駄に詳しいユーグが訊ねる。

 祖父のスキャンダルを蒸し返されたルネは、厭そうな顔でしぶしぶ頷いた。


「それで、祖母や父がめちゃくちゃに怒って。

 なのに祖父は彼女に逢いたがってて、もし祖父が来たら断ってほしいと頼みに来て、その……」


 ミイラ取りがミイラになったということか。


「というかあなた、今何歳なの?」


 カタリナは訊ねた。

 この若者、身体つきはがっしりしているし、顔立ちもいかついから、てっきりカタリナ達と同世代か少し上と思っていたが、しゃべると妙に子供っぽい。


「……商学校の3年です」


「「「えッ……18歳!?」」」


 カタリナ、ジュリエット、ユーグの声が揃った。


 ルネは困惑した顔で、「秋に18になります」とぼそぼそ言う。

 今は17歳ということだ。

 10歳ほど年下で、しかも祖父と関係があることを知っている少年とそういう仲になるとか、魔性にもほどがある。


 カタリナは、思わずオランピアを二度見した。

 眼を閉じたままの青白い顔は、静かな湖に棲む精霊のよう。

 そんな大それたことをしでかすようには、まったく見えない。


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― 新着の感想 ―
[良い点] あああ……だから娘を疑うなと( ̄▽ ̄;)
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