3.社交界最強の令嬢
そして、ユーグは「一夜限りで」と言われていたのに、オランピアに幾度も手紙を送っていた。
関係があったと容易に推測できるようなポエム調の手紙だ。
黒歴史と言わざるをえない。
もちろん送ったのは子爵家の娘と出会う前だが、とにかく証拠を隠滅しないとマズいと、ユーグは焦った。
半月ほど前、どうにかこうにか歌劇場でオランピアを捕まえ、手紙を返してほしいと頼みこんだが、オランピアは「お返しできるような物は、なにもありません」と典雅に微笑むだけ。
食い下がったら「お疑いなら、いつでもこの間の家にいらしてくださればいいわ」と一笑に付されてしまった。
といって、一人でオランピアのところに行けば、あちらの思う壺。
もっと悪い状況になるに決まっている。
色々思い悩んだユーグは、結局、以前から仲の良かったジュリエットに打ち明けた。
ジュリエットもユーグの将来のためには手紙を取り返すほかないと考えたが、ぽわぽわした自分がついていっても、丸め込まれてしまうだけだ。
というわけで、ゴリゴリ交渉してくれる助っ人を頼むしかということになったのだが──
「それで、なんでわたくしに振るのかしら?
まずあなたの旦那様に相談するべき話だし、普段から仲が良くて、頼れる方だっているでしょうに」
カタリナはジュリエットも問い詰めた。
ジュリエットとカタリナはそれほど親しいわけではない。
というか、誰にでも天真爛漫に接するジュリエットは、カタリナの感覚では距離感詰められすぎで苦手なのだ。
「ダーリンは今、出張中なんですよー。
お義父様達は領地にいらっしゃるし。
姫様にこんなことをご相談するわけにもいかないし、カタリナ様は社交界最強の令嬢じゃないですか。
オランピアは裏社交界の女王って言われているそうなんで、だったら表の女王のカタリナ様にご出馬いただくしかないかなって」
ジュリエットがもがもがと説明する。
「姫様」というのは、貴族学院の同級生で、王太子アルフォンスと結婚して王太子妃となったジュスティーヌのことだ。
学院時代、サン・ラザール公爵令嬢カタリナは「陽の君」、シャラントン公爵令嬢ジュスティーヌは「月の君」と呼ばれ、妍を競ったものである。
ジュリエットはジュスティーヌにめちゃくちゃ懐いており、ジュスティーヌもジュリエットを可愛がっているが、まさか王太子妃が高級娼婦と交渉するわけにはいかない。
「といってもねえ……
所詮、わたくしは『令嬢』なのよ。
オランピアみたいな海千山千をどうにかできる気がしないのだけれど」
カタリナは小さくため息をついた。
社交界でなら、カタリナは相応に力を持っている自負はあるが、あの女に太刀打ちできる気はしない。
他の高級娼婦なら、パトロン経由で働きかけることもできなくもないが、今のオランピアには同時並行の「なじみ客」はいても、生活を依存しているパトロンはいないのだ。
「というか、普通に手紙を捨ててるってことじゃないの?」
どう見ても、オランピアにとって、ユーグはただの雑魚だ。
送りつけられた手紙を開けたかどうかも疑わしい。
「いや、それが……
オランピアの部屋に招かれた時、部屋に似合わない、事務室に置くような書類用のロッカーがいくつも置いてあって。
客から来た手紙を分類して保存しているんじゃないかと」
確かに、プライベートで客をもてなすような部屋に、ゴツい書類入れはおかしい。
カタリナは少し考え込んだ。
「それはなかなか意味深ね。
例の館を買った金の出どころがよくわかっていないとかゴシップ紙で読んだけれど。
もしかして彼女、影で客を脅して金をむしってるかもしれないってこと?」
ジュリエットとユーグは顔を見合わせた。
「私達もそれ、ちょっと思ってて……」
ユーグも青い顔をして頷く。
今のユーグには、社交界ではさしたる価値はない。
だが、子爵家への婿入りが本当に決まったら、婚約を壊してやると脅されれば実家の伯爵家はまとまったものを出さざるをえない。
さらに、子爵家に婿入りした後、細く長く恐喝されつづけることも考えられる。
「こういうことになってから、彼女に関する情報を集めてみたんですが……
館を手に入れる直前、覆面の集団に襲撃されたことがあったようなんです。
無理心中を狙った客なら二人で会っている時に手を出すでしょうから、恐喝されて逆上した客なのかも、と」
「なるほどね」
カタリナは頷いた。
「でも、いきなり行ってもいいの?
客と鉢合わせたら、面倒じゃない」
「いや、『いつでも来い』と向こうが確かに言ったんですし」
それにしても、どうも話が曖昧で、筋が悪い。
カタリナは、自分を巻き込んだジュリエットを横目で睨んだ。