19.ありふれた問題
しかし、クローディアは違う。
シグネットリングを取り返せば、オランピアの立場を奪えると思い込んでいたクローディア。
父がオランピアに援助すると決めたのは、安易に妹だと主張しなかったからだと聞いていたはずなのに、しれっと「公爵様の本物の妹」と名乗ったクローディア。
あの場では、自分の立場を一応理解したように見えたが、愚かで思い込みが激しい彼女をそのままにしておいたら、またオランピア憎しで妙なことを言い出し、なんならゴシップ紙あたりにリークするかもしれない。
本当に祖父の落とし胤であるのなら、世間から隔離して監視する選択もある。
だが、クローディアはシグネットリングを子供の頃から持っていただけ。
魔力もない彼女を、公爵家がわざわざリスクを冒し、手間をかけて養ういわれはないのだ。
「そんじゃ修道院コースとかですかね」
そんな計算は想像したこともないであろうジュリエットは、ほっとしたような顔で言った。
「さあ。そういえば、あなたの義弟の件はどうなったの?」
「あー……おかげさまで? 色々ぶっちゃけて、色々誓って、なんとかなったっぽいです!
子爵家が婚約解消したの、単に相手が娼館通いをしてたからじゃなくて、バレた後にめっちゃ底の浅い嘘つかれまくって、信用できなくなったからってことだったらしくて」
「なるほどね。それで、元婚約者が、ちょっと遊んだだけなのに婚約解消されてしまった、子爵家はお堅すぎるとかあちこちに吹聴しやがったってことなのかしら?」
社交界あるある展開だ。
「ですです! 結構やらしいですよね。
それでお嬢様、全然関係ない人にもウザ絡みされたこともあったとかで」
カタリナは眉を顰めた。
「気の毒に。でも、ユーグ卿、なんとかなって良かったじゃない」
「ほんとよかったです。
なんだかんだで、ユーグ君もしっかりしてきた感じで、それもよかったよかったー!みたいな」
そこまで言って、ふと、ジュリエットはカタリナの顔色を伺うような眼になった。
「ところでカタリナ様……ちょっと気になってることがあるんですけど」
「なあに?」
「えっと、その……あの人と結婚するんで、カタリナ様は本当にいいんですか?」
フランソワのことか。
そう来ると思っていなかったカタリナは、一瞬ぽかんとした。
「どういうこと?」
「なんかすっごい感じ悪いっていうか、カタリナ様がどうしたいかおっしゃる前に、勝手によそに連れて行こうとしてたじゃないですか。
カタリナ様は我が強いのに、ああいう人でいいのかなー……って思って」
カタリナは思わず半眼になった。
「『我が強い』だなんて、面と向かってわたくしに言えるのは、家族を除けばあなたくらいのものね」
「あ、あ、あ、すみません!」
カタリナはため息をついた。
ユーグがしっかりしてきたとジュリエットは言ったが、当人が「しっかりする」のはいつの日になるのだろう。
「ま、ああいうタイプをいなすのは、そんなに難しいことじゃないから」
「いやでも結婚ですよ?
たまーに会うくらいならいいですけど、毎日毎日いなす?ってめんどくないですか?」
あうあうしながらジュリエットは食い下がる。
「それはそうだけれど……」
カタリナは考え込んだ。
フランソワとの縁談は、先代侯爵夫人と親しい祖母が急に持ってきたもの。
もともとフランソワは嫡男ではなかった。
長男が侯爵家を継ぎ、次男のフランソワは分家する予定だったのに、長男が重い魔力障害を起こしてしまい、フランソワが家を継ぐことになった。
気楽な立場のフランソワは婚約していなかったから、将来の侯爵夫人にふさわしい令嬢を急遽探さなければならなくなり、そこでカタリナをという話になったのだ。
公爵家の三女であるカタリナが、侯爵家の跡取りに嫁ぎ、いずれ侯爵夫人になるのは、適齢期ギリギリ扱いされ始める21歳になっていることを考えれば、落とし所としてアリだ。
アレが気に入らないコレが気に入らないと縁談を断りまくっていたカタリナも、祖母以下親戚達に「これ以上の話はもう出てこない」「神殿にでも入るつもりなのか」と詰められてとうとう婚約したのだが──
いかにも貴公子然としたフランソワだが、どうも胡散臭い。
一緒に舞踏会や社交場に出ると、妙にしんねりとした視線がどこからか飛んでくるのも気になっている。
祖母直結で来た縁談だから、フランソワの身辺調査はろくに行われていないはず。
なにか影で面倒なことをしているんじゃないかという疑いが日に日に濃くなっている。
「あの人と結婚しないと家が潰れるとかだったらアレですけど、そういうんじゃないんですよね?」
「もちろん違うわ。
でも、家格やら諸々考えると、このへんで手を打つしかないのかなとも思って。
わたくしだって、いつかは結婚しないといけないのだし」
思いとは逆のことを、言い訳がましく言う。
ジュリエットは、「えー」とかなんとか言いながら不服顔だ。