18.半月後
結局、オランピア殺害未遂事件は表沙汰にならなかった。
半月ほど経ったある日の午後、カタリナはジュリエットと共に王都の外れにある馬事公苑にいた。
馬事公苑は馬術の普及のために作られた施設で、練習用の馬場だけでなく障害など馬術競技の設備もあり、隣接する川岸や丘の外乗もできる。
事件の翌日、カタリナは父に呼ばれ、ジュリエットに十分に礼をするよう、父の私的な口座の小切手を渡された。
額からしてそれなりの宝飾品あたりが妥当かと思ったが、普段そこまで付き合いがないのに、ジュリエットの趣味に合うものを選ぶのは難しい。
とりあえず昼食でもとジュリエットに声をかけたら、久しぶりに乗馬もどうですかとここに誘われたのだ。
なかなか都合が合わず、今日になってしまったが、なにはともあれジュリエットは愛馬「黒王号」で、カタリナは優美な白馬で外乗を楽しみ、やがて昼食時となった。
馬事公苑のカフェは王都でも有数のレストランの分店で、メニューはだいぶ簡素だが、料理人の腕は悪くないという。
ジュリエットは鮭のソテーとじゃがいも、カタリナは蕎麦粉のガレットを選んだ。
薄く伸ばした蕎麦粉の生地にハムやチーズ、卵を割り入れて焼いたもので、貴族学院時代にたまたま食べて以来大好物なのだが、公爵邸の料理長は庶民の田舎料理だからと作ってくれないのだ。
ランデ河を見渡す、二階の窓際の席で、久しぶりの好物を楽しむ。
他の客が退き周囲に人がいなくなったところで、謝礼の件を振ると、ジュリエットは露骨に困り顔をした。
「んー……私としては彼女を助けたのは当たり前のことだし、むしろ考え違いでカタリナ様をお連れしてすみませんでしたー!って感じなんですけど。
それに、もし素敵な物を頂いても、なんで頂いたのかダーリンに説明できないじゃないですか」
「あー……確かに、ご主人に疑われちゃつまらないわね。
じゃ、へそくりにしとく?」
「いやいやいや。
おじいちゃんが、私の魔法は神様がくださったものだから、お金をもらったりしちゃいけないよって言ってたんで」
いただくとかないでーす!とジュリエットは胸の前で腕を×の形にする。
「と言われても、子供の遣いじゃないんだから、持ち帰るわけにもいかないし……
あなたが望むところに寄付ってところでどう?」
「あ、それがいいですね。
ここの運営が、引退した競走馬の支援を募っているんで、ソレでお願いしまっす!」
「あなた、最初っからそのつもりで、ここに誘ったのね」
普段ぽわんとしたジュリエットらしからぬ段取りの良さに、カタリナは思わず苦笑した。
「いやまあ、エラい人ってそういうことを言いそうかも?ってちょっと思って。
ていうか、あの人、その後大丈夫でした?」
あの人、というのはもちろんオランピアだ。
「急病ってことで社交場は人に任せて、あの家で療養しているみたい。
大量失血って、内臓をやられるのが一番怖いのだけれど、最初の処置が良かったから大丈夫だろうって医者が褒めてたわ」
「私が頑張ったからですね!!」
ドヤァとジュリエットは胸を張る。
カタリナは思わず笑った。
「女神の祝福も凄かったけれど、あれだけの時間、適切な量の魔力を流し込み続けたのもね。
わたくしにはできないことだわ」
だばぁと注ぐだけならカタリナにも出来るが、細く長く注ぎ続けるには繊細なコントロールが必要だ。
なのにジュリエットは、普通に話に入ったりしながらしれっとやってのけた。
「ほわッ!? カカカカタリナ様に褒められた!?」
「あなた、わたくしをなんだと思ってるの。
ほんとに凄いと思ったら、そう言うくらいのことはするわよ。
このわたくしが褒めたのだから、誇りなさい」
カタリナはジト目でジュリエットを睨んだ。
「ひゃ、ひゃいい……」
ジュリエットは首をすくめてかくかく頷く。
「そんであの、侍女のフリをしていた人は?」
「わたくしは特に聞いていないけれど」
カタリナは素っ気なく答えた。
実際、父がクローディアをどうしたのか聞いていない。
ただ、彼女はもうこの世にはいないだろうとは思っている。
父は、自分を騙したオランピアには罰を与えず、ただ離れるだけに留める選択をした。
プライドの高い父のこと、ころっと騙された上、今更報復することは恥の上塗りだと思ったのだろう。
放っておいてもオランピアなら、公爵家の力をよく知っているから、めったやたらに人に漏らしたりしない。
ジュリエットやユーグ、一流の宝石商の孫息子であるルネも同じことだ。