15.ガーネットの首飾り
すぐに「いました! 無事です!」という叫び声が一階から聞こえ、ややあって、五十がらみの小柄な女性が、ルネと公爵に支えられてやって来た。
クイル・ナイフも厨房の流しに放り出してあったそうだ。
「ナターリア! なんてこと!」
ヴィクトワールは、まだ意識が戻らないオランピアに取りすがるわ、偽物の侍女に食ってかかるわ、昔の客の娘であるカタリナがいると知って慌てふためくわ、興奮しすぎて目を回すわと一騒動起こしたが、どうにか落ち着いた。
夜10時過ぎ、オランピアが風呂に入っている間に厨房で夜食の確認をしていたら、後ろからいきなり袋のようなものを被せられて縛られ、パントリーに放り込まれていたという。
玄関から誰か来たことや、二階で大きな音がしたこと、裏口からも誰か来たことはかすかに聞こえていたが、なにが起きているのかさっぱりで、ずっとやきもきしていたそうだ。
「ところで、カタリナ様。
どうしてこの人が指輪を持ってるってわかったんですか?」
ジュリエットが偽の侍女、クロディーヌをちらりと見ながら訊ねた。
クロディーヌは床にぺたんと座り込んで項垂れ、後ろからユーグが服の裾を踏んで身動きできないようにしている。
「一緒に来た私達三人にはアリバイがあり、私達が着いた後に来たお父様、ルネにも犯行は不可能。
ルネはここから出ていった者を見ていないというのだから、後はこの女しかいないじゃない。
もちろん、第三者がオランピアを刺して、巧い具合に私達をやり過ごして逃げた可能性もあったけれど、侍女のふりをした偽物がここにいるんだもの。
この女が犯人か、共犯者でなければびっくりだわ」
肘掛け椅子に優雅に腰掛けたカタリナは答えた。
「はえ〜……」
ジュリエットは、クロディーヌとカタリナをぱちくりと見比べる。
「想像だけれど、この女、シグネットリングの元々の所有者じゃないのかしら。
価値がある物だと今頃知って、奪い返しに来た、とか?」
「なにを馬鹿なことを!
ナターリアが最初っから儂を謀っていたというのか!?」
公爵が大声を上げた。
「そ、そうです! そうなんです!
あたしが本物の、公爵様の妹なんです!」
クロディーヌは顔を上げ、必死に訴えはじめる。
公爵は眼を剥いた。
それを無視してカタリナは続ける。
「御用聞きのふりでもして、オランピアやこの家の様子をしばらくうかがって。
オランピアが風呂に入るタイミングを見計らって忍び込んだけれど、見つかってもみ合いになり、手近にあったナイフで刺してしまった。
とにかくリングを持って逃げようとしたけれど、勝手口からわたくし達が来るし、玄関からお父様が来るしで逃げ場を失って、目についたガウンとナイトキャップをつけて、必死で侍女の振りをしていた……そんなところ?」
じろりとカタリナに睨まれたクロディーヌは、わっと泣き伏した。
「マノンが鬼のような形相で掴みかかってきて、あたし殺されるって……思って……
とっさに机の上にあったナイフを取ったら、ナイフを持っている腕を掴まれて、力比べみたいになって……
気がついたら……気がついたら、あんなことに」
「マノン? それはオランピアのこと?」
泣きじゃくりながら頷くと、クロディーヌはオランピアとの因縁を語り始めた。
クロディーヌは、田舎の里親の間を転々としながら育ち、16歳の時、針子として王都の工房に奉公に出た。
奉公先は王都と聞いて夢を膨らませたのに、針子の生活は厳しく、朝から夜遅くまで働いて食べてゆくのがやっと。
毎日毎日、美しいドレスを縫い続けても、ドレスどころか、レースの切れ端すら買うことはできない。
クロディーヌは他の針子達と一緒に、休みの日には街に繰り出し、カフェや路上でナンパしてくる男たちに奢らせ、遊ぶようになった。
似たようなことをしている若い女はたくさんいたが、その中でも目立っていたのが「マノン」と言う美しい少女だった。
「そのペンダント、男避けのつもりなの?
男物の指輪でしょ?」
ある時、クロディーヌはマノンに声をかけられた。
クロディーヌは幼い頃から、男物とおぼしき、竜の印章がついた指輪をなぜか持っていた。
磨けば銀色に輝くのだが、すぐにくすんで真っ黒に戻ってしまう。
安い銀なのだろうと思いつつ、もしかしたら実の親のものかもしれないと、たまにチェーンに通して首元にぶら下げていたのだ。
指輪を見せながら事情を説明すると、マノンは文字や名前は刻まれていないのかと訊ねてきた。
なにも刻まれていないと答えると、「それじゃ手がかりにならないわね」と気の毒そうに言う。
確かにそうだ。
里子に出す子供に、親の手がかりを伝えようとしたのなら、せめて名前がわかるものにするだろう。
そもそも、どうみたって安物なのだ。
やっぱり、里親が持っていたガラクタが、たまたま自分の荷物にまぎれこんだのだろうか。
「その指輪、私にくれない?
封蝋に印を捺すって、かっこいいなって思っていたの。
それにその竜の模様、ちょっとかわいいし」
「でも……」
「もちろん、タダとは言わないわ。
このネックレスと交換でどう?」
「え!? いいの!?」
クロディーヌは驚いた。
実は、この指輪を質屋に持ち込んだこともあったが、値がつけられないと断られたのだ。
マノンがつけているのは、しずく型の大きなガーネットがついた金のネックレス。
ガラス玉の安ピカ物しか持っていないクロディーヌにとっては、憧れの品だ。
つい、クロディーヌは指輪とネックレスを交換してしまった。