12.指輪の行方
「ととととにかく! カタリナ様は私のことそんな好きじゃないと思いますけど、私はカタリナ様のこと大好きなんですよ!
だから、お父さんの閣下だったら、もっともっと大好きですよね!?
そうですよね!?」
「ななななにを言っているんだジュリエット夫人!?」
公爵が挙動不審に問い返す。
「だーかーらー!
お父さんが妹さん?をかわいがって、大事にして、自由にさせて、守護魔法まで与えて、だったら私はなに!?ってカタリナ様はなってると思うんですよ!
カタリナ様達ご家族が気に入らないから、なんかちょっとよくわかんない人を大事にしてるんじゃないかって。
でも、そゆことじゃないですよね?
カタリナ様のことだって、ちょう大事ですよね!?
カタリナ様がピンチだったら、絶対助けますよね!?」
「ジュリエット! だまりなさい!!」
カタリナは真っ赤になって怒鳴った。
ジュリエットが言っているのは、要はカタリナがオランピアに嫉妬しているということだ。
そして──
そんなことはないとカタリナは言い切れなかった。
嫉妬で魔力漏れを起こすなど、見苦しいにもほどがある。
サン・ラザールの娘がするべきことではない。
いつもいつも、家門の誇りを守れと口うるさい父は、なんと答えるのだろう。
カタリナは涙目で父を睨んだ。
眼が合う。
「お前は、大事な娘だ。
なにがあろうと、儂はお前を守る」
公爵は視線をそらさず、重々しく告げた。
「こんな当たり前のことを、わざわざ言わねばわからんのか?」
苦い笑いが口元に浮かんでいる。
カタリナは、毒気を抜かれたように後ろによろめき、ぽすんと肘掛け椅子におさまった。
「おっしゃらなければ、わかるはずがないじゃないの……」
ゆっくりと風は収まり、やがて気温も元に戻っていった。
魔力漏れは収まりはしたが、部屋の中はめちゃくちゃ。
言い慣れないことを言った父と、聞き慣れないことを聞いた娘は、ぎこちなく黙り込んだまま。
ユーグとルネは、できる限り気配を殺しながら荒れまくった部屋をこそこそ片付け始める。
気まずい空気を破ったのは、例によってジュリエットだった。
「というか、この人、指輪なんてしてなかったような気がするんですけど??」
布団を少しめくって、ジュリエットは皆にオランピアの手を見せた。
確かに指輪はしていない。
「え? 彼女はずっと男物のシグネットリングを左手の人差し指にしていましたが。
確か夕方、俺が出かける時も嵌めていたはずです」
ルネが戸惑う。
ユーグも見た覚えがあるのか、頷いている。
「お風呂に入る時に、外したんじゃないかしら?」
なにげなく呟いて、カタリナは自分の言葉にはっとなった。
さきほど、カタリナは、犯人は盗みが目的だったのではと一度考え、しかしオランピアがいない日はわかっているのだから、その日に忍び込むだろうと否定した。
だが、指輪が目的だったら。
逆にオランピアがいる日を狙うしかない。
「お父様、その指輪は高価なものなの?
たとえば、盗賊がわざわざ狙うような」
「いや。魔導銀製というだけで、宝石も魔石もついてない。
歴史的な価値があるわけでもない。
守護魔法も、ナターリアが嵌めていなければ発動しない」
戸惑いながら公爵が答える。
魔導銀というのは、魔力を通す銀色の金属で、魔導具の回路などによく使われている。
放置するとすぐくすんでしまうが、魔力を持つ者が身につければ、白金のような輝きを帯びるので、貴族には好まれる貴金属でもある。
とはいえ、普通の銀よりは少し高いくらいの値段。
オランピアと公爵にとっては大事なものだろうが、ドレッサーに置いてあるアクセサリー類の方がはるかに高価だ。
「……ちょっと、あちらを探してきます」
言い置いて、カタリナはバスルームに向かった。
洗面所、脱衣所の棚。
棚には装身具を一時置きするためのセーム革を張ったトレーもあったが、華奢な金のアンクレットが入っているだけ。
トレーを持ち上げてみたが、周辺にもない。
浴室に入る。
窓框や例の浴槽の縁など、小さな物をひょいと置きそうなところ。
浴槽の中や周辺。
念のために排水口。
そして脱衣所や洗面所の床の上に這いつくばるようにして、どこかに転がっていないか見回す。
豪奢な絹のドレスをまとったままだが、そんなのお構いなしだ。
「……見当たりませんわ」
「こっちの部屋もです!」
ジュリエットは、介抱のどさくさに紛れて抜けたのではないかと、布団の中やら寝椅子、周辺の床の上を探したようだ。
血まみれのバスローブを抱えたまま、まだへたりこんでいる侍女も首を横に振っている。
公爵やユーグ、ルネもそれぞれ探したようだ。
「と、いうことは」
「ということは?」
きょとりとジュリエットが繰り返す。
「シグネットリングがどこにいったか。
これが、この事件の鍵だわ。
そして、疑問が2つ。
彼女は瀕死の重傷を負っていたのに、なぜ自分で鍵をかけたのか。
なぜ刺したのは『カタリナ』だとお父様に言ったのか……」
カタリナは皆をじろりと見渡した。




