11.女子に言ったらダメなやつ
「そのヴィクトワールって侍女はどうしたの?」
カタリナは侍女に訊ねた。
「ヴィ、ヴィクトワールさんは、急に休みをとって。
代わりに私が、本館から来たんです」
なるほど、とカタリナは頷く。
不慣れな場所だから、こんなにまごまごしているのか。
「入ってみると、応接間はがらんとしているし、2階かと思って上がってみたら鍵がかかっている。
儂が来ることはわかっているのに、これはおかしいと索敵魔法を使ったら、ドアの脇に誰かうずくまっているようだった。
それで、ドアを破ったら……あれだ」
大切な「妹」が血まみれになっていた様子を思い出したのか、公爵は言葉を切った。
「儂は駆け寄って傷口を抑え『ナターリア、なにが起きた、誰にやられた!?』と問うた。
すると、ナターリアは、なにかこう……せつなげに儂を見て『カタリナ、カタリナ』と繰り返して、そのまま気を失ってしまったのだ」
「は!?」
「え!? カタリナ様、この人刺しちゃったんですか!?」
真に受けたジュリエットが恐ろしげにカタリナを見やる。
「ちょっと! わたくしがこの人を刺せるわけがないじゃない!
あなた達とずっと一緒にいたのに!」
「でもカタリナ様、『氷の獄』とか氷魔法系めっちゃ得意じゃないですか。
風魔法でも『鎌鼬』とか、アホほど遠くまでびゅんびゅん飛ばしてたし。
あのへんの魔法なら刺し傷作れるですし、勝手口からこの部屋なら、十分、カタリナ様の間合いの中ですよね?」
ちなみに、「氷の獄」とは数十本の氷の槍を生成、全方位から対象を貫くという極悪魔法、「鎌鼬」は肉でも骨でもすぱっと斬ってしまう風の刃を生成する魔法である。
「いやいやいやいや、魔法打ってる暇なんてなかったし、どこにいるのか全然見えないのに当てられるわけがないじゃない。
とにかく鎌鼬を打ちまくって相手に怪我させるくらいなら出来なくはないけれど、それなら部屋の中はめちゃくちゃになるでしょ?
第一、部屋の外から魔法を打たれて、どうしてわたくしの仕業だってわかるのよ!」
「あ、そっか」
てへっとジュリエットは笑って誤魔化す。
「というわけで、わたくしではございませんので」
ギロリとカタリナは公爵を睨んだ。
気圧された公爵は、かくかく頷く。
カタリナは侍女をみやった。
「念のため聞くけれど、あなたのことじゃないわよね?
そういえば、名前は?」
「ク、クロディーヌです。
証明書は一階にあるので、取ってきます」
「いえ、結構」
カタリナは、動きかけた侍女を仏頂面で止めた。
「儂は例のシグネットリングに、ナターリアを守る守護魔法をかけた。
魔法でも、刃でも、初撃を相手に反射するものだ。
ナターリアは、いつも左の人差し指にその指輪をしていた。
だから、儂を上回る魔力を持つ者に襲われたに違いないと思ってしまったんだ」
公爵はもそもそと言い訳がましいことを言い出す。
守護魔法は、ごく親しい者を守る特異な魔法だ。
赤の他人やただの知人程度の相手にはかけられないし、微量だが常時魔力を割くことになるので、めったに使われない。
「え!? 守護魔法なんて、わたくしにもかけてくださったことがないのに!?」
思わずカタリナは立ち上がった。
巻きに巻いた豊かな金髪がぶわっと広がる。
「おおおお前は、魔力は私より多いじゃないか!
ナターリアはお前と違って、か弱いんだ!」
「あばばばばばば……
それ、女子に言ったらダメなやつーー!」
ジュリエットが引きつった顔で叫んだ。
古来、女性は「君はしっかりしているから僕がいなくても大丈夫」「でも彼女には僕がいなくちゃだめなんだ」などと言われると、どういうわけかガチ切れする。
普段は子猫のように愛くるしく非力な女性でも、途端に虎のように猛々しくなることも珍しくない。
もともと子猫よりも雌虎に圧倒的に近いカタリナが言われたらどうなるか──
「お父様……!」
細めた眼で父親を見下ろすカタリナを中心に、風が吹き始めた。
その風に白っぽいものが混じる。
雪片だ。
夏だというのに、部屋の温度が急激に低下していく。
カタリナの魔力が漏れているのだ。
天井から吊るされた魔導灯が大きく揺れ、侍女が悲鳴をあげて床の上にうずくまる。
強い冷気を帯びた風は、びゅうびゅうと吹きすさびはじめた。
「やめろカタリナ! 抑えろ!」
「あああああ、レ、レディ・カタリナ!
おおおお落ち着いてください!
ほら証拠、証拠がめちゃくちゃになります!」
公爵が叫び、ユーグもしゃがみ込みながら訴える。
ルネは、とにかくオランピアを守ろうと、ジュリエットごとかばうように覆いかぶさった。
魔力を抑えなければならない。
それはカタリナもわかっている。
しかし、抑えられない。
違う、抑えたくない。
なんだこの衝動は。
怒りに似た、噴き上がる黒い感情は。
ルネの腕の下から、きああっとジュリエットは公爵の方に振り返った。
「ええええと! 閣下!
閣下はカタリナ様のこと、ほんとはめっちゃかわいいですよね!?
大大大好きで、超愛してますよね!?
カタリナ様が超強くて、超豪快なツンデレだから、ちょっと伝えにくいだけで!!」
「ジュリエット、なにを言っているのあなた!」
カタリナは眼尻を釣り上げてジュリエットを睨みつけた。
その瞳が金色の輝きを帯び始めている。
「だって、私、カタリナ様のこと大好きですもん!
なにするかわかんないし、めっちゃ威張ってるけど、意外とかわゆいところもあるし!」
「ねねねね、義姉さん!?」
いくら学院の同窓生とはいえ、「威張ってる」とか「意外とかわゆい」とか男爵家出身のジュリエットが公爵令嬢のカタリナに言っていい言葉ではない。
ごうっとひときわ強く風が荒れ狂い、ジュリエットが、やべ!という顔になる。
カタリナ「魔法関連は、作者の代表作『ピンク髪ツインテヒロイン?なのに攻略対象が振り向いてくれません!』からの流用ですの」
ジュリエット「あっちは、悪いおじさんが殺すつもりで『氷の獄』をガチで打ってきたりしますからね……怖い怖い」
悪の枢機卿ノルド「呼んだ??」
「ピンク髪ツインテヒロイン?なのに攻略対象が振り向いてくれません──貴族学院に編入したぶどう農家生まれの名ばかり男爵令嬢は、呪われし皇弟殿下と恋に落ちてしまうようです──」
(https://ncode.syosetu.com/n2517gv/)