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9.オランピアの正体

「「おおおおおお兄様!?」」


「君らに『お兄様』呼ばわりされる筋合いはない!」


 混乱するユーグとルネに、公爵がキレる。


「ちょ、ちょっと、どういうこと!?

 お祖父様がどこかで作った子ってこと!?

 どうして高級娼婦クルティザンなんかさせてるわけ!?」


「……妹かもしれないとわかった時は、ナターリアは既に素人ではなかったからだ」


「そんな馬鹿な!

 だったら、修道院に入れるとかなんとかしようがあるでしょう!?

 お父様はいつもいつもサン・ラザールの誇りを守れっておっしゃっているじゃないの!」


 貴婦人と変わらない豪奢な生活を送り、時に王侯貴族の寵愛を受けることもあるといっても、しょせん高級娼婦は卑賤の身。

 隠し子とはいえ、公爵の妹が高級娼婦だったなどと、大陸スキャンダル史の殿堂入り待ったなしだ。


 さすがのカタリナも、あまりのことにくらりとよろめいた。

 傲岸不遜すぎて本人も周囲も忘れがちだが、カタリナはこれでも深窓の令嬢なのだ。


「ユーグ君!」


 ジュリエットが声を上げ、慌ててユーグが飛んできてカタリナを支え、慎重に肘掛け椅子に座らせる。

 ルネもあわあわと立ち上がり、気付け薬代わりに、飾り棚にあったブランデーをショットグラスに注いで渡す。


 カタリナはグラスを一息に干した。

 強い酒が咽喉を焼き、気力にふたたび火が点く。


「お父様、今すぐ、一切合切話してください。

 この女とかかわり合いになった最初っから!」


 公爵を睨みつけ、カタリナは要求した。




 というわけで、公爵はオランピアとの出会いから語り始めた。


 オランピアと公爵が出会ったのは17年前。

 後援していた劇場の総稽古の見学に赴き、帰ろうとしたところ、廊下の隅から、大きな瞳をいっぱいに見開き、亡霊でも見たかのような顔で自分を凝視している、群舞用の衣装をつけたままの少女に気がついた。

 あまりに強い表情だったので不審に思って声をかけると、少女はこれに見覚えはないかと訊ねながら、首元にかけていたチェーンを引っ張り出し、チェーンに通した指輪を見せてきた。


 指輪は魔導銀で出来た、男性用のシグネットリングだった。

 シグネットリングとは、男性用の指輪の表を平たく仕上げ、そこに印章を刻んだもので、手紙の署名に添えて捺したり、封蝋に捺したりするものだ。

 正式な印ではなく、要は趣味の小物で、左手の小指に嵌めることが多い。


 少女は、幼い頃、道端で遊んでいたら、不意に大きな馬車が停まり、降りてきた見知らぬ紳士がくれたものだと説明した。

 その紳士に、公爵がそっくりで驚いたのだとも。


 よく見ると、リングには竜の文様が刻まれていた。

 ありがちなデザインだが、竜はサン・ラザール公爵家の副紋。

 確かに父が、昔、似たようなものを使っていたような気もする。


 少女の淡い金色の髪と碧眼は、自分や父と同じ色味だ。

 もっとも、顔立ちは特に似ていないが。


 またか、と公爵はうんざりした。

 亡くなった父は、素人の平民女性と「遊ぶ」のを好み、隠し子やら隠し子を騙る者が名乗り出てきて、金を要求されたことはそれまでもあったのだ。

 

 だがこの少女は、金のことは一切言わなかった。

 迷惑をかけるつもりはない、自分は天涯孤独の身だと思っていたが、そうではないと思っていて良いか、と瞳を潤ませながら言うだけ。

 はっきり妹だと名乗りもしないし、馴れ馴れしく兄と呼んでも来ない。

 

 逆に興味を惹かれた公爵は、場所を変えて詳しい話を聞いた。


 名はナターリアで、15歳になったばかり。

 生まれたのは、公爵領の領都と王都を結ぶ街道沿いの宿場町。

 一族が領と王都を行き来する際、よく泊まる町だ。

 宿のメイドをしていた母親はナターリアが乳飲み子のうちに出奔し、以後、子のいなかった伯母夫婦に引き取られ、楽師だった彼らに連れられて各地を転々としながら育ったという。


 そしてナターリアは、父がもっとも得意だった火魔法をわずかながら使うこともできた。

 魔法が使えること自体、貴族の血を引く証だ。


 これは本物の可能性が高いと判断した公爵は、ナターリアに今後どうしたいのか訊ねた。

 自分の腹違いの妹ならば、安定した暮らしが送れるよう援助するなど相応の処遇を考えなければならない。


 だがナターリアは、そんなつもりで声をかけたのではないと首を横に振った。

 伯母が亡くなった後、伯父がおかしな態度を取り出したので王都に逃げてきたが、あっという間に困窮してしまい、既に幾度も身を売ってしまったのだと言う。

 こうしたことはいくら隠してもひょんなことからバレるものだし、公爵家の世話になるつもりはない。

 そもそも、自分は自由に過ごせる今の暮らしが合っている。

 できることなら、自分の力で裏社交界の頂点を目指したいのだとナターリアは強い眼で言い切った。


 とはいえ、たった一人で生きていくのはあまりに寂しい。

 自分がどこまでやれるのか、遠くから見守ってくれる人が欲しいだけなのだと、ナターリアは公爵に訴えた。


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