補色行為
「はぁ……なんで俺がこんなことを……」
俺は溜息を吐きながら、学校裏の山道を歩く。親の転勤により、高校を転入した。自然豊かなこの村は、閉鎖的であり異物を嫌う。その為、高校生になって度胸試しをすることになった。
度胸試しの内容は、高校の裏山にある『お化け桜』の花弁を回収してくる事だ。何でも昔は鮮やかな赤色の桜だったそうだが、管理する人が居なくなってからは花弁の色が白く変化してしまったらしい。それが理由で『お化け桜』と呼ばれるようになったそうだ。
花弁の色が変わる理由としては、土壌の性質の変化や木の老化などが主だろう。それを『お化け桜』などと呼び、度胸試しに使用するなど非科学的だ。
「はぁぁ……」
都会が恋しい、再び溜息を吐く。習慣や慣例など興味はない。しかし、これを成すことで周囲からの疎んだ視線を排除出来るのならば易いものだ。面倒極まりないが平穏な生活の為、我慢をして山道を進む。
「着いた……」
登りきると広い空間に出た。件の『お化け桜』が悠々と満開の花を咲かせている。早く済ませて帰ろう。俺は桜の下に向かった。
「……よっ、おっと……」
『お化け桜』の根元に鞄を置くと、舞い踊る花弁を追いかける。地面に落ちている花弁を拾う方法もあったが、此処まで来たのにズルをするようで嫌だった。
「よし! 取れた!」
俺の手を遊ぶように逃げていた花弁を一枚捕まえた。これで帰ることが出来る。鞄を取る為に『お化け桜』へと振り向く。
「ふふっ! 貴方凄いのね、捕まえちゃうなんて凄いわ!」
「……? いや、普通じゃないか?」
何処から現れたのか『お化け桜』の前で、白い少女が手を叩き笑っていた。地元の子だろうか、それにしても不思議な格好だ。髪も瞳も着ている着物も全てが白い。これもこの村の風習だろうか。
「ねぇ、私も捕まえてみたい!」
「ん? 嗚呼、好きにしたらいいじゃないかな?」
少女は目を輝かせた。花弁を捕まえるのに、俺の許可なんて必要ないだろう。好きに捕まえれば良いじゃないか。俺は思ったことを口にした。
「うん! ありがとう!」
「……っ、うぇ?」
何故俺に礼を告げるのだ?そう思った瞬間に視界が反転した。背中に感じる冷たく硬い地面の感触、対して目の前には白い桜を背景に笑顔の少女。俺は何故か仰向けに倒れ、それを楽しそうに少女が眺めているという状態に気が付いた。
一瞬の間で一体何が起きたというのだ。俺には転んだ覚えも感覚もなかった。起き上がろうにも、地面に縫い付けられたかの様に四肢は動かない。
「捕まえた」
「くっ……なにを……」
焦る俺とは裏腹に、少女はうっとりと白い瞳に俺を映した。無垢な色をしたその瞳には、狂気的な何かを孕んでいる。体を動かせない俺は、せめてもの抵抗として少女を睨み上げた。
「いただきます!」
「ぐっ!? がっ……」
明るく弾んだ声が聞こえたかと思うと、俺の首から皮膚を裂く音が響いた。鋭い痛みに顔を顰める。視線を動かす少女が俺の左首に、嚙みついていることが分かった。
恐ろしい事実に恐怖と痛みで呼吸が上がり、手足が冷えていく。嚙みつかれている部分から、だんだんと感覚が無くなっていく。頭に霞がかかったように、ぼんやりとする。瞼が重くなり、視界が狭くなっていく。
「貴方の色は最高ね!」
「……う……あ……」
髪も瞳も着物も、全てを真っ赤に染めた少女が恍惚な笑みを浮かべた。
〇
「聞いた? 『お化け桜』が赤くなったってさ」
「本当!?」
「凄く綺麗だって!」
「見に行こう!」
学校中の話題に俺は口角が上がる。そうだ『彼女』は綺麗で優美だ。俺の色に染まった美しい『彼女』を見てくれ。もっと俺の『色』を求めて、深く広く染まってくれ。
「嗚呼、俺の為に咲き誇ってくれ」
教室の窓から『彼女』を見上げると、俺の気持ち呼応するように首が疼いた。