優しくて親切で素敵なおねえさんを悲しくさせたおまえを許さない
わたしの名前はシーナ。冒険者だ。
暇つぶしを求めてわたしは新大陸へやって来た。
ここには新しい人々、新しい名産物、そして新しい常識がある。
とりあえずはタブーとされていることをやらかさないように、色んな人に話しかけてこの国で『やっちゃいけないこと』でも聞いておこう。
特にわたしのような女性は少しでもいたらないところを見せるとすぐに舐められる。気をつけなければな。
町に入ると、いきなり親切なおねえさんが話しかけてくれた。
「ようこそ旅のお方。ここはクレイという町です。おわかりにならないことだらけでしょうから御案内して差し上げますわ」
にっこりと笑った目が涼しい。
わたしより年上だろうのに、どこか少女の面影を残すかわいいひとだった。
茶色いストレートのロングヘアーが風を美しい形にして見せてくれる。
爪につけた宝石が決していやらしくなく、ひたすらかわいく見えるのはこの人だからこそなのだろう。
口は白い布で覆われているのでわからなかったが、この人が美人でないわけがないと思わされた。
そしてどこもかしこもが柔らかいもので出来ているようなこのおねえさんが、優しいひとでないわけがないと信じられた。
わたしはギルドに案内された。
彼女はここの受付をやっているらしい。
最初から怪しい人物であるわけがないと思っていたが、素性がわかって99%の信頼が100%になった。
ギルドに登録しなければ冒険を始めてはならないのはどこの国も同じだ。
しかし細かい手順については国によって結構違う。
あるところでは登録さえすればあとは自由にしてよかったし、他のあるところではひとつのダンジョンに冒険者が殺到しないように厳しく許可を必要とするところもあった。
ここはなかなか画期的な方式をとっているようだ。
魔法メールで時間予約をしてダンジョンに入れるようになっているらしい。
おねえさんがめっちゃ丁寧に教えてくれた。
「酒場で待機しててください。ダンジョンの準備が出来たらわたくしが魔法メールを送りますので、そうしたらこの先の『準備ダンジョン』にお越しくださいね。そこに網のカーテンがあって、それを開けると棚があります。そこに冒険者さまの鎧を置いて、一度退出し、酒場でまたお待ちになってください。その間に冒険者さまの鎧に加護を充填します。充填が完了するまで30分ぐらいかかります。次に呼び出しの魔法メールが入りましたら、加護が充填された鎧がこの地図のこの場所に転送されておりますので、それをお受け取りになってから冒険ダンジョンへお入りください。冒険者さまの入られるダンジョンはこの図のこの場所ですので、この道をこう、こう、こうお通りになって、必ずお尻からダンジョンへお入りください」
わたしは思わず声を漏らした。
「や……、ややこしいですね」
「ふふっ、そうですね。もしわからないことがあれば、またこちらへいらしてください。わかるまでお教えしますから」
そう言って微笑んでくれるおねえさんが頼もしかった。
優しく垂れた目元のほくろがセクシーだった。
全身から放ついい香りに包まれて、同性ながら惚れそうになってしまった。
♠ ♡ ♣ ◇
準備ダンジョンとやらへ行くと、なんだかやたらとゴチャゴチャしていた。
棚がいくつもあって、ガラクタみたいな剣や盾が所狭しと置かれている。
棚に鎧を置くように言ってたな……。
このゴチャゴチャしたところに自分の鎧を置けというのか……。
置くスペースないぞ、これ。
よくわからずにウロウロしていると、後ろから軽やかな鈴の音のような声がした。
「冒険者さま〜」
おねえさんだった。わたしがウロウロしているのを見つけて来てくれたのだ。
「網のカーテンを開けたところにある棚ですよう〜」
そ……、そうか。そういえばそう言われてた。
情報量が多すぎるとはいえ、紙とペンでももらってメモしておかなかった自分が悪かったな。
そう思いながら、岩壁にかかっていた網のカーテンを潜り、暗い中をきょろきょろした。
やはり棚がいっぱいあってよくわからない。
「よくぞ参られた、勇者どの。さ、鎧をここに置かれよ。神の加護を充填して差し上げましょう」
中にいた小さなおじさんがそう言って教えてくれなければわからないところだった。
網のカーテンを潜って外に出ると、おねえさんが立っていて、くすくすと気持ちよく笑ってくれた。
「わかりにくいですよね? ややこしくてすみません、冒険者さま」
「いえいえ!」
思わず大きくかぶりを振って、気持ち悪いほど笑顔になってしまった。
「お陰でおねえさんに何度もお会いできて嬉しいです!」
「あら。わたくしも冒険者さまのお役に立てて嬉しい」
大輪のスミレの花というものがあるならばコレか、と思わされる笑顔だった。
「またわからないことがあったらお声をかけてくださいね」
声をかけるまでもない。
わたしがオロオロしてたらおねえさんが駆けつけて来てくれるのだ。
出来るのなら、嫁にしたいと思った。
♠ ♡ ♣ ◇
酒場に戻って呼び出しの魔法メールを待っていた。
おねえさんの教え方が丁寧だから、もう何も聞かなくてもわかる。
次にメールが来たら、加護が充填された鎧を教えられた場所で受け取り、冒険ダンジョンはそこから右、左、右と行った場所だったな。必ずお尻から入ることも忘れないようにしよう。
どんなモンスターがいるのかな? 珍しいアイテムとか落としてくれるかな?
わくわくしながら待っていると、わたしのス魔法に魔法メールが入ってきた。
『冒険ダンジョン、16時に予約完了』
ん?
予約完了……か。
16時になったら入ってもいいということだな?
酒場の時計を見ると15時45分だった。
あと15分したら動くとしよう。
♠ ♡ ♣ ◇
16時になった。
わたしは酒場の席から立ち上がると、おねえさんに教えてもらっていた通りの道を通り、まずは加護が充填された自分の鎧を取りに行った。
案内されていた場所には何もなかった。
誰もおらず、ただ風がピュウピュウ吹いていた。
おかしいな……。
場所を間違えたかな?
ギルドは歩いてすぐのところだったので、戻ってみた。
おねえさんに聞き直そうと思って中を覗くと、おねえさんがいない。
仕方がない、他の誰かに聞くか、しばらくあそこで待ってみるか……と思っていたらどこに隠れていたのか中からおねえさんが追いかけて出て来てくれた。
「あっ、冒険者さま。どうされました?」
また会えちゃった。
もう、何度お会いしてもいい香りだなぁ……。
わたしが事情を話すと、おねえさんはにっこり笑って、
「ごめんなさいね。前の順番の冒険者さまがまだ別の場所で鎧のお受け取りをされてて、みんなそこへ行ってるみたいなの。そちらが終わったら誰か参りますので、申し訳ありませんけど、もうしばらくあの何もない場所に立ってお待ちくださいね。何もない場所に突っ立って待つのは苦痛でしょうけど……ごめんなさいね」
優しくそう言ってくれた。
いえいえ。
貴女の残り香があればわたしは心ウキウキして何もない場所に突っ立っていられます。
♠ ♡ ♣ ◇
待った。
誰も来ない。
この場所で間違いないとおねえさんは言っていた。
首をひねりながら待ち続けていると、少し遠くのほうからオッサンの怒声のようなものが聞こえた。
キョロキョロしてみると、洞穴の中から色の黒いオッサンがわたしを指差し、わたしの鎧を手にぶら下げて、何やら怒鳴っている。
言ってることがまったく聞き取れないので、こちらから駆け寄ってみると、
「なぜそこに立ってるんだ!」
怒鳴られた。
「呼び出し魔法メールが来るまで酒場で待てと言われていただろう!? なんで勝手に入って来るんだ!?」
「あ……。魔法メールに『16時に予約完了』と入りましたもので……、16時になったから、入ってもいいものかと……」
「呼び出しメールがあってから入って来い! 勝手に入って来るな!」
「すみません。初めて来たもので……」
「ごめんなさいっ!」
血相を変えておねえさんが走って来た。
危険な場所だからか頭に鉄兜を被ってる。かわいい。
「わたくしの説明が悪くて……」
いえいえ。とっても丁寧な説明でした。
『予約完了メール』と『呼び出しメール』を混同してしまったわたしと、ここのややこしすぎるシステムが悪いのです。
そう思っていると、オッサンがおねえさんを激しく叱りはじめた。
滑舌が悪すぎて何を怒鳴っているのかよくわからないが、あの優しいおねえさんが、小さくて真っ黒なオッサンに上から叱責されている。
おねえさんのほうがスラリと背が高いのに、権力の力で上から叱られている。
わたしのせいで──
わたしがおねえさんを弁護しようと間に入ろうとすると、
「おまえはこの鎧持って早くダンジョンに入れ! さっさとしろ! 後の冒険者もいるんだぞ!」
またオッサンに怒鳴られた。
いや……、ここ、わたしたちの他に誰もいなくて、誰の邪魔にもなりようがないんですけど……。
申し訳ない気持ちを伝えようと振り向いたけど、おねえさんはオッサンにペコペコ頭を下げていてこっちを向いてくれない。
早くダンジョンに入らないとまたあのオッサンが激怒する。
後ろ髪を引かれる思いでダンジョンに前から入ろうとすると、背後から激しい怒声が飛んできた。
「尻から入れと言われてるだろうが! 何も聞いてないのか!」
♠ ♡ ♣ ◇
意味もわからず尻からダンジョンに入った。
珍しいモンスターがいっぱい出てきた。
蜂蜜を口から垂らした熊さんとか、七色に光る翼をもつスライムとか、初めて見るモンスターばかりだった。
珍しいモンスターだから珍しいアイテムも持ってそうだ。
そいつらをバッサバッサと剣で倒して進みながら、しかしわたしは心ここにあらずだった。
おねえさん、まだあのオッサンに叱られてるのだろうか……。
わたしがちゃんと聞いていればこんなことには……。
わたしはここでは初心者なんだよ? しかもあんなややこしいルール。説明しても全部わからせるのは大変だろう。
あのオッサン、嫌い!
オッサンてのはとにかく他罰的だから嫌い。
すべてのオッサンがそうではないだろうけど、わたしの知ってるオッサンは大抵何かあると、たとえ自分や自分の属する団体に不備があっても、それを棚に上げてでも相手を責め、相手に『ざまぁ』をしようとする。怒り狂った猿みたいな顔をして。
わたしはこう見えてココミック王国の王女だ。フルネームは『シーナ・ド・ココミック第一王女』。
あのオッサンをどうにかすることなど水戸黄門のようにたやすい。パパにお願いしてこの町ごと潰してしまうことすら出来るだろう。
『ざまぁ』してやろうか!
でもそれじゃオッサンと同じだ。自分が不快な目にあったからといって、自分のことを棚に上げて相手を罰するのは、わたしの嫌いなオッサンのやり方だ。
あのオッサンにもあのオッサンの生活があるのだろう。クビにしたら困る家族もいるのだろう。それを思ったらそんな知らない他人を不幸にすることなど出来ない。
自分にできるのは自分のことだけだ。相手をどうにかしてやろうとか思っても、どうせそんなの憎しみを生むだけのことにしかならない。
他の冒険者はちゃんと理解して、誰も叱られないようにしてるのかもしれない。
自分がボケなのが悪いんだ。
これからややこしい時は必ずメモを取るようにしよう。それでいい。
とはいえ、あのオッサン……。あんなにあのおねえさんを叱らなくたっていいじゃない。
他の国ではどこもこんなややこしいルールは設定しとらんわ。ここのルールが世界のルールだとでも思ってんのか?
あかん。感情的になったらニセ関西弁が出てまう……。
腹立つやら、悲しいやら。
も、冒険どころやないな、これ。
さっさと中断して、出よ。
おねえさんにはどうしても一言謝りたい。わたしのせいで嫌な目にあわせてしまった。あの可愛いスミレのような心に嫌な気持ちを植えつけてしまった。
それだけは何が何でもどうにかしたかった。
♠ ♡ ♣ ◇
ダンジョンから出てみてびっくりした。
入ってからまだ大して時間は経っていなかった。
それなのに、入る前と立場が完全に逆転していた。
オッサンが、おねえさんを前にして、地べたに土下座して謝っていたのだ。
オロオロしながら「顔を上げてください」と言うおねえさんの横に、見知った顔が立っていた。
『あっ。あのひとは……』
うちのお城で見たことがある。この国の王様が訪ねて来た時に、付き従っていた女の人だ。確か『アネモネ・タナカ』という名前だった。
アネモネさんは尖ったメガネを指でくいっと上げながら、オッサンを叱責していた。
「わかりましたか? このお方は我が国の王女様──スミレ・クレイア・ファンモシー様なのです。世間のことをお知りになりたいと申されて、お忍びでこの町のギルド受付嬢などをやっておられますが、おまえのような色の黒いオッサンが偉そうに叱責していいお方ではないのです」
「すみません! すみません!」
オッサンは平謝りだ。
「知りませんで……! どうかお許しください!」
「お顔を上げてください」
おねえさん……もといスミレ様は困り顔の聖母様のように場を収めようとしている。
「わたくしの説明が悪かったのです。冒険者様もよくわからなかったのが当然で……」
わたしは駆け寄り、開口一番スミレ様に謝った。
「違います! ごめんなさい! わたしがメモを取ってなかったのが悪いんです!」
「いえいえ。冒険者様が混同しないように、予約メールと呼び出しメールがあることをお教えしなかったわたくしが……」
「いえっ! よくわからなかったのに聞きに行かなかったわたしが……」
「あら?」
アネモネさんがわたしを見て言った。
「貴女様は……もしやココミック王国の王女の……シーナ様では?」
「ええっ!?」
オッサンが声をあげた。
「そっ……、それとは存じませんで……無礼な真似を……!」
その一言だけで気が済んだ。
「いいですよ。わたしが悪かったんだから。それよりここのルール、わかりにくいので、これからは初めての冒険者さんには要領を書いた紙でも渡すようにしてください」
「ははーっ!」
オッサンが土下座した。気持ち悪いのでやめてほしい。
「シーナ王女でしたの?」
スミレ様が驚いた顔でわたしに話しかけてくれた。
「お噂は聞いておりますわ。ココミック国王様はとても民衆思いで、平和な国を作り上げておられると」
「あなたこそ、スミレ王女だったんですね」
テレテレしながら、わたしはおねえさんと向き合った。
「そういえばファンモシー王国の姫はとても優しくお美しい方だと聞いておりました」
「身分をお隠しになって冒険者をされてらっしゃるんですのね。ウフッ、なんて勇敢なお方」
「あなたこそ身分をお隠しになってギルドの受付嬢だなんて……。プライドの高い王族にはなかなか出来ることではありません」
「ウフフ」
「アハハ」
「今度ココミック王国へ遊びに参りますわ。その際にはシーナ様、案内してくださる?」
「喜んで」
心からの言葉を言った。
「兄王子のマッシャーハルはイケメンで優しいお方です。もし貴女が兄と結婚して、わたしの義姉にでもなってくれたら嬉しいな」
この時言った言葉が後にほんとうのことになるなんて、その時は信じられなかった。
スミレ様は兄とほんとうに結婚し、わたしの仲のいいお姉様になった。
今日もこれから二人で紅茶を飲みながら、国をよりよくするための楽しいお話をする予定だ。