桜おばあさんと桜の樹
『2018年度アンデルセンのメルヘン大賞』への参加作品です。
ある平成の年の四月、家の庭で黒いスーツに身を包んだ男性が、家族を連れて、花が散っている大きな桜の樹の下に歩み寄り、木箱から真っ白な壺を取り出しました。
「桜おばあさん、今まで有難う……。僕達を育ててくれて本当に有難う……。」
男性は涙を浮かべながら祖母の遺灰を桜の根本にゆっくりとかけました。
連れの妻子も骨壺から遺灰を取り出し、一緒になって桜の根本にかけました。
遺灰をかけ終えた後、家族一同で黙とうを捧げました。
この桜の樹には今は亡き桜おばあさんとの思い出があります。
ある大正の年の春の曙、小さな村で女の子の赤ん坊が産声を上げました。
出産を聞きつけた村の人達はお祝いとして、桜の苗木を庭に植えました。
赤ん坊は、植えられた苗木にちなんで、『桜』と命名されました。
女の子の桜は桜の樹と共にすくすく成長していきました。
元号が昭和に入って十数年後の春、女の子だった桜はきれいな娘に成長し、花婿に嫁ぐ日を迎えました。
これまで一緒に育ってきた花嫁の桜を見送るように、桜の花も満開でした。
「樹の私へ……、今まで有難う……。今日から私は嫁いで参ります……。私に代わって……、家族みんなを……、見守っていて下さい……。」
花嫁の桜は涙を浮かべ、桜の樹と家族に見送られながら故郷を巣立っていきました。
桜の樹も戦争をはじめ、昭和の様々な出来事を経てさらに大きく育ち、とうとう平成元年四月を迎え、おばあさんの桜が子や小さな孫を連れて故郷に戻ってきました。
桜おばあさんは満開の桜の樹を両手で抱きながら、
「樹の私へ……、これからはずっと一緒です。夫に嫁いでからあなたに逢えたのは父や母の命日くらいだったけど、夫を見送った今、子や小さな孫と一緒に戻って来ました。さあ、残り少ない年月を共に全うしましょう。」
と語りかけました。
長年離れ離れだった桜おばあさんの桜の樹との生活が再び戻ってきました。
桜おばあさんの老後の生活はいささか不自由でしたが、子や孫に囲まれて充実していました。
毎年の春に咲く桜の花を見るのが子供の頃からの楽しみだったのです。
しかし、年が進むにつれ、身体も衰え、しまいには寝たきりとなり、ベッドの上から窓越しに桜の花を見るしか出来なくなっていきました。
桜おばあさんが百歳を迎えた春、桜の花も満開でした。
幼かった孫も結婚して、子供も授かりました。
桜おばあさんは家族に、
「私が……、桜の花を……、見られるのも……、最後かも……、しれないね……。私が……、死んだ時は……、私の……、遺灰を……、庭の……、桜に……、ふりかけて……、おくれ……。」
と不自由ながらもお願いしました。
家族は黙ってうなずきました。
やがて、真夜中となり、強い風が吹き始め、満開だった桜の花も散っていきました。
風の音で起きた孫が桜おばあさんの部屋に入ってみると、桜おばあさんは既に息を引き取っていました。
桜おばあさんは百歳の天寿を全うしたのです。
桜おばあさんの葬儀から数日後、桜おばあさんの最期を見届けるように、桜の樹も枯れていきました。
桜達の時代は終わると同時に、子孫達による新たな時代が始まるのです。
先日、祖母が亡くなり、追悼の意を込めて投稿致しました。
お読み下さってありがとうございました。