99 ドルヲタはやめられない
北都大学アイドル研究会の幹部四人は十日程前に上京し、それぞれ行きたい場所へ行って楽しんでいた。
旭川セル、日高レンジ、石狩ユキの三人は、研究会の代表を務める十勝エイトの実家に昨年同様宿泊させてもらっていた。
東京郊外にある十勝の家はとても広く、離れでさえ一般家庭の家より少し大きい。
三人はこの離れに宿泊しており一人一室で外出も自由だった。
今回は全員綿密な計画を練っており寧ろ綿密にし過ぎて疲れが出て来てしまっている程であった。
それでも成果はとても大きく、皆とても満足していた。
旭川セルは主に少人数ユニットやソロのアイドルを追っていた。
大きいコンサートは昨日までに三件見に行っていた。
三つの内一つは超有名な三人組のテクノポップユニット。
歌もダンスも何もかも言う事なし。
是非また来よう! 旭川はそう思った。
もう一つはアニメの主題歌で一躍有名になり声優としても活躍中のアイドル歌手。
何て魅力的な歌声なのか……。
聞き惚れるってこうゆうことなんだな。
何かもうアイドルっていうか歌手って感じだよね、この人。
是非また来よう!
因みにここまでの二つのライブは他の三人も一緒だった。
そして昨日行ったのがたまたまチケットが手に入った五人組アイドルユニットのコンサートだった。
この日、他の三人はそれぞれ別の行きたいコンサートがあった為、旭川は一人だった。
その所為もあってか、今一行く気になれなかった。
実は本命のアイドル歌手が海外ツアーに行ってしまい、他に誰かいないかと探していたところ、目についたのがこのアイドルユニットだったのだ。
十勝や日高の評判も「まあまあ」とのことだったので行くことにした。
ユニットの名前はチラリと聞いたことこそあったが正直期待はしていなかった。
どんな楽曲があるのか調べてみても聞いたことのないものばかりだ。
動画サイトで見てみようという気さえ起こらなかった。
「う~ん。失敗したかな……。」
しかし行ったが最後、旭川は今まで見たこともないその五人組のパフォーマンスに取りつかれてしまった。
何だこれは? どんどん引き込まれて行く。
凄い! 楽しい! かわいい!
旭川はすっかりその五人組ユニットのファンになってしまった。
「これだからアイドルヲタはやめられん。」
コンサートはどれも素晴らしく、流石プロとしか言い様がなかった。
あらゆる意味でプロ。
そう感じざるを得ない完成されたショウでありながらもアイドルの個性をしっかりと引き出し、観客も一緒に参加して楽しませてしまうと言う素晴らしいライブであった。
石狩ユキは東京に来て早々に日高レンジと老舗の大人数アイドルグループのコンサートを回った。
内一つは二十年以上の歴史を持つ超老舗である。
勿論メンバーは入れ替わっているのだが。
このグループはテレビ番組のオーディション企画から誕生した。
結成当初は5人だけだったが現在は常時十数名のメンバーで構成されていた。
石狩はこのグループを一つの大きな目標としており、日高に至っては神グループとして崇めていた。
もう一つはこれも十数年の歴史を持つギネスに載るほどの超大人数グループだ。
このグループは結成当初から20名前後が在籍しており、現在では80名前後、多い時期には100名を超える時もあった。
上のグループとの違いは「会いに行けるアイドル」とのモチーフからも分かる通り、その敷居の低さと気軽さ。
ある意味コンビニ感覚でアイドルを直接、生で応援できてしまう場所とも言えるだろう。
しかも定期的に握手会まであるというのだ。
それはこのグループが専用の劇場を持ち、ほぼ毎日興行を行う形態だからこそ可能にし得るものだった。
この様な商法に関しては様々な角度で賛否両論があり、好みも分かれる。
とは言えアイドル文化に新たな一石を投じたことは事実であり、その波及効果も大きいと言えた。
特に大人数による歌唱やダンス、観客も一体となったパフォーマンスは今までには見られなかった画期的なものであり、今後の進化も期待できる。かもしれなかった。
日高は以前この超大人数グループの姉妹ユニットであり、地元発祥のチームの一人を熱心に推していた。
しかしそのアイドルは週刊誌にお相手との密会記事が掲載されるや否や即引退からの結婚報告という流れであっと言う間に彼の前から去って行ってしまった。
東京に来て最初のコンサートに行く時も日高はあまり乗り気ではなかった。
「お相手がいたとしてもせめて最後まで隠し通すのがアイドルってもんだろ。」
石狩が日高からこのセリフを聞いたのはもう何度目か。
「ほら、もういいから。今度は大丈夫そうな娘見つければいいじゃない。」
日高は口をとがらせながら言った。
「何かな……。もういいやって感じ。」
石狩はやれやれと言った表情で駅構内を見まわした。
「あったあった切符売り場。帰りの切符買っとくわよ。」
石狩は目を細めて料金表を眺めた。
「だいたい彼氏がいないなんて一言も言ってなかったんでしょ。」
「そりゃそうでしょ。彼氏のいるアイドルなんて推すわけないし。」
「そう? そんなことないわよ。彼氏いる宣言してても売れ続けてる人もいるでしょう。」
「まあ、それはもうアイドルとして売れてるんじゃないから。タレントとかだから。」
延々と続く言い合いを石狩は少し楽しんでいる様でもあった。
「開演まで結構時間あるわね。ちょっと服でも見に行こうかしら。」
日高は太った身体を団扇で仰ぎながらブウ垂れた。
「え、これ以上歩くの?」
石狩は意地悪そうな口調で言った。
「そうよ。あんた最近ヲタ芸も練習してないんでしょう。ちょっとは運動したらどうなの?」
日高は足がとても痛い事に気が付いた。
「いや、僕は喫茶店で待つとしますよ。フウ。」
石狩は日高を見下げる様にしてポツリと嫌味を口にした。
「また甘いもの? 太るわよ。」
日高はそれを無視して前方を指さした。
「あそこの喫茶店にいるから……。」
その後、二人は開演前までそれぞれの時間を楽しんだ。
石狩は綺麗にディスプレイされた服や靴、帽子にアクセサリー等を見てまわった。
何度も「買いたい!」という衝動に襲われたがコンサートに荷物を持ち込みたくはなかったし、もっとゆっくり時間を使って選びたかったこともあり我慢することにした。
日高が四杯目のスイーツを注文しようか迷っている時に石狩は戻って来た。
日高は少し名残惜しそうにしていたが二人はそのままコンサート会場に向かった。
「あそこのスイーツは神過ぎる。」
「ええ、確かにおいしそうだったわね。私も何か食べてけば良かったかな。」
日高は目をキラリと光らせながら提案した。
「今から戻る?」
石狩は半笑いで嫌がった。
「え、あんたと喫茶店? それはちょっと……。」
「いや、まじであれはうまかった。後悔するぞ……。」
石狩は少し立ち止まったがダイエット中であることを思い出して振り払うように先へ進んだ。
【人物紹介】※参考なので読まなくてもいいです。
私(フィナ・エスカ)… 異世界に転生したら進化型ボーカロイドになっていた
【私のマネージャー】
本田サユリ … 私のマネージャー。大学生。サナの姉。しっかり者
本田サナ … 私のマネージャー。9歳。サユリの妹。歌が大好き
【北都大学アイドル研究会】
十勝エイト … 代表。(株)コスパルエイド会長の孫
日高レンジ … 幹事
旭川セル … 会計
石狩ユキ … 幹事。アマチュアアイドル系バンドのボーカル




