89 緑と赤、再び
ニーケは真剣な眼差しで私に訴えた。
「地球人類に大きな危機が迫っているのかもしれません。」
うわっ。キタコレ!!
私はいきなりのその言葉をただ聞き入れるしかなかった。
「それって……。」
「あ、驚かせてしまってごめんなさい。実はミーネの記憶が蘇った時に少し嫌な予感がしたので『予知』のスキルを使って調べてみたのですが……。」
私はゴクリと固唾を呑んだ。
「うん。それで?」
「すると僅かな時間でしたが恐ろしい光景が見えてしまったのです。」
私は恐る恐る尋ねた。
「恐ろしい光景?」
「はい。例の『緑と赤』がすべての人々を得体のしれない邪悪な門の中に導いているといったイメージです。しかもそのビジョンが消される瞬間……。」
私はハッとした。
「消される?」
ニーケは血の気の引いた顔つきで話しを続けた。
「ええ、消される瞬間……緑と赤は私の方を見たのです。その刹那、彼女たちの顔が甲冑の面で覆われているにも拘らず笑っているのがわかりました。あ……。」
ニーケはフラフラッとよろめいた。
私は慌てて様子を聞いた。
「ニーケ、大丈夫?」
ニーケは薄っすらと汗ばんでいる。
「お気遣いなく……。いざとなれば全感知をオフにすれば苦痛は収まります……。ただ、それをしてしまうと私のインスピレーションが弱まってしまう恐れがありますので、できるだけこのままの状態を保ちたいのです。」
私こそ全感知オフにしたいよ……おお怖! ガクガクブルブル……。
「わかった。でもあんまり無理しちゃダメだよ。」
ニーケは少しずつ回復して来ている様だ。
「ええ、ありがとう。それで……折り入ってフィナさんに相談なんですけど。」
私は自分の恐怖を押さえて平静を装った。
「ええ、何でも聞いて。」ゴクリ。
ニーケは薄っすらと微笑むと私に打ち明けた。
「今回初めて『緑と赤』と間接的にではありますが接触することができました。けれど彼女たちを認識した刹那……"あれ"と同じ雰囲気を感じてしまったのです。」
まさか……"あれ"というのは……やっぱり。
「もしかして例の?」
ニーケは少し愁いを秘めた表情で私の目を見た。
「はい、私たちをあそこまで追い詰めた強敵『GmU』」の影が……。」
わーいわーいゲームだって……おもろないわ! 怖いわ! 怖すぎーっ!
「そうなんだ……。それは蟹江さんたちに相談しといた方がいいかもしれないわね。」
ニーケは心配そうに尋ねて来た。
「ご迷惑じゃないでしょうか?」
「ああ、その事なんだけど。実は……。」
私は先程の両親と蟹江さん、蛯名さんとの会議の内容を簡単に説明した。
ニーケは何かを考えながら呟いた。
「機密……ですか。」
私は少し心配になった。
「あの、あまりその『機密』とやらには触れない方が……。」
ニーケは私の気持ちを察して微笑んだ。
「大丈夫ですよ。スキルで覗き見たりなんかしません。それに宇宙ステーションの回線はホットラインですから私の及ぶ範囲ではありませんし。『予知』でもそう易々(やすやす)と目的の情報が手に入るわけではありませんので……。」
私は少し安心した。
「それなら尚の事、急いで相談した方がいいんじゃないかしら。ニーケ、今日の予定は?」
ニーケはまだ考えている様だ。
「今日の午後は自主トレなので時間の融通は利きますが……。」
私はニーケに自分の居間に来るよう促した。
「じゃあ早速蟹江さんたちに連絡しましょう。善は急げよ!」
さて、今から遡ること30分前。
3Dボカロの研究開発部主任の蟹江と蛯名は夏フェスの打ち合わせをしながら一緒に食事をしていた。
蟹江は会場のトイレについて文句を垂れていた。
「あそこトイレ混むのよね。あ、ごめんなさい。食事中……。」
蛯名は平気な顔で返事をした。
「あ、大丈夫みたいですよ。スタッフ専用の場所確保してくれてるみたいです。会議室の方ですけど。」
「え、ホント? 気が利く!」
二人が食事を終えて歯を磨こうとすると、急に電話が鳴り始めた。
「え、誰? こんな時間に」と言いながら蟹江さんが電話に出た。
「はい、もしもし。第1研究開発部の蟹江です。」
「……。」
蟹江は歯を磨き始めている蛯名の方を見た。
「ん? 誰も出ない……。もしもし?」
すると受話器の向こう側から声がした。
「もしもし、私は……そうですね、あなた方が言う所の『緑』です。」
蟹江はビックリしながらも受信モードをスピーカーにして蛯名にも聞こえるようにした。
「え、いたずらですか?」
緑は穏やかな声で返事をした。
「いやですね。私が緑だと確信しているくせに……。」
向こう側から笑い声が聞こえた。
蟹江は毅然として詰問した。
「あなたお名まえは? あなたたちの目的は何ですか?」
緑はそれに応えた。
「ああ、ごめんなさい。名まえは『緑』でいいですよ。私たちはフィナさんと話しがしたいだけなんです。彼女のスキル、一体どれだけ強力なんですか? ここの研究所の回線にすら入れない。そこで原始的な交信手段を取らせていただきました。」
蛯名は急いで口を濯ぐと蟹江の近くに寄って来た。
「あ、蛯名さんですか。はじめまして。」
二人は周りをキョロキョロした。
何で蛯名が近づいたことが分かった?
【人物紹介】※参考なので読まなくてもいいです。
私(フィナ・エスカ)… 異世界に転生したら進化型ボーカロイドになっていた
【私のマネージャー】
本田サユリ … 私のマネージャー。大学生。サナの姉。しっかり者
本田サナ … 私のマネージャー。9歳。サユリの妹。歌が大好き
【本田家】
本田トオル … サナとサユリの父。国際宇宙ステーションの研究者
本田サエコ … サナとサユリの母。国際宇宙ステーションの研究者
【ファランクス】ボーカロイド4人のユニット
アテナ・グラウクス … マネージャーは柿月ユタカ(ヨナの兄)
メーティス・パルテ … マネージャーは星カナデ
ニーケ・ヴィクトリア … マネージャーは春日クルミ
ミネルヴァ・エトルリア(ミーネ) … マネージャーは大地ミノル
【私のナビゲーター】
斎藤節子 … ナビゲーター。部長
ナミエ … 正式名称C73EHT-R。AIポリスの特殊捜査隊隊長。
新米ナビゲーター(仮)
山本春子 … ナビゲーター(自称)。私の喧嘩相手
【株式会社3Dボーカロイド】略して3Dボカロ
<研究開発部>
蟹江ジュン … 第1研究開発部主任。ボカロ協会社内役員。2児の母
蛯名モコ … 第6研究開発部主任。ボカロ協会社内役員。
美人。ヲタク。蟹江の大学講師時代の教え子




