85 氷のオブジェ
私たちは家に戻った。
「ねえ、家で休んでく?」
ミネルヴァは嬉しそうに声を上げた。
「フィナの居間、見てみたいな!」
「あ……!」
その時私は"あれ"の存在を思い出した。が、後の祭りだった。
よし、先回りしてさっさと片付けよう!
「じゃ、じゃあ先に入って準備しておくね……。」
私は急ぎ足で居間へと向かった。
寝室を通り抜けて居間のドアを開けるとその氷のオブジェは何事もなく聳え立っていた。
さてと、消し去るとしますか。
するとその時……私の脇をスッと通り抜けてミネルヴァが入って来てしまったではないか!
「あ……。」
ミネルヴァは辺りを見渡し感動した様子だった。
「うわ~! 綺麗! 前から来てみたかったんだ。フィナさんの居間!」
多分他の三人から色々聞かされていたのかもしれない。
ミネルヴァは早速ひときわ目立つその物体に興味をそそられた様だ。
「うわ~! 何これ、氷?」
「ミーネ、勝手に入って行ったらダメ……。」
後から入って来た三人もそれに注目した。
アテナはその氷のオブジェを見つめた。
「あら、素敵なオブジェね。氷?」
ミネルヴァはそれに手を近付けて叫んだ。
「あ、これ涼しい! ヒンヤリしてるよ!」
アテナとメーティスもそこに近づいて行く。
「おお、これは素敵な。実用性も兼ねたオブジェってわけだね。」
ニーケは……そこにある『何か』に気が付いて固まっている様だ。
今日はよく固まるね……。
メーティスもその何かに気付いた様だ。
「あれ、何か入ってるぞ……人?」
アテナも不思議そうにしていた。
「フィナ、これは?」
誤魔化しようの無い場面。私は思わず小さな声で言った。
「そ、それは私のナビゲーター……かな?」
メーティスも不思議そうに呟いた。
「何故フィナのナビゲーターがこんな所に?」
ミネルヴァが明るい声で説明した。
「きっと涼しくしてあげてるんだよ。そうでしょう!」
私はアタフタしながら答えた。
「そ、そう! 何か暑そうにしてたから……。」
言いながらニーケの方を見やると彼女は真っ青な顔をして未だ硬直していた。
私はニーケに近づいて小さめの声で言った。
「ニーケ、大丈夫?」
ニーケはハッとして我に返った。
「あ、だ、いじょうぶ……ですよ。」
あぁショックが大きすぎたか……。
アテナは私に山本の事を尋ねて来た。
「そう言えばフィナの家にはよく来てたけど、ナビゲーターに会うのは初めてね。名まえは何ていうの?」
ニーケはガッと口を半開きにして驚愕した様な顔つきをした。
私は聞こえるかどうかの小さな声、しかもめっちゃ早口で言った。
「山本春子……だったかな?」
「え、やまも……山本春子だって!?」
アテナとメーティスもニーケ同様驚愕の表情になった。
あ、この人たちにも名前が轟いてたのね……。
メーティスはオブジェの中のそれを興味津々という顔で見つめた。
「これがあの山本氏か……。」
アテナも同様の素振りで呟いた。
「まさかフィナのナビゲーターがあの……山本氏だったとは……。」
ミネルヴァは二人を不思議そうに見ながら言った。
「ねえ、もうそろそろ出してあげたら? 山本さんだっけ? あんまりここにいると冷え過ぎちゃうよ?」
ニーケは更に口をガっと開いて危険を察知した様な、とにかく物凄い顔つきをした。
アテナは慌てふためきながらミネルヴァを制止しようとした。
「今日は暑いし、どうかな……もう少しこのままにしておいた方が……。」
ニーケも速攻でそれに同意した。
「そうよミーネ、ほら御覧なさい。彼女もすごく気持ち良さそうにしてるでしょう。」
ミネルヴァは山本をまじまじと見た。
「そうかな~。何か『しまった!』って感じの顔に見えるけど……。」
アテナとニーケは困った顔をしながらも何も言えない様子だった。
メーティスも「あちゃ~」といった感じで眉をひそめ目を瞑ってしまった。
ミネルヴァは私の方を見てお願いして来た。
「ねえ、私この人と話してみたいな。出してあげてくれない?」
ミネルヴァのキラキラと輝く素直な瞳を前に、私は断る術を知らなかった。
「解除……。」
ニーケは物凄い速さで何度も首を横に振ったがもう間に合わない。
氷がすべて消失し、元気に拳を突き上げた山本がその姿を表した。
「イヤッホー!」
山本はニヤリと私をチラ見するとミネルヴァの方へと近づいて行った。
「ああ、この度は私を助けていただいてありがとうございます。」
ミネルヴァはニッコリとした笑顔で答えた。
「いえ、それより大丈夫ですか。」
「……‼」
その言葉を聞いた途端いきなりびっこを引きずり出す山本。
「あいつつつ……。あ、大丈夫です。心配には及びません。あいてて……!」
皆ジトッとした目つきでワザとらしいかっこつけマンをただ眺めていた。
ミネルヴァだけが心配そうな顔付で肩を貸そうと声を掛けた。
「さあ、私につかまって!」
「ありがとうございます。親切なお嬢さん。」
これ悪い魔女の常套句じゃね?
私はその場を誤魔化す為もあり、ささっと五人分のお茶とお菓子を用意した。
「さあ、みんな座って。お茶の用意ができたわよ。」
皆、山本を気にしながらも取り敢えずソファーに腰を下ろした。
ミネルヴァも山本を座らせると自分もその隣りに座った。
私は引き攣った笑顔で皆にお茶を勧めた。
「さあ、私がマニュアルで作ったスペシャルケーキよ! 絶対においしいんだから!」
メーティスはケーキを一目見て目を輝かせた。
「おお、これは美味しそうだ!」
アテナも艶のあるカラフルなそのケーキに目を向けた。
「ホント綺麗。それにとってもいい匂いがするわ。」
ミネルヴァは瞳も輝かせた。
「わ~! 私甘いもの大好き! ケーキ大大大好き!」
ニーケも山本が思いの他狂暴でない様子だったので少し落ち着いて来ていた。
「ふう、私もいただこうかしら。何だか疲れちゃったわ……。」
そして5分後。
ミネルヴァと山本はお互いのほっぺたを引っ張り合ってゴロゴロ転がっていた。
「私のケーキ返ふぇ~!」
「ふん! いいじゃないのお! クェチ!」
「何だと~! 面白い髪型しやあって!」
「ふんだ! このハサイウヒ! イフォフォンブォ!」
ニーケがやれやれといった表情で呟いた。
「年齢同じくらいなのがここにも居たみたいね……精神年齢の方だけど……。」
メーティスも喧嘩の仲裁に入ることなく紅茶をすすっていた。
「いい喧嘩友だちもできて、今日はすべて発散し切れたみたいだね。よかった。」
アテナは完全に無視していた。
「これホントおいしいわ! ねえフィナ、今度作り方教えてよ!」
何かこの人たち私に会う度お下品になってない?
【人物紹介】※参考なので読まなくてもいいです。
私(フィナ・エスカ)… 異世界に転生したら進化型ボーカロイドになっていた
【私のマネージャー】
本田サユリ … 私のマネージャー。大学生。サナの姉。しっかり者
本田サナ … 私のマネージャー。9歳。サユリの妹。歌が大好き
【ファランクス】ボーカロイド4人のユニット
アテナ・グラウクス … マネージャーは柿月ユタカ(ヨナの兄)
メーティス・パルテ … マネージャーは星カナデ
ニーケ・ヴィクトリア … マネージャーは春日クルミ
ミネルヴァ・エトルリア(ミーネ) … マネージャーは大地ミノル




