82 みんなでジョギング
この朝、私はいつもより早目に起床した。
ソファに座り寝起きの紅茶をゆっくりと飲みながら最近設置したばかりの『窓』から入る日の光をぼんやりと眺めていた。
窓の右側にはこれまた設置したばかりの背の高い観葉植物が気持ち良さそうに日光浴をしていた。
そして窓の左手には氷のオブジェが日の光に照らされてキラキラと輝いていた。
私はその氷のオブジェのある部分をスキルを使ってグリっと刳り貫いた。
すると、そこには『顔』があった。
その顔は相も変わらず偉そうな口をきいて来た。
「あんた! さっさとここから出しなさいよね! このオタンコナス!」
いつもならここでサッと氷を元の状態に戻すのだが、今朝の私には少し気持ちの余裕があった。
「ふ~ん、それで?」
その顔は文句を垂れ続けた。
「あ! 背中かゆ! ちょっと! かゆいじゃないの! さっさとここから出して背中かきなさいよ! このウスラトンカチ!」
「……。」
「ゾウリムシ~。ダンゴ虫~。ゲンゴロウ……。ベンジョ虫!」
「はい、そこまで!」
私は氷をいつもの状態に戻しその顔をふさいだ。
「あ~あ。ゲンゴロウまではなんとかセーフだったんだけどなぁ。おしい! 最後のベンジョ虫! あれはないわ~。残念でした! しばらくまたそうして反省なさい。」
私は「しまった!」という表情のまま固まっているその顔をみながら二杯目の紅茶を飲み始めた。
午前6時。そうこうしてる間に約束の時間になった。
今朝はファランクスの四人と一緒にマラソンをする予定なのだ。
まあ、外ではグレイマンの話しは無しという約束で……。
私は運動着に着替えてから玄関に行き、お気に入りのジョギングシューズを履いた。
ドアを開くと四人はもう庭の外でウォーミングアップを始めていた。
皆、ファランクス専用のスポーツウェアを着こんでいた。
シューズもどうやらお揃いだ。
「おはよう!」
私が声を掛けると皆こちらを向いて挨拶して来た。
アテナは元気に右手を挙げた。
「おはよう、フィナ!」
メーティスはいつもながら格好よし。
「やあ、フィナ、おはよう! 気持ちのいい朝だね。」
ニーケは可愛らしい笑顔と仕草で私を萌えさせた。
「おはようございます。フィナさん。」
ミネルヴァが私の方に走り寄り話しかけて来た。
「ご挨拶が遅くなり申し訳ありません。この度はいろいろとご配慮していただきありがとうございました。」
ミネルヴァがキラキラした大きな瞳で私を見つめた。
どわーっ! か、かわえ~‼
「いえいえ、お気になさらず……。」
やべえよ。ファランクス完全にキャラ揃ってるじゃんよ! 私の入る余地ナッスィング‼
「さ、さあ! みんな行くわよ!」
私がどんどん林の方に向かって走って行くと、アテナは大声で私を呼び止めた。
「ちょっと、今日は池の方回るんじゃなかったの?」
私は180度ターンして元居た場所に戻った。
「やあねえ、じゅじゅ準備運動よ!」
皆クスクスと笑った。
特にミネルヴァはお腹を抱えてゲラゲラ笑っていた。
うん、私お笑い担当ね。ラジャー!
私たちは林に向かって九時の方角へ走り出した。
私は足の速さについてはまあまあの自信があった。
前世では子どもの頃から肺活量を鍛えるために結構早起きして走ったものだ。
どうやらその努力が今世のステータスにも影響しているらしい。
とは言えそれ専門に鍛え上げているアスリートほどではないが。
で、この人たちはそのアスリートの中でも上位層なんでしょうね、きっと……。
私の家から池までは約7㎞ほど。
マラソンコースに最適な走りやすい一本道だ。
アテナとメーティス、ミネルヴァの三人が私たちの少し前を元気よく走っていた。
その後に私とニーケが付いていってる感じだ。
私はニーケに聞いた。
「あの2人はこんなゆっくり走っててもいいの? なんか私に合わせてくれてるみたい。」
ニーケは笑顔で答えた。
「心配なさらなくても結構よ。みんな重力感知や痛点感知のレベルを上げてあるから問題ありません。」
「成程! でも痛点感知って平均より1段階上げただけでメチャクチャ痛くありませんか?」
ニーケは笑顔で答えた。
「平均が5で今は8か9ですから、彼女たちは3段階くらいは上げてるんじゃないかしら。」
「な、なぬ~! だってメチャクチャ元気そうに走ってますよ。」
よく見るとアテナとメーティスの足音がバン、バンと音を立てていた!
「てことは重力感知も……。」
「ええ、やはり3段階くらい上げてるんじゃないかしら。」
「え! 本当ですか? 私なんて1つ上げただけで殆ど動けませんでしたよ。」
試しに2段階上げてみたら微動だにできなかった事は伏せておこう……。
「まあ、あの二人はそうゆうの好きみたいですし。いいんじゃないですか?」
私はニーケの言葉に少し救われた。
「ニーケはレベル上げてるの?」
「私とミーネは2段階ずつしか上げていません。」
ぎょえ~! それでこの余裕ですか!
よく見るとニーケの足元の地面もかなり抉られていた。
「私もレベル上げてみようかな……。」
私がボソッと呟くとニーケは優しく言葉を掛けてくれた。
「無理なさらないで下さい。私たちは前世での修業が尋常ではなかったのですから。」
「ま、そうですよね。あれ? でもミーネは……。」
ニーケは視線をミネルヴァの方に向けた。
「ええ、不思議なことにあの年齢設定で私たち並みの身体能力を持ち合わせてますの……何か 因縁の様なものを感じます。」
彼女もニーケたち同様過酷な戦場でも渡り歩いていたのだろうか。
「でも前世ではミナミちゃんだったからな……?」
ニーケは肯いた。
「はい、そうなんです。ミナミちゃんは特に運動能力が際立っていたわけではなかったと、マネージャーのミノルさんが言っていましたし……。」
【人物紹介】※参考なので読まなくてもいいです。
私(フィナ・エスカ)… 異世界に転生したら進化型ボーカロイドになっていた
【私のマネージャー】
本田サユリ … 私のマネージャー。大学生。サナの姉。しっかり者
本田サナ … 私のマネージャー。9歳。サユリの妹。歌が大好き
【ファランクス】ボーカロイド4人のユニット
アテナ・グラウクス … マネージャーは柿月ユタカ(ヨナの兄)
メーティス・パルテ … マネージャーは星カナデ
ニーケ・ヴィクトリア … マネージャーは春日クルミ
ミネルヴァ・エトルリア(ミーネ) … マネージャーは大地ミノル
【私のナビゲーター】
斎藤節子 … ナビゲーター。部長
ナミエ … 正式名称C73EHT-R。AIポリスの特殊捜査隊隊長。
新米ナビゲーター(仮)
山本春子 … ナビゲーター(自称)。私の喧嘩相手




