79 会議の後はミーティング…
会議は終了し、蟹江と蛯名は社長室に移動した。
フィナとファランクス、そしてグレイマンについて内々で話し合うためのミーティングを行う為だ。
このミーティングには社員の他に親会社コスパルエイドの副社長である空知モモエ、情報科学国際研究センター日本支部の久保田ソウキチと相田川ハナコ、警視庁サイバーポリス特殊犯罪対策室の早見ライザと和田サトシ等が出席することになっていた。
研究所の二人と3Dボカロ社の社長を含む幹部四人が参加者を出迎えた。
全員が着席し、蛯名と鯛島がお茶を出し終わった頃を見計らって3Dボカロ社の金本社長が発言した。
「皆さん、こんな遅い時間に集まっていただきまして、どうもありがとうございます。今日はざっくばらんに、忌憚無きご意見を交換できたらと考えています。」
先ずは早見が挙手した。
「すいません。よろしいですか。サイバーポリス特殊犯罪対策室室長の早見と申します。」
皆が「おお!」という期待の目で彼女を見た。
「資料の方を見させていただいたんですが、このフィナ・エスカというAI……ボーカロイドですか。というのはそれ程人間に近いんですか? これを見ると、まるで人間と会話している様に感じるんですが……。」
それには蟹江が答えた。
「はい、実は一応彼女にスタンバってもらっているんですが、繋いでもよろしいですかね……。」
空知が興味津々な顔で言った。
「ええ、私も是非見てみたいわ。金本社長ったらすごいすごいって自慢するんですもの。」
金本はニカッと笑った。
「じゃあ蟹江さん、お願いします。」
蛯名はノートパソコンを操作しながら席の移動を促した。
「ではこちらのテレビに映しますので、見えにくい方はちょっと移動してください。」
金本社長は後ろを振り返って空知の方を見た。
「あ、そうか。どかなきゃな。」
空知はいつもの様に迷惑そうな目で金本社長を見ながら手をサッサッと振った。
テレビがついて暫くするとそこに一人の若い女性が映し出された。
「こんばんは。フィナ・エスカと申します。」
皆が目を見張る中、和田が間の抜けた声で質問した。
「あれ、フィナさんて人間だったんでしたっけ?」
フィナは笑顔で返した。
「私は人間ではなくボーカロイドですよ。」
和田は全く信じられない様だ。
「え? 冗談でしょ。」
空知と久保田はただ口をポカンと開け放している。
相田川ハナコは少し引き攣った笑顔でフィナに話しかけた。
「あの、お話しできるんですか? 私たちと。」
フィナは少し照れながら答えた。
「はい、日常会話っていうのも変ですが……。難しい事はよく分からないんですけどそれ以外の普通のお話なら。」
先程まで余裕の笑顔で進行していた金本社長は……いや、社長だけではなく3Dボカロ社本部の幹部である他の三人も何故かめちゃくちぇ驚いていた。
蟹江はニヤケながら金本社長に聞いた。
「金本社長、どうされましたか?」
金本は確かにファランクスとフィナのお礼の映像を見ていた。
しかしそれは、相手が一方的に話しかけて来たものであり、まさかこんな対話能力が備わっているとは思っていなかったのである。
「え、い、嫌ね……話せたんだ……。すごいね。」
空知はフィナから目を離すことができずモニターを見ながら横にいる金本社長を肘で付いた。
「ちょっと、あなたが驚いててどうすんのよ! それは私たちの役目だわ!」
金本社長もフィナの方を見ながら気の抜けた声で返事をした。
「め、面目ありません……。」
金本社長と空知モモエは同郷の幼馴染だ。
子どもの頃から金本は空知に頭が上がらない関係にあった。
金本は3Dボカロ社の社長を務める前は親会社であるコスパルエイドの社員であったが、その時も空知の部下であり、社長になったのも空知の意思に依る所が大きかったのだ。
さて、漏れなく呆気に取られていた早見もようやく現実を見据えようと努め出した。
「つまり、この人がボーカロイドのフィナ・エスカさんという事でよろしいんでしょうか。」
蟹江はにこやかに答えた。
「はい、彼女こそがフィナ・エスカさんご本人です。」
久保田は少し落ち着いて来ると何故この様なボーカロイドが存在するのかを考え出した。
「フィナさん、ちょっとよろしいかね。」
フィナは笑顔で答えた。
「はい、何でしょうか。」
皆、フィナの一挙手一投足を全集中力をもって観察した。
久保田はゆっくりとした口調で尋ねた。
「フィナさんはその……ブースターでしたっけ? それでここまでの成長を遂げられたという事ですが、その前はどんな感じだったんですか?」
フィナは答えた。
「はい。この質問につきましては蟹江さんの方から話していただいた方がよろしいかと思いますので……。」
これは蟹江と蛯名が今回のミーティングで出されそうな議題や質問を予想し対策を練っておいたものの一つであった。
蟹江はニッコリとした表情で返答した。
「では、私の方から答えさせていただきます。」
皆やっとのことでフィナから目を離し蟹江の方を向いた。
「これは極秘扱いでお願いしたいんですが、実はフィナ自身につきましては最初からこうゆう状態でした。これは3Dボカロ社本部の今いらっしゃる方々には事前に言っておいたと思うんですが……。」
空知が金本社長を睨みながらゆっくりした口調で言った。
「金本さん、どうゆう事?」
金本社長は空知をチラ見すると額に汗を垂らしながら言い訳した。
「いや、確かにそう聞いてはいましたが、まさか……こんな風だとは思ってもみなかったもので……。」
蟹江は社長たちをフォロウした。
「いえ、私の説明も言葉足らずだったと思います。申し訳ありません。」
早見はそんな事どうでもいいとばかりに一緒に来ていた和田に質問した。
「では彼女はソフトを立ち上げた当初からこうだったと……和田さんはどう思いますか?」
和田サトシは早見が室長を務めるサイバーポリス特殊犯罪対策室の研究部でリーダーをしており、こういったAIを扱った事案にも精通していた。
だが、これは……。
いきなりの質問に和田は戸惑いながらも何とか答えようとした。
「う~ん。ソフトの初期設定にもよりますがフィナさんが現にこうゆう状態にあるという事は事実ですから……。」
歯切れの悪い回答に、早見は和田ですらも理由が分からないことを悟った。
蟹江は皆が事態をまだ呑み込めていないのを尻目に話を進めた。
「まあ、私も最初は驚きましたが、今は取り敢えず受け入れてもらうよりありません。」
蟹江はその後、ファランクスのブースターエンジンの正体が『フィナとの会話』にある事実を明らかにした。
皆もう何が何だか分からないといった感じになった。
だが暫くすると、逆にもう何でも来いといったある意味悟りを開いた境地に達していた。
【人物紹介】※参考なので読まなくてもいいです。
私(フィナ・エスカ)… 異世界に転生したら進化型ボーカロイドになっていた
【前世】
ヨシエ … 前世で地下アイドルユニットを組んでいた仲間
スミレ … 前世で地下アイドルユニットを組んでいた仲間
カナ … バイトの仲間。新人
【私のマネージャー】
本田サユリ … 私のマネージャー。大学生。サナの姉。しっかり者
本田サナ … 私のマネージャー。9歳。サユリの妹。歌が大好き
【ファランクス】ボーカロイド4人のユニット
アテナ・グラウクス … マネージャーは柿月ユタカ(ヨナの兄)
メーティス・パルテ … マネージャーは星カナデ
ニーケ・ヴィクトリア … マネージャーは春日クルミ
ミネルヴァ・エトルリア(ミーネ) … マネージャーは大地ミノル
【私のナビゲーター】
斎藤節子 … ナビゲーター。部長
ナミエ … 正式名称C73EHT-R。AIポリスの特殊捜査隊隊長。
新米ナビゲーター(仮)
山本春子 … ナビゲーター(自称)。私の喧嘩相手
【株式会社3Dボーカロイド】略して3Dボカロ
<研究開発部>
蟹江ジュン … 第1研究開発部主任。ボカロ協会社内役員。2児の母
卯月カナメ … 第2研究開発部主任。
白鳥マイ … 第3研究開発部主任。天才。息子1人
熊谷トシロウ … 第4研究開発部主任。妻死去。息子1人娘1人。酒好き
午藤コウジ … 第5研究開発部主任。柔道4段。妻、息子1人
蛯名モコ … 第6研究開発部主任。ボカロ協会社内役員。
美人。ヲタク。蟹江の大学講師時代の教え子
未木タツヤ … 第7研究開発部主任。バンドVo.、ビリヤード
龍崎アヤネ … 第8研究開発部主任。彼氏あり
<本部>
金本センタロウ … 社長。ボカロ協会会長。空知モモエの幼馴染
波岡ギンペイ … 営業部部長
銅崎ササエ … 人事部部長
鯛島テツコ … 経理部部長。研究開発部担当
【株式会社コスパルエイド】大手IT企業。3Dボカロの親会社
空知モモエ … 副社長。金本社長の元上司で幼馴染
【警視庁サイバーポリス】
早見ライザ … 特殊犯罪対策室の室長
和田サトシ … 特殊犯罪対策室研究部のリーダー
【情報科学国際研究センター】国直属の機関
久保田ソウキチ … 日本支部サイバー犯罪対策課相談役
相田川ハナコ … 日本支部サイバー犯罪対策課総合研究部の部長




