618 鷹を奪え!
先程と同じ躱し方だときっと動きを悟られてしまうだろう。
水野は木の陰に隠れながら下方に向かって回避することにした。
上方に逃げれば先の先(つまりはカウンター)を受ける恐れがあった。
だが、鷹は地を穿たぬよう落ち際に勢いを殺さねばならない。
つまり下に向かって避ければ向こうもこちらを捉え難いと考えたのだ。
そこで水野は鷹から目を離さないようにして木の陰に回り込むように下方へ回避した直後、急ぎ上昇するという策を立てた。
鷹は地に足を着いた後、そのままこちらを追ってくることはないだろう。
両者の水平速度はそれほど変わらない上にカラスの方が小回りが利くとなれば鷹は上空からの急降下を利用するしかないからだ。
ましてや鷹匠に訓練されていれば猶更だ。
さて、いよいよ鷹が目の前まで襲いかかってきた。
水野は今し方立てた策に従って鷹の攻撃を巧いこと躱しながら今度こそその減速の様子を見定めた。
「成程、翼を反らせるようにして大きく広げるのか。そして素早くばたつかせる。体制もまっすぐ(垂直)から水平にして脚と爪も大きく広げる……。」
水野は鷹のその時の体勢をしっかりと頭に刻み込んだ。
またもカラスに避けられた鷹はすぐさま次の攻撃に備えて上空へと向かって行った。
「さっきより身の運びが早い。どうやら手慣れてきたようだ。」
そして水野が休む間もなく鷹は彼女に襲い掛かって来た。
「焦りは禁物……こういう時こそ落ち着かねば……。」
高所から迫りくる鷹を視界に捉えたその瞬間、水野は鷹への憑き変えを実行した。
すると視界は一変した。
何と凄まじい速さか!
鷹となった水野はイメージ通り、その翼を反らせるように大きく広げ脚と爪も思い切り左右に開いた。
瞬間、その羽全体に強烈な風圧を感じた。
それでも大地は見る間に近づき水野は広げた足を踏ん張った。
だが、カラスで翼の操作に慣れていたこともあり減速は思った以上にうまく行った。
水野は地面に足を付けると少しずつ身体の力を弱めながらカラスの方を見た。
カラスは何が起きたのか分からず硬直状態であった。
水野はそのカラスを傷付けぬよう気を配りながら両の脚で掴むとすぐにその場を立ち去った。
後ろの方で鷹匠の口笛が何度も聞こえたが当然のことながら無視した。
水野は途中、自分が咄嗟に取った行動を省みた。
「うーむ……バレちゃいないとは思うが、どうにも怪しまれたようだな。さて、あいつらはこの動きをどう見るか……。」
ゴギャクたちの視界から完全に離れたあたりで向こうの方からハヤブサが飛んで来た。
火柱だ。
火柱は天女を通じて問い掛けて来た。
「ソウコ、一体何があったっての?」
水野はそのまま飛びながら事情を説明した。
火柱は話を聞いてやっとの思いで逃げて来た水野を案じた。
「え、そんなことが……! ソウコ、大丈夫なん?」
「心配ないよ。けど、あっちは不審に思っとるじゃろうのぉ……。やつらが用心深うならんとええが。何せ自分らの鷹がカラス掴んで、そのまま何処ぞへ飛んじまったんだからなぁ……。」
「そうか……なら、こうゆうのはどうだ?」
火柱の思い付いた策の段取りはこうである。
ハヤブサの火柱が鷹の身体を鷲掴みしている間に水野がカラスに憑きなおす。
そして、火柱は鷹と戦闘状態となる。
鷹がハヤブサと戦闘しているうちに水野は逃げる。
火柱は鷹を誘導して鷹匠の元に返す、というものだ。
確かにうまく行けば急におかしな行動をとった鷹が実は遠方の敵(つまりハヤブサ)を察知してそちらに向かったのだと錯覚させることができるかもしれない。
だが、水野はそれがとても危険な行為であることにも気付いていた。
この鷹と相対することは如何にハヤブサとて無茶な振る舞いってもんだ。
「それじゃあグレンが危なすぎやろ。」
火柱は自信あり気にその意見をはねのけた。
「いや、このハヤブサにゃあ申し訳ねぇが、仮にこいつがやられても私が死ぬわけじゃあない。けど、こっちの術を警戒されたらかなりの痛手やろ? それこそ死人が出るやもしれん。」
水野はその意見にぐうの音も出なかった。
「……分かった。ならくれぐれも気を付けてな。因みにその手立て、グレンが考えたんじゃないやろ。」
「へっへっへ、ばれとったかぁ。ああ、ヘスティアに相談したった。ついでに言うと今の返しもな。」
水野は一人苦笑いした。
「けど、天女様がそこまで口出ししちゃっていいんかね。」
するとその呟きに対しアンフィトリテが「まあ、ヘスティアだからね」と平然と言って返した。




