617 カラスが見当たらないのだが
水野は村の上空を旋回しながら様子を見た。
焼け焦げた家、刺さったままの弓の矢、そして白骨化した多くの死骸。
服の劣化の度合などから恐らくここ一年の間に滅ぼされてしまったのだろうことが推測できた。
これもゴギャクたちの仕業なのだろうか。
中には子どもやそれより小さい者の骨も見受けられた。
「かわいそうに……。しかし、何て奴らだ! 抗えん人々をこれほどまでに追い詰めるとは! これが人の行いと言えるのか!?」
「それにしても妙だな、何か引っかかる……。」
水野はこの村の雰囲気に違和感のようなものを覚えた。
「何だろう……そう言えば自分の他にカラスが見当たらない?」
いつもであればそこにいる数匹のカラスに紛れて行動し自分を目立たなくすることができるのだが、ここではそれができそうもなかった。
「しかし、何故この村には一羽のカラスすらおらんのか……。羽は落ちてるから何処かに潜んどるんかも知れんけど……。」
水野が更に村の奥まで進むと、その場所には不釣り合いな者たちがたむろしていた。
間違いなくゴギャクたちが合おうとしている輩であろう。
水野はその近くの大木の枝に留まり彼らの様子を見た。
煌びやかな馬具をまとった立派な馬が三頭とそれに乗って来たと思われる男が三人。
見た目からするとどうやら商人とその用心棒のようであった。
彼らが口に当てているキセルもかなり豪華そうな代物だった。
「こいつはゴギャクたちの後ろ盾に他ならない。金品でも渡すつもりか?」
彼らがゴギャクを支援する理由をあれこれ考えていると、当の四人が視界に入って来た。
ゴギャクたちは馬から降りるや商人たちに膝まづいた。
そして、ゴギャクではなくトアクが一番前に出て挨拶を交わした。
「お越しくださり、恐悦至極にございます。」
商人の代表と思われる男は真面目な顔でトアクに声を掛けた。
「かの儀、手抜かりはござるまいな。」
「御意にございます。」
かの儀とは何のことだろう?
水野がそう思いながら聞き耳を立てているとその商人が不可解なことを言い出した。
「されば、例のシチヨウの使いと申すはあれのことかな?」
トアクは何と水野のカラスを一瞥した。
「そうにございます。」
すると商人は一緒に来ていた用心棒らしき男を見て一つ頷いた。
水野はその用心棒の少し変わった服装に注目した。
「よく見ればあの用心棒、変わった格好をしている…。いや、どこかで見たことがあるぞ……あれは……まずい!」
用心棒がピーッ! と口笛を吹くや上空からバサッという大きな羽音が響いた。
水野はそちらを見る間もなく木の反対側に回り込んだ。
するとその瞬間、大きな影が水野の目の前を過った。
「鷹だ!」
水野は頭をフル回転させた。
このままだとあの鋭い爪で引き裂かれてしまう!
鷹はその翼を誇示するように大きく広げながら上空の元の位置に舞い上がっていった。
鷹の急降下の速度は水平飛行時の四倍(時速300㎞以上)でありカラスがいくら敏捷といえど一溜まりもないのだ。
水野は先程ふと考えた方法を実行するしかないと考えた。
それは鷹に憑き変えるというものだ。
そして、カラスをその足で掴んでそこからとんずらする。
カラスをその場に残さないのは装着している装具の中にある憑石を奪われるわけにはいかなかったからだ。
だが、鷹に憑き変えたとてあの速さ。
もし減速に失敗でもしたら地面に激突してしまうことだろう。
何よりその様子からこの術を悟られかねない。
「確か、バサバサっと何度か翼を羽ばたかせていたようじゃが……。」
水野は鷹がどうやってその速さを殺すのか今一度見ておく必要があった。
そんなことを考えているうちに上空に舞い戻っていた鷹は凄まじい勢いでこちらに向かって来た。




