616 滅ぼされた村
木陰はタエとハナコを連れて炊事場へと向かった。
三人が去った後、木陰の父は先程娘から聞いた内容を皆に告げた。
月影の棟梁は「何と! そうであったか……」と驚きの様子を見せた。
そして束の間の沈黙の後、水野たちの考えについて尋ねた。
「して、あいつらはどうする積もりなんじゃ?」
木陰の父はそのことについてはまだ娘から聞いていなかった。
「この話は今し方ユメノから入ったばかりにて、恐らくはまだ思案の最中かと。」
棟梁は納得した様子で頷いた。
「うむ、それもそうか……。しかし、これは一体どうしたものか。」
その頃水野も空を飛びながらこの件について考えていた。
だが、なかなか具体的な案を思い付くには至らなかった。
何れにしてもタエか若しくは人質の子どもたちを危険に曝すことになるまいか。
そうならない為には子どもらをこちらで逃がすしかないのだが……。
ふと見下ろした上空からの景色に水野は今更ながら心動かされた。
「ああ、空から見る山々のなんと壮大で美しいことか……。」
水野は気晴らしに少し高度を上げてみた。
すると下の景色はぐんぐん小さくなっていった。
だが、水野は余りにも高い場所まで来てしまい少し怖くなった。
「ははは、ちょっと上にやり過ぎたかな。」
水野が高度を下げようとしたその時、サンガ村から四頭の馬が出て行くのが見えた。
その先頭には何とあのゴギャクが騎乗しているではないか!
水野はそれを見やりながら考えた。
奴は今日何処かへ向かわなけりゃならなかったんだ!
考えてみれば子どもに危害を加えるのは午前中だってよかった筈だ。
だが、それを敢えて日が落ちるまでとしたのは奴が村を離れざるを得なかった何らかの事情があったからに違いない。
他の馬には叔父のトアク、そして用心棒らしき男と恐らくはその手下と思われる者が騎乗していた。
「トアクまでも……誰か人と会うのか?」
ゴギャクとトアクが直接会いに行かねばならないとなれば然るべき誰ぞ……。
これは突き止めておく必要があるかもしれない。
水野は天女たちを通して今見た内容を皆に伝えた。
そして、自分はゴギャクたちを追いたいと申し出た。
火柱はゴギャクと聞いて少し不安になった。
「私も一緒に行こうか?」
カラスの日土は並行して飛んでいるハヤブサの火柱を見ながら肩を竦めた。
「グレンちゃんは目立ち過ぎるよ。私が行く。」
水野は二人の提案に感謝しつつ丁重に断った。
「二人ともありがとね。けんど、ここは私一人で行くよ。二羽も揃えば目を引くし ひょっとするともう勘付かれてるかもしれないからね、私たちの『これ』に。」
火柱の父はそれを聞いて水野に助言した。
「ソウコよ、死なぬからとて決して無茶はするなよ。それとな、もしも連絡が途絶えたらすぐ探しに行けるよう居所は知らせておけ。」
金城の父も少し心配そうな声で水野に助言した。
「特にあのトアクにゃあ気を付けろ。何考えてるか分かりゃあしねえからな。」
水野は小舟の頭上を小さく旋回するとゴギャクたちの馬を追って行った。
馬は山道ということもあり直線でも時速25㎞程度、しかも道は曲がりくねっていた為すぐにも追いつくことができた。
水野はこのカラスの飛ぶ能力に改めて驚かされた。
「まあ、慣れの問題だとは思うが……もっと飛ばせそうではあるな。」
カラスは個体にもよるが普通に飛んでいるときでも時速40㎞ほど、飛ばせば時速80㎞に達することもあるという。
しかし、その最大速度は水野にとっても未経験であり、そこまで飛ばす勇気はまだなかった。
さて、ゴギャクたちが行き着いたのはサンガ村から四里(およそ15㎞)ほど行ったところにある寒村だった。
だが、よくよく見るとその村の家屋の殆どは既に焼かれており真っ黒な柱が目立っていた。
水野はそれを見て思わず眉を顰めた。
「何だここは? 場所的にサンガ村が管轄していた村の筈やけど……。」




