606 村人をどう救うか、それが問題だ
打ち合わせを済ませたサンガ村の五人衆はユメノの憑いた野鼠と共にシチヨウの里を後にした。
台場タエとハナコについてはそのまま月影の家で匿うこととなった。
帰路の途中、五人は今後のことについて話し合った。
先ずは村人の中でもゴギャク側に付いていそうな人間を選別しなければならない。
だが、果たしてそんなことができるのだろうか?
仮にゴギャクの手足になっていたとしてもそれは人質を取られているからかもしれないし、または単に恐怖心から逆らえないでいるだけかもしれない。
改めて考えてみればゴギャクが帰ってくる前はそれ程問題もなかったではないか。
牢に入っていたのもトアク一人であった。
つまりそれは村人たちが個人差はあれど互いに配慮できていたことの現れではないのか。
となれば……タイチロウはぽつりと呟いた。
「トアクとゴギャク以外の村人は何とか救いたいものだがな。裏切者がいなけりゃあの話だが……。」
ジロウとサブロウも同じような考えに至っていた。
とは言え、人間というものは環境に左右され易く自分や近親者の命が懸かっているとなれば尚のこと常軌を逸した行動に出るだろうことも承知していた。
ザンシロウにしても裏切りそうな者の心当たりがなくもなかった。
「こんなことは言いたかないが、逆坂んところなんかはタエの棟梁就任の儀に付き断固として異を唱え申しとったこともある……。」
タイチロウたちもその噂は聞いていた。
「えぇ、確かに、そいつぁ噂で聞いたことぁあります。しかも親子揃ってってんで……。」
それを聞いてジロウは他にも危なそうな者がいることを思い出した。
「それに駄坂んとこのあの親父、何考えてやがんのか、さっぱり分かりゃしません。戦をしたがってるって話もちらっと耳にしたことがありますし……。」
五人は頭を悩ませた。
彼らの苦悩は野鼠に憑いたユメノから水野たちへと伝えられた。
それは水野や棟梁が予想した通りの流れだった。
棟梁は腕を組み「うーむ……」と唸りながら水野に尋ねた。
「ソウコ、これは難問だな。」
水野は取り敢えずとっちらかった考えを纏めることに専念した。
「何にしても先ずは人質を解放することが先決かと存じます。人質が解放されたとなればゴギャクたちに従う必要もなくなるでしょう。本当の裏切り者を炙り出すことにも繋がる。あとは頃合いが肝心かと。」
棟梁はそれを聞いてゆっくりと頷いた。
「うむ、その通りじゃ。人質の解放を成功させた後、それを村人に伝える間(タイミング)が肝要ということだな。」
水野は棟梁に自分の考えが伝わっていることを認識した。
「如何にも。特に屋敷のどこかで拘置されているという子どもらの救出こそがこの作戦の要となるでしょう。」
棟梁は小さな子どもの面倒を見た時に随分と儘ならなかったことを思い出した。
「うむ、子どもばかりはほんに……思うようにいかぬものじゃからのう。聞き分けがない者もおるし途中大声で泣き喚かれでもすりゃあ目も当てられん。」
水野は苦笑いしながらそれに応えた。
「そうですね……。できるだけ自然な形で移動させ、村外へ導く。先の話ですと監禁されている子どもは四十名前後、歳は五から十。抱え子(親が抱えて育てる年齢の子)や親の手のいる子は親元に残されているとのことでしたから移動そのものには差し障りないでしょう。」
木陰の父はサンガ村の村民たちとの連携を気に掛けた。
「となると、どの檻節でそれを為すか。先の策であれば子どもが先陣を切らされた後となるが……その頃にはサンガ村の男衆は既に戦場へと駆り出されておることでしょう。そのような中で人質解放の報を如何にして伝えるか?」
金城の父もそのことについて考えていた。
「とは言え、軽々しく前以て申し触れれば敵の耳に入るやもしれぬ。ここは慎重に事を運ぶべきかと。」
水野はユメノに連絡を取り伝言を頼んだ。
ユメノはチッチッチッと三回鳴いて五人に合図した。
それに気付いたザンシロウは懐から野鼠(ユメノ)をそっと取り出し地面に置いた。
ユメノはタイチロウが手渡した墨ツボを使いジロウが広げた紙の上に文字を描いた。
サブロウはその文字列を解読しようとしたがかなり難易度が高かった。
「これは……なんて書いてあるんだ? ぐ、に、を、ひ……み?」
そのミミズがのたくったような文字を読める者は誰一人いなかった。
ユメノ野鼠は残念そうにチー……と鳴いた。




