605 人質脱出作戦
水野は人質を逃がす手立てについて自分の考えを皆に伝えた。
それによれば、先ず牢に監禁されている者たちは台場タエが脱出した抜け穴から避難させる。
洞窟は最奥部で左右に分かれており、左に行けば彼らの牢獄、右に行けばタエのいた牢獄、つまり抜け穴があるのだ。
監禁されている者たちとの連絡もその抜け穴からであれば可能だろう。
抜け穴はタエがやっと通れるほどの狭さだが、その下側を掘れば大きくすることができ脱出もしやすくなる。
穴を広げた後そこからサンガ村の男衆に侵入してもらえば手引きもできる。
見張りはカラスか何かに憑いた者が行えば万全だろう。
また、先陣を切らされる子どもたちは道の途中で救出する。
ただ、残りの子ども(全員が先陣に駆り出されるとは限らない)に関しては更に状況を確認しなければならなかった。
これらの策がある程度練られたところでサンガ村の五人は帰宅することになった。
長居をすればゴギャクたちに怪しまれる恐れがあるからだ。
特に兄のトウエモンを殺害された一ノ坂ジュウエモンと元組頭の山坂ザンシロウは牢に入れられていてもおかしくない立場にあった。
だが、この二人はうまいこと監視の目を遠ざけていた。
トウエモンは持病を患っている上に身体が思うように動かなかった為、今も家で伏せていることになっていた。
また、ザンシロウは酒の調達役として町まで買出しに出かけたことになっていた。
酒に関しては「売り切れていた」と言い張ればよいと考えていたようだが、そこは棟梁が気を利かせて先日町で買い求めた酒を幾つか渡してやった。
ザンシロウは深々と頭を下げて礼を言った。
「かたじけのうございます。確かに酒がなかった、ではかえって疑念を招き申すやもしれません。」
「いやいや、困った時は、じゃ。それより今後の連絡をどうつけるか決めておかねばな。」
水野は棟梁にその連絡係を自ら申し出た。
「私がカラスとなってサンガ村に参りましょう。」
火柱の父はその申し出について口をはさんだ。
「いや、鳥では危険じゃろう。タエさんが逃亡したこともあり向こうも相当警戒しているはず。怪しい鳥が飛び去ったとなれば矢の標的にでもなり兼ねん。それに……。」
棟梁は火柱の父が言わんとすることを代わりに伝えた。
「ああ、ソウコよ。お前はちと働き過ぎじゃ。明日もあることだし今日はもう休め。」
水野は確かに疲れている自覚はあったがサンガ村に行くという危険な役割を他の子どもたちに任せようとは思えなかった。
「なれど連絡はどのように致しましょう。」
その時ユメノが四つん這いになって身を乗り出して来た。
「私が行くよ。ねえ、翁。私ならよかろう?」
棟梁は「え、まじ?」という顔でユメノを見た。
「だが、ユメノや。おまえ、何に憑いて行くつもりなんじゃ?」
ユメノはにんまりと笑ってそれに答えた。
「野鼠よ。小ーっちゃいやつ!」
棟梁はそれを聞いて顔を顰めた。
「野鼠? いや、それはあまりに危険じゃ。一歩外に出れば多くの敵が待っとるでのぉ。」
ユメノは余裕の表情でそれに応えた。
「一歩も出なきゃいいんでしょう。」
水野はユメノの考えを読み取った。
「ふむ、確かに小さい形であれば気付かれにくいかもしれんが……。」
ユメノは水野の言葉に呼応した。
「そうよ。誰かの懐に入っておけば大丈夫ってわけ。それなら小っさい方が隠れやすいでしょう?」
棟梁はやや顰めっ面ではあったが理解は示した。
「成程のお、その手があったか!」
「うん、これなら見つからないでしょう?」
「うむ……ではユメノ、お前に行ってもらうとするか。」
水野は棟梁の了承が出たところで一つ提案した。
「ならば憑石も一緒に持って行ってもらいましょう。それなら他の獣に憑き変えることもできます。それと、できたらユメノからも意思を伝達する手段が欲しいところ……。」
木陰の父はそれを聞いてカラスの墨ツボくらいしか思い付かなかった。
「墨ならば用意できるが……それでカラスの時と同様に文字を書き出せるか?」
ユメノは自信はなかったが自信たっぷりに返事をした。
「うん、多分大丈夫。」




