604 タエとハナコと五人衆
タエは小舟から降りると早速水野たち五人に近づき感謝を述べた。
「皆さん、ほんにありがとうございます。」
五人は深々と頭を下げるタエの方を見ると笑顔でそれに答えた。
タエは照れくさそうに苦笑いしながら水野に話し掛けた。
「ソウコ、その……本当に憑いてたのね。驚いたわ……。そうだ、鯉が何だか大変なことになってたけど。あれに憑いてたのってあんたよね。大丈夫だったの?」
水野は問題がないことを伝え、逆にタエの身を案じた。
「ええ、元の身体に戻ったんで何の問題もありゃあしません。それよりもタエ、あんたこそ何ともないの? かなりしんどかったと思うんやけど。」
そこへ火柱の父に下船させてもらったハナコがタエの元に駆け寄って来た。
タエはその場にしゃがむとハナコを皆に紹介するように彼女の肩を後ろから抱いた。
「このハナちゃんがね、野菜をいっぱい食べさせてくれたから平気よ。」
水野はハナコに笑顔で声を掛けた。
「そう、ハナコちゃんは優しいんやね。」
ハナコは照れくさそうにタエにしがみ付いた。
その様子からタエには大分懐いていることが窺われた。
小舟を桟橋の金具に固定し終えた火柱の父は皆に声を掛けた。
「待たせたな、皆の衆。さあ、里に向かおうか。」
皆の衆などと呼ばれて皆クスリと笑った。
水野たちが里へ戻ると天女を通して知らせを受けていた木陰たちが出迎えに来ていた。
そこにはサンガ村の五人衆も来ており、タエとハナコの無事を一緒に喜んだ。
その後、再び棟梁の部屋へ戻ると全員で話し合いを行った。
特にサンガ村の五人衆から出た話は現在の深刻な状況をつまびらかにした。
台場タエは知人が何人も殺されていることを知り思わず手を口に当てた。
涙を隠すタエにハナコが慰めるようにして抱きついた。
「だいじょうぶ?」
タエは鼻をすすりながらハナコの頭を撫でた。
「ええ、大丈夫よ。ありがとね。ハナちゃん。」
五人から出た新たな事実からシチヨウの里としては再度策を講じなければならなかった。
サンガ村の人口は約八百人程度、村としては比較的多い方だ。
因みにシチヨウの里は千人程度でかなり人口が多い。
これらの人々を何とか脱出させなければならない。
戦の前に徐々に避難させるか、或いは戦のどさくさに紛れて脱出させるか。
人質が解放されたらサンガ村の全員でゴギャクたちに対抗すればどうか、という案も出た。
これはシチヨウの里の人々にこれ以上迷惑はかけられないという配慮からだったがそれは却下された。
女性や子ども、または老人が大勢いる中でそれをすれば被害は甚大になる恐れがあったからだ。
つまり、やるとしてもそれらの人々が安全な場所に避難してからとなるだろう。
それに、どちらにせよゴギャク一派を討伐する為にはシチヨウの力添えは必要となるのだ。
さて、洞窟の牢に監禁されている者たちや隔離と称して屋敷に集められ戦では先陣とされる子どもたち。
彼らはいつでも殺せる人質でもあった。
そして、救出させなければならないその他大勢の村人たち。
彼らの中には乳飲み子や老人、身体の動かぬ者も幾人かおり、速やかに脱出させるには入念な計画と意思の疎通が必要であった。
また、全員が反ゴギャクというわけではなく戦をしたいと張り切る者も弱冠名ではあるが存在した。
その中には女(つまり台場タエ)ごときが棟梁になることを快く思わぬ者などが含まれていた。
だが、村人の多くは元の平和な日常を願いゴギャク一派には反感を持っていた。
様々な思惑やそれぞれの環境や立場もあり、一人ひとりの本意を確かめることは至難と言えた。
また、この避難計画がゴギャク一派の耳にでも入ればすべてはご破算となってしまうやもしれない。
敵側の人間が避難場所に紛れれば元の木阿弥となってしまうのだ。
かと言って悠長にそれを調べ上げる余裕もない。
これには流石の水野ソウコも頭を悩ませた。
ただ、牢に監禁されている者たちと子どもたちの救出についてはある程度考えが纏まっていた。
それさえ成功すれば残りの村人も何とかできるかもしれない。




