603 イノシシダッシュ!
水野が憑依した大きな鯉は小舟を引っ張りシチヨウの里へと向かった。
小舟の上では火柱の父が娘の憑いたハヤブサに装具を装着していた。
そして、縄の端に括り付けられた木の棒をその装具に固定した。
小舟が河口付近まで行き着くとハヤブサ(火柱)は小舟の縁からバサッと飛翔し、水野の鯉同様小舟を引っ張った。
すると小舟は川の流れに逆行してゆっくりと進みだした。
途中、日土率いる犬の集団がシチヨウに向かっているのが見えた。
暫くすると川幅が狭くなり流れが速くなって来た。
鯉とハヤブサの力だけでは小舟を思うように引っ張れない。
だが、勿論これは想定内のことだった。
火柱は舟に舞い戻りハヤブサに装着された木の棒を父に外してもらった。
そして、その木の棒を脚で掴むと川辺で待機していた大地のイノシシの装着具にそれをセットした。
また、岸の反対側で待機していたユメノのイノシシにも三本目の木の棒を装着した。
そして、自らは上空からイノシシの二人に指示を出した。
「ユメノ、前方に大きな岩があるから気ぃつけて。カナエの方は大木が突き出してる。川の方に避けた方がいいみたい。」
両サイドからのイノシシたちのパワーはかなりのもので水野から「速過ぎる!」と注意されるほどであった。
四人は天女を通してお互い連絡を取り合い調整しながら進んで行った。
スマホもないこの時代、この機能はかなり有用だった。
タエは道すがら火柱の父から今の現状について話してもらっていた。
ハナコは初めこそドギマギしていたが慣れて来るとこのクルーズを大いに楽しみ出した。
そしてついには前方を向きながら鼻歌などを歌い始めちゃっていた。
その呑気さと妙に上手なその童歌を聞いてタエと火柱の父は思わず顔を綻ばせた。
「おお、主は歌が上手じゃのう。」
火柱の父の言葉を耳にしたハナコは彼の方へと振り返りにっこりと微笑んだ。
「歌、好きだもん。」
そしてまた前方を向いて歌い始めた。
さて、ユメノたちの方はと言えば初めてイノシシに憑いたはいいがその機動力にあたふたしていた。
イノシシと言えば初突猛進、まっすぐにしか進めないものと思っていたがとんでもなかった。
先ずはとにかく速い。
船を引っ張りながらでもこの速さ、しかも器用に足をさばき左右にぴょんぴょんと跳ねながら障害物を躱してく。
大木や岩が横たわっていても高く跳ねて飛び越してしまうのだ。
だが、暫くするとその速度は遅くなっていった。
もし水野に注意されずあのまま突っ走っていったら今頃ばててしまっていたことだろう。
つまり、イノシシは持久力がない。
馬みたいには行かないことが今更ながら分かったのだ。
これについては同じくイノシシに憑き反対岸を走っている大地も同じことを思っていた。
二人がいつまで体力が持つのか心配していた矢先、ハヤブサの火柱から連絡が来た。
そろそろシチヨウの里に到着するとのことだ。
二人のイノシシはゼイゼイ言いながらも根性で小舟を元居た場所まで引っ張って行った。
水野も途中イノシシたちのパワーが減退したことからかなり体力を消費したようだった。
やっとのことでシチヨウの里付近の桟橋に到着すると二匹のイノシシはその場に倒れ込んだ。
水野の鯉などは腹を上にして水面にぷかぷかと浮いてしまっていた。
因みに月影、火柱、水野、日土、大地の五人の身体は岸近くの小屋の中に寝転がっており、いち早く戻っていた日土の犬が見張りをしていてくれた。
水野以外の四人は早速人間の姿に戻ると水野の身体を鯉の見える所まで運んで行った。
水野の鯉は水中で横になりながら何とか水野の身体を目視することができた。
そして無事、五人は元の身体に戻ることができたのだ。
台場タエはその様子を小舟の上からまじまじと見つめていた。
こんなことが本当に起こり得るなんて……!
【シチヨウの里編、時系列】
0日目 …… 月影ユメ、夢の中でシチヨウの里へ。月影ユメノの経験を見る。
サンガ村の噂について父親衆が会議。
金城の父、猫に憑く。夜、ユメノたちが夢の中で天女と会話。
一日目 …… ユメノたち獣憑きを試す。
夜ユメノが祖父の棟梁に天女のことを話す。
二日目 …… ユメノと水野は棟梁たちと忍具の改良。
他の五人は獣憑きの練習。
三日目 …… 水野と金城、サンガ村へ。サンガ村の五人衆と接触。台場タエ救出。
シチヨウの棟梁ら五人衆を迎える。
その後、台場タエとハナコをシチヨウの里へ。




