602 重き智慧の功罪
いきなり視線を宙に泳がせた木陰。
五人が興味深げにその様子を見守る中、木陰は心の中でフローラに質問していた。
「そう言えば何でお知恵を貸していただけないんでしたっけ?」
「それはこの世界を大きく変えてしまうことになるから。場合によってはこの世界そのものが消えてしまうことになる。」
「フローラさんたちの知恵はそれだけ凄いってこと?」
「そう……ね。例えば鉄砲のない世界でいきなり誰かがその知恵を授かったなら、そしてそれを作り使ったなら世界の流れは大きく変わってしまうでしょう?」
鉄砲により戦自体が大きく変化したことは木陰もよく知っていた。
そして、それにより群雄割拠の時代は終焉を迎え、世相や常識さえ大きく動かされたということも。
一つの際立った知恵が世界の情勢を一変させてしまう。
ましてやそれが天女たちの持つ得体の知れない神の技であれば尚のことだろう。
木陰はそれを聞いて納得しつつも獣憑きについてはよろしいのかとふと疑問に思った。
まあ、天女たちのことだろうからその辺は抜かりないのだろうけど……。
木陰は今し方フローラと会話した内容を皆に伝えた。
皆、その話を理解しようと必死に聞いていたが最終的にはそれをそのまま受け入れるしかなかった。
知識豊富な年配者にとってさえも頭の整理が追いつかなかったのだ。
いや、そもそもこの話は既にこの時代に於ける人知というものを超越していたのだ。
サブロウは金城とカラスを交互に見ながら改めて一つ尋ねた。
「しかし……こんな小さな鳥に乗り移るなど……怖くはなかったんか?」
木陰は金城と顔を見合わせてから応えた。
「最初にソウコって子がやったってんで。それに、シノのお父っつぁんのも見てたからね。まあ、こんなもんだろうかと……。あ、けど怖がってた子もいたっぺな。」
金城はフフッと笑いながら「うん」と応えた。
「ユメノなんかはかなりビビっとった。あんなのに乗り移るの? とか言ってな。」
本来ならこの脱線した話を修正するところだろうが誰もそれはしなかった。
ジュウエモンたちは彼らの会話からこの信じ難い事柄が現実にあった事実として徐々にだが実感することができたからだ。
ザンシロウはその話の内容に驚くとともに、こんなことまで話してくれた彼らに恩義を感じた。
「成程……いや、未だ信じ難いとは言え取り敢えずは納得できました。こんな重要な秘密を打ち明けていただき心より感謝申し上げます。」
月影の棟梁はコホンと咳払いをすると話を元に戻した。
「さて、御意を得られたとお見受けします。されば、早速に策を練るといたしましょうぞ。シチヨウの里、サンガ村、共に救いの道を開かんがために。」
その頃水野たちは台場タエを救う算段を立てそれを実行に移していた。
先ずは火柱の父が小舟に乗って岬の家へと出立した。。
小舟は数年前木陰の父が造ってくれたものでかなり丈夫なものであった。
船は二艘あったが小さい方でも三人は乗れるのでそちらを選んだ。
船上には三本の長い縄が巻かれて置いてあった。
それらの縄は舟の縁にしっかりと括り付けられ、その先端にはそれぞれ木の棒がしっかりと巻きつけられていた。
また、船に繋がれた大きな籠の中には以前水野が捕らえておいた大きな鯉が入っていた。
鯉には予め身体に装具が取り付けられておりそこに縄の先端の木の棒が固定できるようになっていた。
途中犬の群れを率いた日土の犬が川辺をうろついているのが見えた。
サンガ村から近くにあるこの川辺には洗い物などをしに来る人もいるだろう。
水野はここで小舟に気付かれるのはまずいと考え、前以て日土に川辺の人払いをお願いしていたのだ。
日土が憑いた犬は他の犬たちを率いるボス犬だった為、彼女は数匹の犬を引き連れてその辺りをうろつき人を近づけないようにしていた。
だが、幸いにも川辺には人っ子一人いなかった。
日土はこの何もない状況に少し物足りなさを感じていた。
「ちっ! このままサンガ村さ行ってゴギャクたちをやっつけてやりたいところだわ。全員のお尻に噛みついてやるんだから!」
火柱の父は岬の家に着くと早速水野カラスと合流し、タエに救出の旨を打ち明けた。
タエは突然のことに目を白黒させたが、水野カラスが火柱の父の肩に乗ったことですぐに彼を信用した。
二人はタエとハナコを乗船させると早速岸から離れた。
水野は火柱の父に持ってきてもらった鳥籠に自ら入ると今度は水の中の鯉に取り憑いた。




